英国高等教育質保証機構(QAA)は、2023年10月6日、イングランドの大学等の高等教育機関に対する新たなサービス※1として、高等教育機関が学生局(Office for Students: OfS)※2の管理する高等教育機関登録に申請する際、大学等の求めに応じ、教育の質と基準に関する要件について助言を行うことを発表した。
QAAは2018年以降、高等教育機関登録制度の一部として行われる機関別評価(質・基準レビュー。後段参照)の受託機関としてイングランドの大学等の質保証に携わってきたが※3、2023年3月末にその役割を終えた。以降、質・基準レビューの実施を含めてイングランドの高等教育の質の保証・管理は基本的に学生局が担うこととなったが、その後の学生局を巡る英国内の様々な議論等を背景に、長年培った質保証に関する経験や専門性を活かし、機関登録を受ける大学等に対し、質に関する助言を行うという新たなサービスを提供することを決定した。
※1 QAAは会員制(メンバーシップ)をとっており、QAAが提供する質保証に関する各種サービスは基本的に会員機関を対象としている。イングランドの高等教育機関については、QAAのメンバーシップへの加入は任意である(学生数等に応じた会費制。イングランドの98%以上の大学等が加入)。詳細は、QAAのウェブページを参照。
※2 学生局は、2017年成立の高等教育・研究法に基づきイングランドの高等教育機関の規制・監督・資金配分等を行う機関として2018年に設立された。
※3 イングランドの高等教育機関を対象にQAAが行う質保証活動として、質・基準レビューが代表的なものであるが、これ以外にも様々なサービスを提供している。
■イングランドの高等教育機関登録制度とQAAのこれまでの役割
英国では、教育制度がイングランド、スコットランド、ウェールズ及び北アイルランドで地域ごとに特色を有しているように、教育の質保証においても地域ごとに独自の制度が存在する。高等教育機関の質を評価する法定義務は各地域の資金配分・規制機関や学生局が負っているが、実際の評価業務はQAAをはじめとする政府から独立した質保証の専門機関に委託されている※4。
英国の4地域の中で高等教育機関の規模が最も大きいイングランドについては、2018年4月から学生局による高等教育機関登録制度が始動した。同制度への登録は任意であるが、公的資金の交付、学生ローンの受給、学生ビザを使った留学生受入れ、学位授与権や「大学(University)」または「ユニバーシティ―・カレッジ(university college)」の名称使用権の付与を希望する高等教育機関は登録が必須である。
機関登録においては、登録可否を判断する際の根拠として、当該教育機関の学術の質と基準に関する機関別評価(質・基準レビュー(Quality and Standards Review))が行われ※5、※6、QAAは学生局の委託を受け、登録希望機関を対象にレビューを実施してきた(そのため、QAAはイングランドにおける「質に関する指定された機関」(Designated Quality Body: DQB。以降DQBと表記)として位置づけられてきた)。
QAAによる質・基準レビューは、イングランドの高等教育機関を対象とする代表的な機関別評価の仕組みであり、レビューでは、質保証のための英国常設委員会(UK Standing Committee for Quality Assessment: UKSCQA)からの委託を受けてQAAが策定した評価基準(クオリティ・コード※7)が用いられたが、本レビューはあくまでも学生局による規制(ここでは学生局が管理する高等教育機関登録制度を指す)の枠組みの中で行われるものであった。
QAAは、高等教育の質の保証や管理に対する学生局とのアプローチの違いなども踏まえ※8、DQBとしての自身の役割等について検討等を行い、2023年3月末をもってその役割を終了することを決定、同年4月以降は本レビューの実施を含めてイングランドの高等教育の質の保証・管理は基本的に学生局が担うこととなった※9。
一方、学生局を巡っては、この間国内で様々な議論がなされ、QAAがDQBとしての役割を終了した時期と同じく2023年3月から4月にかけて、英国議会上院(貴族院)による学生局に関する調査(inquiry)が行われ、同年9月上旬、学生局による大学等の規制及び質の管理に関するアプローチや業務状況を含めた様々な事項に関する課題を指摘した調査報告書が公表された※10。
議会による調査報告書の公表直後より、QAAは、イングランドを含めた英国全体の高等教育の質保証の在り方やその中での自身の役割等について、ウェブサイトから随時、政策提言等の形で発表してきており(本記事末尾の<参考>を参照)、今回発表された学生局による高等教育機関登録に申請する大学等への助言サービスの開始は、この流れに位置づけられるものである。
※4 スコットランド、ウェールズはQAA(ウェールズについては、「欧州における質保証の基準とガイドライン(ESG)」[後述の※14参照]の項目を満たす質保証活動を行っている質保証機関であるとして欧州高等教育質保証協会(ENQA)の正会員資格を獲得し、こうした質保証機関を登録する仕組みである「欧州高等教育質保証機関登録簿(European Quality Assurance Register for Higher Education: EQAR)」に登録されている質保証機関(QAAもこれに含まれる)も評価を実施することができる)、北アイルランドについては、北アイルランド経済省が担当(QAAは、当該省に質保証に関する助言や支援を行う形で北アイルランドの大学等の質保証に関与)。イングランドについては本文のとおり。
