英国教育省は2026年3月10日、イングランドにおいて2027/28年度から教育、金融、デジタルの分野で「Vレベル」の教育資格を初めて導入すると発表した。Vレベルは後期中等教育段階相当※1の新たな職業教育資格であり、2028/29年度以降、ビジネス・管理、介護サービスといった他の分野でも、段階的に導入が進められる。
英国政府は近年、職業教育資格の制度改革(後述)を推進しており、2027/28年度から導入されるVレベルは、主要な職業分野を網羅する幅広い職業教育科目で提供され、その内容はSkills England※2が各職業分野の雇用側と協力して設定する職業基準に準拠したものになるとされる。また、Vレベルの資格1つは英国の代表的な大学入学資格である「Aレベル※3」1科目分に相当し、取得にかかる学習量(学習時間)もAレベル1科目と同程度となる。
Vレベルの導入によって、公的資金の廃止が進められているBTEC等の既存の職業教育資格(後述)がもつ、Aレベルと併せて履修できるというメリットを残しつつ、労働市場の需要に応じた質の高い資格の提供と資格の合理化・簡素化が見込まれる。
※1 イングランドでは18歳までが義務教育だが、16~18歳の間の2年間(後期中等教育段階に相当)は、正規課程で学習を継続するか、見習い制度(Apprenticeship)等に進むか、あるいは非正規課程で教育を受けながら就労またはボランティア活動に従事するかを選択することとなっている。
「見習い制度」は、16歳以上の学生が就労経験を積みながら大学やカレッジで学習し、特定の職業に必要なスキルや知識を習得する制度。学生は就労によって賃金を得られるうえに、授業料は無償(政府と企業による負担)となる。詳細は「英国の高等教育・質保証システムの概要」pp.7-8,21を参照。
※2 イングランド全土における技能訓練の向上と労働力需要への対応を目的として設立された準政府機関。
※3 イングランドで最も一般的な後期中等教育段階の学術資格。Aレベルを利用して大学に進学する場合、一般的に3科目分の取得と成績要件が求められる。1科目の学習時間は360時間、3科目選択した場合は2年間で合計1,080時間になる。英国の大学入学資格の詳細は「英国の高等教育・質保証システムの概要」p.14-15参照。
本記事では、Vレベルの導入に焦点をあて、導入の目的とともに、その背景として近年進められている職業教育資格改革について紹介する。
資格制度改革の目的
Vレベルの導入は、2025年10月に英国教育省が発表した「16歳以降の教育とスキル白書」において示された。本白書では、イングランドのスキル制度改革について概説し、経済界が必要とする熟練労働力を育成するための施策が示されている。
白書によれば、英国では2030年までに重点分野※4で約90万人の熟練労働者が不足する見込みである一方、現状で約100万人の16~24歳の若者がニート(就学・就労していない、また職業訓練も受けていない状態)となっている。また、上記重点分野の優先職種における新規雇用の3分の2は、大卒レベル以上の資格を必要とするとされる。
こうした課題に対応するために、首相は「若者の3分の2が25歳までに見習い制度の利用、職業訓練の受講または大学進学ができるようにする」という目標を設定した※5。英国教育省は、「明確で質の高い16~19歳の資格制度の実現は、この目標の中核を成すものであり、スキルギャップの解消、ニートの減少、また国家再生の一環としての経済成長の促進に貢献するものである」としている。
今回の資格制度改革※6に関して、英国教育省は以下の3つの原則を掲げている。
- 1.16~19歳の若者が取得する資格は、高等教育機関への進学あるいは学習分野に関連した雇用先への就職などの成果をもたらすものでなければならない。
- 2.各資格の取得ルートは質が高く、将来のスキル需要に対応できるものでなければならない。どの資格も等しく社会から評価されるべきであり、学生がどの進路を選択しても、価値があり、尊重されるものでなければならない。
- 3.進路は16~19歳の学生にとって分かりやすく、自分に合った選択ができるようなものにする必要がある。学生たちが自身の希望や将来の計画に応じて、学術資格と職業資格を自由に組み合わせることができるべきである。
※4 英国の産業戦略と「Plan for Change」(現労働党政権による国家戦略文書)で定められた、先端製造業、クリーン・エネルギー、クリエイティブ産業、防衛、デジタル技術など合計10の分野。
※5 イングランドにおいて、18歳時点で教育を受けているか見習い制度を利用している者、それ以外のより広範な訓練(企業や私的資金による訓練など)を受けている者、雇用されている者、ニートの割合は、2024年時点でそれぞれ57.4%(約40万人)、8.0%(約5.5万人)、20.2%(約14万人)、14.5%(約10万人)となっている(英国教育省)。
※6 Vレベルの導入と併せて前期中等教育レベルの資格制度についても変更があるが、本稿では取り上げない。
イングランドにおける近年の職業教育資格の改革
主な職業教育資格
イングランドにおける近年の職業教育資格改革に関して、前提として、イングランドの後期中等教育段階で主に取得されている職業教育資格には、特定の業界や職業に特化した「技術レベル資格(Tech level)」、BTEC Nationals(以下、BTEC)やCambridge Technicalsなどのブランド名で知られる「応用一般資格(Applied General Qualifications)」、2021/22年度に導入された比較的新しい資格である「Tレベル」がある。今回のVレベルの導入に特に関係するのは、応用一般資格とTレベルである。
