2021年10月5日、イギリス政府はイングランドで論文代行業を法律で禁止する意向を明らかにした。学生から金銭を受け取り、論文の執筆を代行する業者の数は1,000を超えており、高等教育の質や学位の信頼性を脅かしている。大学等も不正防止対策を強化しており、昨年英国高等教育質保証機構(QAA)が定めた7つの原則の実践に取り組んでいる。
■これまでの論文代行業への対策
イギリスでは2018年以降、インターネット上で論文代行業者と学生が接触する機会の制限が進められた。2018年11月、英国高等教育質保証機構(QAA)はGoogle、YouTube等に対し、論文代行業者の広告・宣伝の削除等の対策を講じるよう要請した。(本サイト2019/1/23投稿記事)さらに英国教育大臣は2019年3月にPayPalに対して、オンラインプラットフォーム上で論文代行業者による金銭の授受を不可能にするように求め、2019年4月にPayPalは大臣の要請に応じた。(本サイト2019/5/17投稿記事)
■論文代行業の禁止へ
2021年10月5日、イギリス政府は、イングランドで16歳以上を対象とする教育機関(大学を含む)で学位等の資格の取得を目指している学生に対する金銭授受を伴った論文代行の提供、手配、又は宣伝を犯罪行為と規定し、違反者には罰金を科す意向を発表した。この論文代行業の禁止を含む「Skill and Post-16 Education Bill」の改正法案が議会に提出されており、2021年12月1日現在、上院を通過し、下院で審議中となっている。
政府は本改正法案の提出前からQAA、英国大学協会(Universities UK)、英国学生連合(National Union of Students)と協力して、論文代行業の違法性に関し高等教育機関や学生に注意喚起を行ってきた。また、QAAはイングランドにとどまらず、今後イギリス全地域で論文代行業が禁止されることを求めている。
■アカデミック・インテグリティを守るために高等教育機関は何ができるか
政府や情報通信業者だけでなく、高等教育機関にも不正行為への対策が求められている。QAAは2020年10月にUK Academic Integrity Advisory Groupと協力して、イギリスの高等教育界においてアカデミック・インテグリティ(学術的誠実性)※1を推進し、学業不正(academic misconduct)の防止に取り組むための7つの原則を「アカデミック・インテグリティ憲章」(Academic Integrity Charter)として定めた。2021年10月6日までに176の高等教育機関が本憲章に署名した。
7つの原則の概要
原則1:すべての人がコミュニティの一員として責任を負う
(Everyone is responsible as part of a ‘whole community’ approach)
高等教育機関のすべての構成員は、アカデミック・インテグリティが根付き、維持されていることを保証する責任がある。
原則2:コミュニティ全体で取り組む
(A ‘whole community’ approach)
学業不正の形態・原因は多様であり、高等教育機関は状況に応じた対応が求められる。不正の発見や罰則は重要だが、それで万事解決するわけではない。
学生を含めて機関全体で不正行為の問題に取り組むことが有効であり、具体的には、教員や学生への教育・支援、不正を行う機会の制限、機関内で不正を発見する方法の整備、不正の事例報告とデータ収集等を組み合わせて取り組む。
原則3:高等教育セクターとして連携する
(Working together as a sector)
学業不正は1校だけの問題にとどまらず、イギリスの高等教育全体の評判に深刻な影響を与える。高等教育関係者の連携により、優良事例の共有、ベンチマーキングに関する協力、論文代行業者に関する情報共有等に取り組む。こうした各機関の知識や経験、リソースを組み合わせることで、イギリスの高等教育全体としてのアカデミック・インテグリティの維持と強化に繋がる。
原則4:学生と協働し、支える
(Engage with and empower students)
学生は各自の学習上のインテグリティに責任を持ち、もし不正を行う決断をしてしまった場合にはその責任を自分自身で負うこととなる。そうしたことを念頭に、高等教育機関は、以下の方法で学生を支援できる。
- ●学業上の不正行為に関する機関のポリシーや対策の周知(例:ハンドブック、入学式、入学書類、教育現場での周知)
- ●アカデミック・インテグリティに関する知識や、不正を行った学生に待ち受けていること(将来のキャリアへの影響等)に関する注意喚起
- ●教員や学生と直接接するスタッフがアカデミック・インテグリティの原則や適切な行動の手本となる。学生や学生代表団体を巻き込んで、学業不正に関する知識の育成に取り組む。
- ●学生の中でアカデミック・インテグリティの推進に取り組む者を認定して、支援する。
原則5:スタッフを支え、協働する
(Empower and engage with staff)
最前線にいる教員やスタッフは、学業不正の発見において重要な役割を負っている。
- ●教員等に正式な役割を与え、教員等の中でアカデミック・インテグリティの推進に取り組む者を認定する。
- ●機関のアカデミック・インテグリティポリシーについて教員等と協議し、学業不正の事例が発見された場合に取るべき手順を決定する。
- ●学業不正発見のためのツールやリソース(例:授業の提供、授業の設計、成績評価、入学の承認に係る優良事例)を教員に提供する。教員等への研修も検討する。
原則6:一貫性があり有効な機関のポリシーと実践
(Consistent and effective institutional policies and practices)
高等教育機関は何をアカデミック・インテグリティとみなすのかを明確に定義し、以下のようなアカデミック・インテグリティのポリシーと実践を一連の取組として行う。
- ●教育的で予防的な手段・活動に焦点を当てる。
- ●学生にも理解しやすい例を用いて、様々な種類の学業不正の違いを明確に定義する。
- ●透明性を確保しながら、学業不正の種類に応じた罰則を定め、適切な支援を行う。
- ●明確で容易に理解できる公平なプロセスに沿って学業不正の事例を調査する。
- ●定期的にポリシーを検証し、本憲章の事項が順守されているか確認する。
原則7:高等教育機関の自律性
(Institutional autonomy)
イギリスの高等教育機関は自律的な機関として、最前線で学業不正の防止に取り組んでいる。高等教育機関には各機関が提供する教育の質やインテグリティを促進・維持し、授与する学位の学術的な基準を守る責任がある。また、高等教育機関は学生の主体的な学習に対する信頼を向上させ、不正を防ぐために必要なツールと支援を学生に提供する役割を担う。
■(参考)2020年に論文代行を禁止したオーストラリア
オーストラリアでは、イギリスより一足早く、2020年に論文代行業が禁止されており、論文代行業者には懲役刑(2年)や罰金(500ペナルティユニット≒9,324,000円※2)が課されている(TEQSA Act 2011, Section 114A、114B)。(本サイト2020年1月11日掲載記事)
2021年10月には、連邦裁判所が「Assignmenthelp4you.com」というサイトを違法と認定し、オーストラリア高等教育質・基準機構(TEQSA)からの申請に基づき、情報通信業者や検索エンジン運営会社に対して当該論文代行業者のサイトへのアクセスを不可能にするよう差止命令を発した。
※1 アカデミック・インテグリティとは、一般的には学術的な誠実性や健全性、一貫性、高潔といった言葉で捉えられ、大学の研究、教育の役割とそれをつかさどる大学運営の誠実性を問うものである。
※2 1ペナルティユニット=222AUD(2021年12月時点)。1AUD=84円で計算した。