オランダ:政府が留学生のより良い受入れに向けた法整備へ ―留学生数の制限も視野―

 オランダ教育・文化・科学省(以下、「教育省」)は、近年オランダの高等教育機関で留学生が急激に増加し、様々な問題が生じていることを受け、国内の高等教育機関に受け入れる留学生数のより良い管理に向けた法整備を進めている。主な施策は、英語で実施されるコースの定員制限と、外国語プログラムにおけるオランダ語の学習の努力義務化である。

 以前より、オランダは英語で実施される授業が充実していることや、授業料や生活費が比較的低廉であることなどにより、多くの留学生を惹きつけてきた。学位につながるプログラムへ入学する留学生数は、2006年には42,201人だったが、2016年は81,392人へとほぼ倍増している。直近の統計では、2022年から2023年度までの留学生数は122,287人であり、そのうち大学の学士課程で学ぶ留学生数は85,605人である※1。この年度では、コロナ禍によって留学生数の伸び率は減少したが、留学生数そのものは横ばいであった。また、2022年から2023年にかけて、高等教育機関の新入生の5人に1人は留学生となっている。このように、オランダでは留学生の増加が顕著であるが、様々な問題も生じるようになってきている。

※1 日本における令和4年度の学士課程で学ぶ留学生数は72,047人である。(日本学生支援機構(2023)「2022(令和4)年度外国人留学生在籍状況調査結果」

■留学生数増加に伴う課題

 オランダの高等教育機関における留学生数増加に伴い、主に3つの課題が指摘されている。

 第一に、都市部を中心に学生の住居の確保が困難となっている。オランダの国土面積は日本の九州地方とほぼ同じである。特に、首都アムステルダムなどの都市部では、学生向け住居の不足が深刻となっている。こうした中、2021年にトウェンテ大学が、2022年7月にはアムステルダム大学が、大学が指定する期日までに住居を確保できなかった場合は入学しないでほしいという旨を入学予定の留学生に連絡した。この際、アムステルダム大学では、受入留学生数の制限を検討したが、EU法の規制により、当該大学のみの判断で独自の入学者数制限を行うことは不可能であったといったメディアの報道もみられる。

 第二に、英語によるコースの増加により、学生のオランダ語学習機会が減っているという点があげられる。オランダの大学の修士課程のコースの70%以上が英語を用いて実施されており、英語のみで提供されるコースも多く、留学生であるかないかを問わず高等教育でオランダ語に接する機会が少なくなっている。オランダの高等教育について規定する高等教育・研究法では、授業及び試験はオランダ語で実施することとされているが、教育の性質、構造、質または学生の出身地により必要な場合は、各高等教育機関の理事会が定めた行動規範に従い、英語その他の外国語で教育及び試験を行ってもよいとの例外規定がある。各高等教育機関では、例外規定を多用することにより、英語での授業の実施を加速させていった。

 第三に、留学生を多数受け入れたことで、教育機関全体として学生数が増え、大教室の講義が満員となったり、授業を担当する教員の負担が増えるなどの状況が生じ、教育の質にマイナスの影響を及ぼすことが懸念されている。また、外国人留学生の受入れが増えたことで、オランダ人学生が希望のコースに進めない事態も発生している。さらには、オランダの高等教育の質の国際的な優位性が損なわれる恐れがあるといった点も指摘されている。

■教育省による対応

 こうした状況を受け、オランダ政府は2021年初頭から、オランダ高等教育国際協力機構(Nuffic)※2への留学生獲得のための資金配分額を引き下げ、複数のNuffic海外事業所が閉鎖されることとなった。

 さらに、教育・文化・科学大臣(以下、「教育大臣」)は2022年12月に、高等教育機関に対し、労働市場において人材が不足している分野を除き、留学生を積極的に受け入れることをやめるよう要請した。この際、大学からは、人材不足を加速させる結果につながるのではないかという懸念が表明され、これを受け、2023年4月21日、教育大臣はオランダ下院に書簡を提出し、各大学の状況に応じた柔軟な対応を盛り込んだ留学生数の制限等の施策を提案した。

 その後、2023年7月に、以下の内容を含む法律案がパブリックコメントに付された。

※2 Nufficは、オランダとつながりのある高等教育機会の提供及びこれに関わる情報サービスや研修機会の提供を通じて、オランダの高等教育の国際化・発展に寄与することを主な目的とする独立の非営利団体。

<外国語で教える準学士・学士課程の設置が教育大臣の許可制に>

 これまでは、外国語で実施されるプログラムは、オランダ・フランダースアクレディテーション機構(NVAO)※3の実施する評価(アクレディテーション)において、外国語でプログラムを実施する理由の説明が求められていたが(関連記事:本サイト2019/4/16投稿記事)、今回の法律案では当該措置が廃止され、新たに教育大臣によるプログラムの設置許可制の導入が盛り込まれている。

