オランダの高等教育※1の外部質保証を担うNVAO※2が、2022年11月、大学における質の高いワークベース学習(work-based learning:WBL)の開発・実施に関する手引き「A Route Map for High-Quality Work-based Learning in Higher Education」を公表した※3。職業実践志向のWBL型学位プログラムの設計、事前準備、学生への指導、成績評価、内部質保証に関するガイダンスが掲載されている。
この手引きは、NVAOが国内の専門家(大学の研究者及び分野専門家(教員養成、技術、ヘルスケア))との協働で策定した。高等教育の学びが大学の講義室を越えて実地で行われることが多くなる中、WBLの開発・実施の関係者(大学、職場(企業等)、学生等)がより良いWBLに向けて議論する際の参照資料として、また、WBL型学位プログラムの開発に関心がある大学や、この形態のプログラムの外部質保証を担う評価委員が審査する際の参考ツールとして手引きが活用されることを目的としている。
なお、手引きが対象とする「ワークベース学習(WBL)」は、実習など職場で行われる学習を指し、上述した教員養成、技術、ヘルスケア分野での実習に限定せず、様々な分野を含む。また、「ワークベース学習(WBL)型学位プログラム」とは、WBLと大学(キャンパス)での学習の混合型により学位の取得を目指すプログラムを主に指す。
※1 オランダの高等教育機関は、①大学(研究型大学。学士、修士、博士の学位を授与できる。計18校)、②応用科学大学(University of Applied Sciences。キャリア志向型の専門職業教育を中心に行う。準学士、学士、修士の学位を授与できる。計36校)、③その他の高等教育機関(公的資金を受けない機関。学位の授与には国への申請が必要)で構成される(NIAD-QE (2018)「諸外国の高等教育分野における質保証システムの概要 オランダ 第2版」より)。なお、今回の手引きが対象とする高等教育機関種については原典に特に記載はないが、本手引きが高等教育の「学位プログラム(degree programmes)」におけるWBLの設計等に関する内容であることから、主に研究型大学と応用科学大学が対象であると考えられる。
※2 NVAO: オランダ・フランダースアクレディテーション機構。オランダ及びベルギー・フランダース地方の国際協定に基づき設立された独立の質保証(アクレディテーション)機関。
※3 ガイドライン自体は2022年4月に策定。
■手引き策定の背景
高等教育でのキャリア教育・専門教育の実施が多くの国で推進される中、NVAOが質保証を管轄するオランダでも大学の学位プログラムの設計・実施にあたり大学が産業界と協働する事例が増えてきており、WBL型学位プログラムは近年高等教育のプログラムの形態として大きな位置を占めている。
一方で、職場での就労や訓練に参加することで自動的に当該学修プログラムの関連分野で身に付けることが期待されるスキルや能力が身に付くとは限らず、WBLが学生の学びに真に貢献しているかを判断するためにどのような点を見ればよいかが難しいことがNVAOのアクレディテーションに携わる専門家から指摘されてきた。
こうした中、NVAOは、過去のWBL型学位プログラムのレビューの経験を踏まえ、大学におけるWBLの質の向上に向けた支援ツールとして本手引きを策定した。なお、手引きの内容はNVAOのアクレディテーション枠組み※4に評価基準等の形で直接組み込まれるものではなく、各評価委員が当該プログラムを見る際の参考として活用されることを主眼としている。
※4 NVAOが行うアクレディテーションについては、「諸外国の高等教育分野における質保証システムの概要 オランダ 第2版」及びNVAOウェブサイトを参照。
■手引きの内容
手引きは、WBL型学位プログラムの段階(設計、実施)と質の特徴(quality features)に関するガイダンスから構成されている。
(1)WBL型学位プログラムの設計、実施に関するガイダンス
1.プログラムの開発・設計にあたっては、プログラム側(大学)と職場が協働すること。学生はプログラムの開発に直接責任を持たないが、大学の当該プログラム関係委員会の意思決定に参画させること。
2.プログラムの実施においては、大学、職場、学生の三者が協力すること。
(2)質の特徴に関するガイダンス
