イギリスのAccess to HE Diplomaが制度変更へ

 英国高等教育質保証機構(QAA)は、2023年6月、英国の大学(学士課程)への入学資格のひとつである「Access to Higher Education (Access to HE) Diploma」の制度を2024年8月に一部変更することを決定した。本Diplomaを取得できるコースで学ぶ学生の学習経験の同等性の確保と学生の達成(achievement)の公平性の一層の確保を目的とし、コースの構成と成績評価に関する新たな規定が設けられる。

■英国の大学入学資格とAccess to HE Diploma

 英国では、大学進学を希望する者は中等学校(中等教育)修了後、大学進学準備教育を行う課程に進み※1、大学(学士課程)入学資格を取得する必要がある。大学やカレッジの入学要件に関する国内の統一的なルールはなく、各高等教育機関がコース等ごとに取得した大学入学資格等の成績要件等を独自に定めている。高等教育機関が独自の入学試験を実施することは一部の分野を除いてはさほど一般的ではなく、志願者が保有する資格、コースへの適性、インタビュー等に基づいて入学可否が判断されることが多い。
 学士課程への入学資格は多数存在するが、最も一般的なものとして、イングランド、北アイルランド及びウェールズでは「General Certificate of Education Advanced Level」(GCE Aレベル)、スコットランドでは「Scottish Higher」が知られている。また、「BTEC Nationals」等の職業教育資格や、「国際バカロレア(International Baccalaureate)」といった国際的な入学資格等もある※2

 さらに、こうした大学入学資格を有していない成人を対象とした「Access to HE」という大学進学準備コースがイングランド、ウェールズ、北アイルランドの継続教育カレッジ等で開設されており、修了すると「Access to HE Diploma」が取得でき、大学の学士課程への進学が可能となる(以下、Access to HE Diplomaを取得できるコースを「Accessコース」と表記する)。Access to HE Diplomaは、英国の資格枠組みにおいてGCE AレベルやScottish Higherと同様にレベル3(後期中等教育段階)に相当する資格とされる。
 Accessコースは、様々な理由により高等教育への進学機会に恵まれなかった成人を対象に、高等教育機関での学術的な学習を準備させることを主な目的とするもので、通常フルタイムの1年間のコースで60単位を履修する(遠隔教育の形態で2~3年かけて修了するコースもある)。現在、Access コースを提供する機関は全英で340以上、基本的に学士課程の分野に対応する分野で計1,200以上のコースが提供されており※3、学生数は4万人を超える。Access to HE Diplomaは英国の大学に広く認知されており毎年23,000人以上が大学に進学している※4

※1 例えばイングランドの場合、大学進学希望者は、まず通常16歳(中等学校修了年齢)でGCSE (General Certificate of Secondary Education)を受験して当該資格を取得する。その後、シックスフォーム等の学校で、大学入学資格であるGCE Aレベルの取得を目指しさらに2年間学ぶ。
 本記事が扱うAccessコースもGSCE等の中等教育修了資格を有している者が大学入学資格(この場合はAccess to HE Diploma)取得を目的に学ぶ大学進学準備課程の一種である。
※2 Access to HE Diplomaを含めた英国の大学(学士課程)入学資格及び高等教育への入学制度については、「英国の高等教育・質保証システムの概要(第3版)」(NIAD-QE,2020年3月刊行)pp.14-18を参照。
※3 Access to HEウェブページからAccessコースを検索することができる。なお、Accessコースは多様な分野で提供されているが、看護、保健・医療分野の人気が高い。
※4 Access to HE Diploma取得学生の学士課程への入学要件は大学ごと・コースごとに定められている。なお、すべての英国の大学の学士課程のコースがAccess to HE Diplomaを入学資格としているわけではなく、これを入学資格としていない大学/コースもある。

■Access to HE Diplomaの質保証とQAAの役割

 Access to HE Diplomaの質保証と規制は、政府の委託を受けてQAAが担っている。具体的には、QAAが策定する枠組みに基づき、Access to HE Diplomaを授与する機関としてQAAに認められた団体(Access Validating Agencies: AVAs)が、個別のAccessコースの認可やモニタリング等を行う(2023年8月時点、9機関がAVAとして認定)。また、QAAは、AVAの監督(定期モニタリング)を行うほか、Access to HEの制度のレビューも実施している。
 さらに、大学・カレッジ入学サービス(UCAS)、資金配分機関、高等教育統計局(HESA)等と協力し、毎年、Accessコースの学生に関するデータを収集し公表している。近年の統計によると、Accessコースを介した高等教育への進学者は増加しており、社会的・経済的に不利な背景を持つ層に高等教育進学機会を与える仕組みとして、Access to HEが社会的流動性(ソーシャルモビリティ―)の活発化に寄与していること、また、スキルを持つ人材の不足が指摘されている分野の人材を育成し国の生産性向上に寄与するなど、経済面でも貢献しているとされる。