 政府による財政支援を受ける学士課程及び準学士課程の各プログラムのうち、外国語で行われる授業の単位数がプログラムの修了に必要な単位数の3分の1を超えるプログラムは外国語プログラムとされる。外国語プログラムを新設する際、また開設済のプログラムについても、高等教育効率化委員会(CDHO)※4の実施する外国語教育審査を受け※5、外国語プログラムについて、公的資金を使うことが正当かどうかを示さなくてはならない。外国語プログラムの設置に当たっては、以下の要素が考慮される。

1.地域条件
2.経済状況※6
3.教員の確保
4.コースの国際的な位置づけ
5.当該プログラムの国内高等教育機関での実施状況※7

※3 オランダ及びフランダース地方(ベルギー)の大学評価を担う評価機関。

※4 高等教育効率化委員会は、政府から資金提供された高等教育の有効性について、教育省に意見を述べる独立した諮問機関である。当該委員会の委員は、大学役員、大学教員経験者から成る。

※5 ただし、外国語そのものや文化を学ぶコース、外国の高等教育機関との共同教育プログラムなど、教授言語が外国語であることが事前に明確になっているコースは、外国語教育審査を受ける必要はないとされる。

※6 学生の労働市場の見通しのことで、医療、教育、テクノロジーなどの人材不足が多いセクターかどうかなどが考慮される。雇用者が学生にどの程度語学を身に付けておいてほしいかという点も含まれる。

※7 オランダ語での教育プログラムまたは外国語プログラムがどの程度オランダ国内に広まっているかが考慮される。

<外国語で教える準学士・学士課程においてオランダ語教育が努力義務化>

 準学士・学士課程における外国語プログラムにおいて、年間140時間はオランダ語の能力向上のための学習に費やすとの努力義務が法律案に盛り込まれている。なお、修士課程においては、年間56時間のオランダ語学習が努力義務として課されるが、オランダ語の学習は授業内で行う必要はなく、課外活動として課してもよいとされている。

<EEA※8外の学生の定員制限が大学の裁量で可能に>

 準学士・学士・修士課程の各教育プログラムにおいて、非EEA学生の定員制限を各大学の裁量で行うことができる。また、入学許可後においても、1年に1回のみ、合格者の入学数が予期せずに大幅に増加した場合、緊急定員制限を行うことができ、EEA学生と非EEA学生の定員に差をつけることが可能となる。

※8 欧州経済領域(European Economic Area)のことで、EUにノルウェー、アイスランド、リヒテンシュタインを加えた地域。

 今後の立法プロセスについては、2023年夏に法案を協議の場に出し、2024年の第1四半期(2024年1~3月)に法案を下院に提出、同年9月1日に当該法案の成立・発効とのスケジュールが提案されている。

■大学関係者の反応

 本年4月の政府による書簡提出の動きに対し、オランダの大学の代表団体であるオランダ大学協会(VSNU)は歓迎の意を表明し、以下の提案を行った。

1.大学が留学生数と教授言語を自ら管理し、教育へのアクセシビリティを保証する。
2.新たな標準:留学生にもオランダ語を学習させる。
3.オランダ人学生も引き続きオランダ語運用能力を向上させる。
4.高等教育機関・地方自治体・州で協力し、学生の卒業後の定住を促す。

 また、国の動きに対し、個々の大学からは様々な反応が見られる。例をあげると、フローニンゲン大学からは「大学や地方、国が直面する、教員の負担、住居問題、オランダ語の地位、教育へのアクセス、労働市場といった課題に本学としても目をつぶり続けることはできない。受入留学生の管理に賛成する。」との肯定的なコメントがあった。対してライデン大学からは、「英語コースの人数制限を実施するということは、非EU圏学生を差別することである。留学生は教育を豊かにしてくれる。また、留学生の受入れは経済的なメリットがある。非EU圏の学生の方が、卒業後オランダに滞在する見込みが高い。非EU圏の学生の入学を減らすことで理想の目標が達成できるのか?大学の収容定員問題は留学生の落ち度ではない。」と国の方針に対し否定的な見方が示された。

原典①:オランダ政府(オランダ語)
原典②:オランダ政府(オランダ語)
原典③:オランダ大学協会(オランダ語)
原典④:オランダ大学協会(英語)
原典⑤:オランダ政府(オランダ語)
原典⑥:フローニンゲン大学(英語)
原典⑦:ライデン大学(英語)

◎関連記事まとめ -QA UPDATES過去の投稿記事より­-

「英語で実施する修士・学士プログラムが急増―質保証の厳格化への動き」(QA UPDATES 2019/4/16投稿記事)

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