WBL型学位プログラムの質に関する要素として、「1.プログラムの設計」、「2.事前準備」、「3.学生への指導」、「4.成績評価」、「5.内部質保証」の5点があげられ、要素ごとに大学、職場、学生に期待される役割や責任が示されている。これら5つに共通し、大学・職場・学生間の協働が強調されている。
1.プログラムの設計(Design)
<ポイント>
1.WBLを含む学位プログラムがどのように設計されているか。
2.大学、職場それぞれの目標が明確になっており、学生が従事するタスクとの間に明確な関連性があるか。WBLが当該学位プログラムに適切に位置づけられているか。
3.期待される学習成果を身に付けられうる適切な職場での実習機会が得られるか。
また、各要素では職場、大学、学生の役割・責任について詳しく述べており、この要素では職場と大学向けの事柄を示している。
◎職場と大学の役割・責任
・大学と職場が当該WBLのビジョン(=当該職業、その学び、学生指導、理論と実践の関係に関するビジョン)を共有し、文書等で明確化されているか。
・プログラムに一貫性があり、大学と職場が共に責任を有しているか。
・(実習先が)異なる場合であっても同じ学習成果が身に付けられるよう設計されているか。
・キャンパスでの学習、職場での学習のいずれにおいても、学習機会等のバリエーションは十分に用意されているか。
・理論と実践が補完し合う形で、キャンパスでの学習と職場での学習が組み立てられているか。
・学習活動はしっかり組み立てられているか(期待される学習成果の達成に資する設計になっているか、学生からのインプットやチームワークを取り入れることが可能となっているか、など)
・柔軟な学習経路が可能か(学生の学習進度等に合わせて実習を進めることが可能になっているか、など)
◎職場の役割・責任
・実習を最適化できるよう、職場は必要な要件を満たしているか。
・職場での学習はある程度チャレンジングな内容か。
・必要な学習活動が十分行える職場環境か、また、実習先のバリエーションはあるか。
・学生の指導・監督を担当する者は必要な資格を有しているか。
・監督者への適切な支援が行われているか。
・学生が当該職業に関する倫理的課題や規範、価値についても学べるような職場環境になっているか。
◎大学の役割・責任
・学生が最適な学習を行えるよう、大学は必要な要件を満たしているか。
・WBLの準備と振り返りが当該学位プログラムに適切に位置付けられているか。
・学生が自身の職業的アイデンティティ(professional identity)を形成する機会を持てるようプログラムが設計されているか。
2.学生の学びに関する事前準備(Prepare)
<ポイント>
大学及び職場は学生のニーズを事前に把握し、大学や職場で行う活動を決定するとともに各活動の学習成果や到達点を定めているか。
◎学生、職場、大学の役割・責任
・大学での学習や職場での実習など、プログラムで行われる活動は学生の成長に適したものであるか。また、当該活動を適切に指導する監督者が配置されているか。
・学生が適切な学習経路を組み立てられるよう、職場や大学は十分な支援を行っているか。
・学習開始前の学生の能力(持っている資格)と当該プログラムの学習内容との間に明確な関連性があるか。
・当該プログラムの修了には大学と職場が求める修了要件を満たした場合に可能となる旨がプログラム関係者間(大学、職場、学生)で共有されているか。
・学生の実習への出席や業務面のゴール、また学習支援に関し、関係者間で事前に合意できているか。
◎学生の役割・責任
学習経路の構築・決定に学生本人が関与しているか。
◎職場の役割・責任
・学生を受け入れるにあたり、学生にとってやりがいのある内容を用意し、適切な職場環境を整えているか。
・学生が職員と直接関わりながら学べるような実習プログラムに設計されているか。
・職場での学生の学びを推進するために必要な体制が構築されているか。
・学生の実習に対応する職員や窓口となる職員が確保されているか。
・学生の学習経路は職場が求める要件を満たしているか。
・学生の指導及び支援を担当する監督者が確保されているか。
◎大学の役割・責任
・学生の職場での学習経路は学位プログラムが求める要件を満たしているか。
・実習期間中に学生の支援・指導を行う担当者を大学側でも確保しているか。
3.学生への指導(Guide)
<ポイント>
