オランダでは、近年国内の高等教育機関に受け入れる留学生が急増する中、留学生数を抑制し、オランダ語による高等教育機会を確保するための法整備が進められている。高等教育機関も、政府の留学生数抑制策を受けて様々な対策を講じている。特に、大学において2023年度に全体の30%を占めた英語による学士課程は、今後20%ほどに削減され、オランダ語や英語とオランダ語の二か国語の学士課程に変更される予定である※1。
※1 オランダの大学(学士課程・修士課程)では、オランダ語による課程、英語とオランダ語の二か国語による課程、英語による課程がある。英語とオランダ語の二か国語による課程は、両方の言語で履修するのではなく、その課程を英語、オランダ語のどちらで履修するか選択できる。なお、英語による課程はオランダ人学生も選択でき、国際交流の観点からは、国内にいながら留学生と交流できるという利点がある。
オランダは、日本と同様に英語を公用語としていない国であるが、高等教育機関では英語によるコースを多く開設することで、留学生数を増やしてきた。しかし、近年は留学生数の急増に伴う住居難、オランダ語による教育機会の減少、留学生総数の増加による教育の質の低下※2といった問題が指摘されていた。こうした状況を受け、2022年12月にはオランダ教育・文化・科学大臣(以下、教育大臣)が高等教育機関に対して留学生の積極的な受け入れをやめるよう要請するなど、留学生数を抑制し、オランダ語による高等教育機会を確保しようとする動きがある(関連記事:本サイト 2023/8/14投稿記事)。
オランダ高等教育国際協力機構(Nuffic)によると、オランダの大学及び応用科学大学の学士課程・修士課程への新規入学の留学生数は2015-16年度から2021-22年度にかけて急増し、毎年6%から16%の増加率を記録したが、2022-23年度から2024-25年度にかけて、0.4%から2.6%にまで低下している。また、2024-25年度に学士課程に入学した留学生は、前年度と比べて1,060人減の19,440人、応用科学大学で723人減の10,029人となっており、減少傾向にある※3。
※2 教育機関全体として学生数が増え、講義室の過密化や授業を担当する教員の負担が増加するといった状況が生じた。
※3 修士課程は、本稿で紹介している留学生数の抑制策の主な対象ではない。なお、2024-25年度にオランダの大学及び応用科学大学の学士課程・修士課程に入学した留学生の総数は51,796人で、前年度より202人増加しているが、これは、修士課程へ入学した留学生が増加したため。このうち、大学の修士課程に入学した留学生は、1,793人増の19,962人、応用科学大学で192人増の2,365人だった。
本稿では、主に直近1年のオランダの留学生政策について、オランダ政府及び高等教育機関の動向を踏まえて紹介する。オランダ政府の動向については、2024年5月にオランダ下院議会に提出され、現在も審議中である高等教育・研究法の改正案(Wet internationalisering in balans, WIB)を取り上げる※4。高等教育機関の動向については、オランダ大学協会(Universiteiten van Nederland, UNL)が発表している、オランダ語の強化と留学生数の管理計画を中心に取り上げる。
※4 オランダでは2025年6月3日に内閣総辞職が発表されており、同法案の今後は不透明。
オランダ政府の動向
2024年5月、下院議会では高等教育における国際化のバランスをとることを目的として、高等教育・研究法の改正案(WIB)が提出された。この法案は、受入留学生総数の抑制、オランダ語による高等教育機会の増加に加え、人材不足の地域や分野における留学生の確保、留学生の卒業後のオランダ国内での定住率の向上等を目指すものである。
同法案には、学生の定員管理に関する条文等に加えて、外国語による準学士・学士課程を対象として導入が検討されている外国語教育審査(Toets Anderstalig Onderwijs, TAO)に関する条文が盛り込まれた。外国語教育審査は、外国語(多くは英語)による準学士・学士課程について、高等教育効率化委員会(CDHO)が実施する審査を受け、教育大臣から許可を得る必要があるとする制度である。審査にあたっては、地域状況や労働市場で人材が不足している分野であるか等が考慮される。法案提出時点では、今後新設される課程と既設の課程がいずれも対象となっていた。
高等教育機関によるオランダ語の強化と留学生数の自主管理計画
オランダの大学の代表団体であるオランダ大学協会(UNL)は、この法案の審議と並行して、独自にオランダ語の強化と留学生数の抑制を進めるための計画を政府にたびたび提示し、その一部を実行してきた※5。
UNLが2024年2月に発表した自主管理計画の第一弾では、国際化の重要性について、オランダの大学が世界中から優秀な人材を惹きつけていることは誇るべきことであり、このことは、学生の教育や、オランダの社会・経済に良い影響をもたらしている※6、と述べている。さらに、すべての学士課程をオランダ語に切り替えるといった極端な措置は、教育のみならず、労働力の不足を通じて、社会・経済に悪影響を及ぼすことにつながると指摘している。同時に、留学生が多すぎると少人数による教育や研究と教育の連携、中期的な教育の質に悪影響が生じる可能性があり、何よりオランダ人学生が大学に入学できるよう保証する必要があるとした上で、以下のような施策を示している。