■2024年からの変更点※5

 2022年にQAAが実施したAccess to HE制度のレビュー※6により、2024年8月1日より以下の変更が生じる予定である。
1.コース構成に関する変更
1-1. Access to HE Diplomaを取得するための総学習量(単位数)は60単位※7から変更はないが、コースを構成するユニット(科目)について新たに要件が設定される
 ・ユニットあたりの単位数は従来どおり3単位、6単位、または9単位のいずれかとするが(それ以外の単位数のユニットの設定は不可)、コースの中に1ユニット6単位または9単位のユニットを最低1つ含めること
 ・6単位または9単位で構成されるユニットの合計単位数は最大で30とすること

1-2. 看護及び健康・保健関係の専門分野の科目のディスクリプタ―(subject descriptor)が導入される(2024年に試行、2025年から導入)

※5 変更点の詳細については、次の資料を参照:QAA (July 2023), The Access to Higher Education Diploma Specification 
※6 レビューでは、QAAと高等教育関係者(学生、Accessコース提供教育機関、大学、Access to HE Diploma授与機関(AVAs)、資金配分機関、職能団体/規制機関、雇用者等)との協議や提案されている新たな成績評価方法の試行が行われた。
※7 60単位のうち、45単位はレベル3の学術的な学習によるもの、残りの15単位はレベル2または3の学習によるものとする、との規定がある。

2.成績評価に関する変更
2-1. Accessコースの各ユニットで行われる成績評価においては、「知識と理解の修得状況」、「当該分野に特化したスキルの修得状況」、「汎用性のあるスキルの修得状況」を共通基準として用いる
2-2. 各ユニットの学習成果の達成状況を踏まえ、ユニットごとに「Pass(合格)」、「Merit(優れている)」、「Distinction(際立って優れている)」のいずれかが付される。単位は当該ユニットの学習成果要件のすべてが満たされた場合に付与される

 QAAは上記の変更の背景として、学習からしばらく離れていた成人にとって3単位程度の小さいユニットは比較的修了が容易であり本人の自信につながるという利点はあるが、通常ユニットあたり10~20単位で構成される大学の学士課程の準備教育としては不十分であり、より負荷のかかるユニットでの学習にも慣れておく必要がある、と説明している。
 また、現状のAccessコースは、3単位のユニットだけで構成されるコースもあれば9単位のユニット中心のコースもある。また、ユニットあたり1回だけの成績評価が行われるコースもあれば、ひとつのユニットの中で複数の成績評価が実施されるものもあるなど、全体的にAccessコースの仕様(specifications)に統一性がなく、学生の学習経験の同等性を確保する観点から見直しの必要性が指摘されていた。

■今後のスケジュール

 上述の変更点については、2024年8月1日時点でAccessコースに在籍している学生の学習から適用される。またQAAは今後、Access to HE Diplomaの授与機関(AVAs)やAccessコース提供機関等関係者への説明会等を行うとしている。

関連情報:2021-2022期のAccess to HE主要統計

 QAAは、2023年5月31日、Access to HE Diplomaに関する2021-2022期の主要統計(Access to HE: Key Statistics 2021-22)を発表した。主な内容は以下のとおり。

・40,855人がAccessコースに登録した
・学生の92.8%がコースを修了しAccess to HE Diplomaを取得した
・23,290人のAccessコース修了者が高等教育に進学した
・高等教育に進学した学生の77%が地元の高等教育機関に進んだ
・Access to HE Diplomaを介して高等教育に進学した学生の77%が女性、59%が25歳以上、29%がエスニックマイノリティの出身※8、26%が障がいを持つ者、24%が高等教育への進学率の低い地域(disadvantaged area)の出身者であった
・Accessコースの学生の60.6%が健康・保健、公共サービス、看護・ケアの分野を学んだ
・Access to HE Diplomaを介して高等教育に進学した学生が選択したコースの分野は、医学・医療系16.2%、ビジネス・経営系5.8%、心理学5.6%、社会学4.4%、バイオサイエンス・スポーツサイエンス3.0%だった。なお、Accessコース以外の課程からの高等教育進学者についてはビジネス・経営系を選択した者が18.3%、医学・医療系が6.1%
・Accessコースを経て高等教育に進学し卒業した者の70.6%が就業した(それ以外の入学資格から高等教育に入学し就職した者は60.2%)
・ビジネス・金融、看護・助産、IT、販売・マーケティング、教職等の人材が不足しているいずれの分野においてもAccess to HEを介して高等教育で学んだ者の就職者数が増加した

※8 原典に「29%がethnic minoritiesから」との記載がある。なお、英国政府ウェブサイトの説明によると、ethnic minority は、「白人の英国人(white British)を除く全てのエスニックグループを指す。ジプシー、ロマ、アイリッシュトラベラー(Gypsy, Roma and Irish Traveller groups)等の白人のマイノリティ(white minorities)もethnic minoritiesに含まれる。」と定義されている。

原典①:QAA(英国高等教育質保証機構)(英語)
原典②:QAA(英語)
原典③:QAA(英語)
原典④:Access to HE(英語)
原典⑤:Access to HE(英語)

(参考)Access to HE Diplomaに関するQA UPDATESの過去の投稿記事

Access to HE コース修了者の92パーセントが半年以内に就職」 
(本サイト2015/8/10投稿記事)

カテゴリー: 英国 タグ: , , , パーマリンク

コメントを残す