1.WBLの開始前、実施中、実施後にわたり学生への支援・指導を行い、学習成果の達成と学習経験の質を確保しているか。
2.学生の指導については職場と大学が協働し、学生をはじめ関係者と共有され、その内容は学生のニーズを踏まえたものであるか。
◎学生、職場、大学の役割・責任
・学生への指導方法について学生、職場、大学の三者が合意しているか。その方法は学生が現在持っているスキルや能力を踏まえたものであるか。
・学生は実習先の監督者から適切な指導を受けているか。指導にあたり大学も協力しているか。
・学生への適切かつ十分なフィードバックや支援が行われているか。また、指導を受ける学生の自主性や自律性がある程度確保されているか。
・職場では学生の達成目標に応じた適切な監督者が配置されているか。
・監督者は学生の訓練、支援、評価を行うにふさわしい専門性を持っているか(特に自己管理型学習遂行能力の指導、職業的アイデンティティの形成、職場での問題解決における専門性)。
◎学生の役割・責任
・職場での監督者からの指導に関し、学生本人にどの程度の裁量が与えられているか。
・学生が職場や大学と積極的にコミュニケーションを取れるようになっているか。
・学生の側から実習に関する指導やより難度の高いタスクを要求できるなど、WBLの内容等に関し学生もイニシアチブを取ることが可能となっているか。
◎職場の役割・責任
・適切な監督者が配置されているか。
・監督者の指導のもと行われる実習の学習成果が事前に設定され、職場で合意されているか(学生がどのレベルまで身に付ければ監督者の指導を受けずに当該職業活動を自身で行えるかについて職場であらかじめ決定されているか)。
・職場において、学生は職業コミュニティの一員として受け入れられているか。また、学生はフォーマル/インフォーマルな支援を受けているか。
◎大学の役割・責任
職場での指導を実習先にすべて任せるのではなく、事前準備や学生の監督にあたる職場の担当者への支援、事後の振り返りなどを通じて大学も関与しているか。
4.成績評価(Assess)
<ポイント>
学生、大学、職場は当該学位プログラムの修了要件を踏まえ、職場での学生の成績を評価するための基準を設定しているか。
◎学生、職場、大学の役割・責任
・職場と大学は成績評価に関する役割や責任を事前に定め、合意しているか。またその内容は学生と共有されているか。
・成績評価は適切な方法で実施され、職場で身に付けるどのような知識やスキルが成績評価の対象となるかが明確になっているか。
・成績評価は実習先の特色や各学生の特性も踏まえて行われているか。
◎学生の役割・責任
・成績評価に学生がどの程度関与しているか。
・成績評価に関し、学生が職場や大学と積極的にコミュニケーションを取れる体制になっているか。
◎職場の役割・責任
・成績評価を行うにふさわしい担当者が配置されているか。
・成績評価方法は実習先の事情に適した内容となっているか。
◎大学の役割・責任
・当該学位プログラムの要件や期待される学習成果を踏まえた成績評価方法となっているか。
・職場での学習の成績評価を担当する大学の試験委員会の役割が明確に定められているか。
5.内部質保証(Improve Quality)
<ポイント>
1.WBLの質の継続的な改善に向けて、大学と職場が連携して取り組んでいるか。
2.内部レビューは、WBLの質に関する目標が達成されているかという観点で行われているか。
3.WBLの効果を最大化するために学生、大学、職場が協働してレビューが行われているか。
◎学生、職場、大学の責任
・学生、職場、大学が連携してWBLの質の改善の取組が行われているか。また、こうした取組により実際に質が改善されているか。
・内部レビューで得られた知見がWBLの設計や改善に活用されているか。
◎学生の役割・責任
・自身が参加するWBLに学生がどの程度責任を有しているか。
・学生が職場や大学と積極的にコミュニケーションを取れる体制になっているか。
◎職場の役割・責任
・当該プログラムの質保証システムに関し、職場内で合意されているか。
◎大学の役割・責任
・質保証システムに関し、プログラム側(大学)でも合意されているか。
・質保証に関し、大学のプログラム委員会との連携が図られているか。
原典①:NVAO(オランダ・フランダースアクレディテーション機構)(英語)
原典②:NVAO(英語)
原典③:EUA(欧州大学協会)(英語)