<言語に関する施策>
・英語のみで実施する学士課程の大幅な削減、新設の原則停止
・オランダ語で実施する学士課程の増設(英語の課程からの完全移行や二か国語化)
・学生や外国人スタッフのオランダ語能力を向上させるためのコースなどの提供
・英語で実施する学士課程に最大定員数を定める(二か国語で実施する学士課程の場合、英語の課程のみに定員を設ける)
<留学生数の抑制に関する施策>
・留学フェア等での積極的な学生募集の停止(労働力不足の地域・分野を除く)
・中等教育で大学進学準備学校(VWO)※7相当の資格を取得できない国からの入学希望者を対象とした、準備学年制度の廃止
・学生が居住する住宅の確保や、入学者ヘの住宅問題の事前説明
<留学生の定住に関する施策>
・留学生の卒業後の国内定住率向上に向けた、オランダの機関や企業でのフィールドワーク、インターンシップ、卒業研究の奨励
2024年6月、UNLは続報として、英語による学士課程の一部をオランダ語や英語・二か国語の学士課程に移行することを発表した。2023年度は、オランダ語、二か国語、英語による学士課程の割合が、それぞれ51%、19%、30%を占めていた。UNLは、このうち英語の課程を21%にまで減少させ(-9%)、オランダ語による課程へ1%、二か国語による課程へ8%移行させるという数値目標を示している。この時点では、当時検討されていた次年度の高等教育予算の大幅な削減に対する懸念から、英語による学士課程をオランダ語へ移行した場合のコストの高さに触れて、前述の外国語教育審査の既設の課程への適用の見直しを初めて求めている。これは、外国語教育審査が既設の課程にも適用されれば、対象となる課程(英語・オランダ語二か国語の課程及び英語による課程)が学士課程全体の約半数を占め、高等教育機関にとって大きな負担となることが懸念されたことによる。
2025年4月、UNLは、より具体的な施策として、将来的に人材の余剰が予測される心理学や経済学などの分野における英語による課程の廃止や規模縮小、オランダの大学全体として留学生の最大受け入れ人数を2023年度よりも11%減少させること、人材不足の地域や分野の課程はこれらの措置の対象外とすることなどを提案した。UNLはこれらの施策により、それぞれの大学や分野、地域の状況に応じて大学が国際化を自主管理するとしている。また、これらの措置は「法案から既設の課程に対する外国語教育審査の条文を削除すること」を条件に実行するとして、政府の直接的な介入を受けることになる外国語教育審査の既設の課程への適用の廃止を求める姿勢を明確にした。
※5 オランダには、政府から資金提供を受け、学位授与権を有する高等教育機関として、大学と応用科学大学がある。大学が研究志向の教育を提供するのに対して、応用科学大学はキャリア志向の高等職業教育を提供する。準学士・学士課程において高等職業教育を行う応用科学大学では、大学ほど留学生が急増していないが、オランダ応用科学大学協会も、自主管理計画を作成して留学生数抑制策を実施してきた。
※6 オランダ中央銀行(CPB)の試算によると、留学生1人あたりのオランダ社会への純利益は、ヨーロッパからの留学生で平均16,900ユーロ(約292万円)、ヨーロッパ以外の国からの留学生で平均96,300ユーロ(約1666万円)(オランダ中央銀行, 2019, p.37, Table5-5。日本円の換算は1ユーロ=173円で計算)。
※7 大学進学準備学校(VWO)は6年間の中等教育機関で、修了証書を取得すると大学の学士課程に出願できる。また、応用科学大学の準学士課程、学士課程にも出願可能。詳細は当機構「オランダの高等教育・質保証システムの概要(第2版)」(2018年刊行)p.6,9を参照。
外国語教育審査の適用範囲の変更
こうした高等教育機関の働きかけを受け、2025年5月、下院議会では高等教育・研究法の改正案から外国語教育審査の既設の課程への適用に関する条文を削除する動議が可決された。高等教育機関は、既に立てられた計画に沿って英語による学士課程の削減を進めていくとみられる。また、少なくとも既設の課程については、高等教育機関は政府の直接的な介入を受けず、独立した管理体制を維持していくこととなる。
【出典】
原典① Overheid.nl(オランダ語)
原典② オランダ政府(オランダ語)
原典③ オランダ大学協会(オランダ語)
原典④ オランダ大学協会(オランダ語)
原典⑤ オランダ大学協会(オランダ語)
原典⑥ オランダ応用科学大学協会(オランダ語)
原典⑦ オランダ下院議会(オランダ語)
原典⑧ Nuffic(オランダ語)
【関連記事まとめ】
質保証動向リンク(速報版)【欧州、オランダ、アメリカ合衆国】
オランダ:政府が留学生のより良い受入れに向けた法整備へ ―留学生数の制限も視野―