「応用一般資格」は応用学習を通して汎用性の高い知識とスキルを身につけることを可能にする資格で、その多くは職業・技術系の科目である。高等教育機関への進学にも対応でき、Aレベルと併せて履修する学習者もいる。BTECの場合、希望する大学の入学要件にもよるが、分野に応じて「BTEC National Extended Diploma(学習時間1,080時間:Aレベル3科目に相当)」を取得したり、「BTEC National Diploma(学習時間720時間: Aレベル2科目に相当)」の取得に加えてAレベル1科目を履修して、大学進学に利用することができるようになっている。「応用一般資格」は、16~19歳が取得する職業教育資格としては、最も広く利用されている。
「Tレベル」は2021/22年度に当時の資格制度改革の一環で導入された資格で、現在21のコースが開設されている。TレベルもVレベルと同様に、労働市場の需要に応じた職業基準に準拠した資格である。教室での知識ベースの学修と最低315時間(約45日間)の職場での実習で構成され、資格取得後は、技術職への就職や高等教育段階の見習い制度の利用、関連分野への大学進学といった進路が想定されている。Tレベルは1つの資格でAレベル3科目分に相当するとされる、学習量の大きな資格である。さらに、実習を含めた2年間の学習時間は平均1,800時間であり、Aレベル3科目(1,080時間)よりも長くなっている。
Vレベルの導入経緯(Tレベルの導入以降の資格制度改革の動向)
イングランドでは、2018年の時点で公的資金の対象となる資格が後期中等教育段階のものだけでも4,000以上あったとされる※7。特に、職業教育資格は同じ分野でも資格名や学習時間の異なる多くの資格が存在し、その複雑さや質のばらつきが問題視されていた。
当時の保守党政権は、資格制度の簡素化と質の低い資格の排除を進める一環で、2021/22年度から、Aレベルに並ぶ質の高い新たな職業教育資格としてTレベルを導入した。このとき、応用一般資格を含む、Aレベル・Tレベル以外の資格については、公的資金の継続的な配分を受けるためには資格の質と明確な目的を証明する必要がある、とされた。また、Tレベルと内容が重複するBTEC等の既存の職業教育資格については、公的資金配分の対象外とするという方針が示された。
※7 例えばBTECのウェブサイトでは、BTECには(前期中等教育段階や高等教育段階の資格も含めて)16分野に2,000種類以上の資格があると紹介されている。
しかし、BTEC等の既存の職業教育資格に対する公的資金の廃止に対しては、多様な教育の機会を奪うものであり※8、学術資格のAレベル/特定の職業につながる技術資格/実践的なスキルと学術的な学修を組み合わせた応用一般資格からなる進路モデルは維持されるべきであるという批判がなされ、Tレベルの導入後に予定されていた公的資金の廃止が延期されるなど、資格の整理には課題が残った。
※8 BTEC等への資金配分が廃止され、ある職業分野の資格がTレベルだけとなった場合、学習量の多いTレベルと他の資格を組み合わせて履修することは難しい。そのため、従来可能であったAレベルと職業教育資格を組み合わせての履修ができなくなる=進路の幅が狭まることになる。
このような流れの中で、2024年以降の労働党政権であらためて資格制度の見直しが行われ、「Vレベル」が導入されることとなった。これによって、学習者の進路設計に応じてAレベルと組み合わせることができるというBTEC等のメリットを残しつつ、Skills Englandの主導による労働市場の需要に応じた質の高い資格の提供と資格の合理化・簡素化が図られる。
新たな資格制度への移行計画
Vレベルは2027/28年度に教育、金融、デジタルの分野で開始され、その後も2030/31年度までに14の分野で導入される予定となっている。また、Vレベルの導入と併せて、Tレベルについても、2028/29年度以降新たな分野への拡大が予定されている。英国教育省は、重複を避けるため、Tレベルが存在する職業ルート内で、大規模な技術プログラムを再現するような形でVレベルを組み合わせることは認めない、としている。また、既存の職業教育資格からTレベル・Vレベルへの移行を進めるため、各分野における新たな資格の導入に併せて、BTECを含む既存の職業教育資格への資金援助は順次廃止される。
Vレベルが導入される分野、Tレベルが拡張される分野と大まかなスケジュールは、以下のように示されている。なお、資格の種類は暫定的なものであり、今後の検討によって変更される可能性がある。
| 導入年度 | 資格の種類 | 分野 |
| 2027/28年度 | Vレベル | デジタル、教育・幼児期教育、(法務・財務・会計ルートの一部として)財務・会計 |
| 2028/29年度 | Vレベル | ビジネス・管理、介護サービス、建設・建造環境、工学・製造、健康・科学、(法務・財務・会計ルートの一部として)法律、セールス・マーケティング・調達、スポーツ・フィットネス・運動科学 |
| Tレベル | 介護サービス、スポーツ・フィットネス・運動科学 | |
| 2029/30年度 | Vレベル | 農業・環境・動物福祉、ケータリング・ホスピタリティ、理容・美容、警護サービス |
| Tレベル | ケータリング・ホスピタリティ、クリエイティブ・デザイン拡張、理容・美容、警護サービス | |
| 2030/31年度 | Vレベル | 美術・舞台芸術、旅行・観光 |
| Tレベル | 美術・舞台芸術、旅行・観光 |
【出典】
・原典①:英国教育省(英語)
・原典②:英国教育省(英語)
・原典③:英国教育省(英語)
・原典④:英国下院議会図書館(英語)
・原典⑤:英国教育省(英語)
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