※5 学生局による機関登録制度については、「英国の高等教育・質保証システムの概要(第3版)」(NIAD-QE,2020年)pp.31-33や学生局のウェブサイトを参照のこと。
※6 質・基準レビューの概略については、「英国の高等教育・質保証システムの概要(第3版)」pp.35-37を参照。なお、本概要はQAAがレビューの受託機関であった頃の制度を扱っており、本記事で扱う最新の動向は未掲載。
※7 クオリティ・コード(Quality Code)とは、公益や学生の利益を保護し、高等教育の質に対する信頼を守るため、英国のすべての高等教育機関が遵守することが求められている教育の基準と質に関する原則。高等教育機関の質を評価する際の基本的要件として英国各地域で共通的に用いられている。「英国の高等教育・質保証システムの概要(第3版)」pp.29-30も参照。
※8 QAAによれば、学生局のアプローチは、QAAが重視する「質の向上」(quality enhancement。イングランド以外の地域(ウェールズ等)では特に重視されている)や欧州のESG[後段※13を参照]を踏まえたグッドプラクティスとは異なる、としている。
※9 その経緯等については、本サイト2023/9/21投稿記事「英国QAAが欧州ENQAの外部レビューを受審―質保証への学生参画の取組で高評価」の<参考2>を参照。
※10 英国議会上院による調査報告書(Must do better: the Office for Students and the looming crisis facing higher education. House of Lords, Industry and Regulators Committee, 2nd Report of Session 2022-23, 13 September 2023) 。本調査に関する英国議会上院のウェブサイトによると、学生局は「英国の高等教育機関が質の高い教育を学生に提供することを保証する」という役割を期待されて設立されたが、高等教育に対するアプローチが次第に変化してきているため、学生局の権限等の適切性や業務遂行状況(パフォーマンス)、政府との関係(独立性)、役割を遂行するために必要なリソースと専門性の有無等の事項について、英国の高等教育関係者(高等教育機関、学生、大学関連協会、職業教育機関関連協会、規制・資源配分機関(学生局等)、QAA、政府関係者、民間企業ほか)へのヒアリング等により調査(inquiry)を行うこととした、としている。調査報告書では、英国の高等教育が財政不足等の大きな課題に直面する中での学生局の対応や業務状況等について様々な指摘がなされ、質保証のアプローチ等についてはその国際性と政府からの独立性において特に課題があるとされた。なお、上院の報告書公表後、QAA、学生局を含めた英国の質保証や大学関係機関、メディアによる報道が出されており、QAA及び大学協会等からは上院の報告を歓迎する趣旨のコメントがみられる。
■QAAによるイングランドの高等教育機関向けの新たなサービス
QAAは、今後学生局が管理する機関登録への登録を希望するイングランドの高等教育機関に向けた新たなサービス(後段の①~④)を提供する。いずれも学生局が定める教育・学術の質に関する要件を満たしているかについて助言を与えることを主眼とする。
学生局の機関登録制度に登録されるための要件(基準)には、新規登録及び登録継続のための既定要件(要件A~Gの計7項目で構成)と、新規登録機関または登録済機関に対し必要に応じて設定される個別要件がある。
QAAによる新たなサービスは、既定要件に関する助言であり、学生局による機関登録審査において「質・基準レビュー」の受審が必要となる教育機関(2022年5月1日以前に登録申請した機関)を対象とするサービスのほか、これ以降に申請した機関を対象に、教育・学術の質にかかわる基準である要件B(教育の質、信頼できる基準、すべての学生に向けた高い学習成果)を構成する要件(B7、B8。後段の囲み内を参照)について助言するサービスがある。
なお、QAAがこれらの新たなサービスを開始することについての学生局側の関与や反応等は現時点では特段見当たらない。
①「質・基準レビュー※11に関するガイダンス」
2022年5月1日以前に登録申請をした教育機関が対象。
・QAAの専門家との議論を通じ、個々の要件に関する大学側の理解を助ける
・特定のエビデンス要件を含めたレビューのプロセスに関する理解を助ける
・大学の教育方針、教育プロセス、質・基準レビューで提出が求められるエビデンスにおけるリスクと潜在的なギャップを明らかにする
・改善点と今後のステップを記載した報告書を提供する
②「質に関する既定要件(B7)についての助言」
2022年5月1日以降に登録申請をした教育機関が対象。
・QAAの専門家との議論を通じ、個々の要件に関する大学側の理解を助ける
・登録要件B7に関する特定のエビデンス要件を含めた審査のプロセスに関する理解を助ける
・大学の教育方針、教育プロセス、登録要件B7の審査に関係するエビデンスにおけるリスクと潜在的なギャップを明らかにする
・改善点と今後のステップを記載した報告書を提供する
③「基準に関する既定要件(B8)についての助言」
2022年5月1日以降に登録申請をした教育機関が対象。
・QAAの専門家との議論を通じ、個々の要件に関する大学側の理解を助ける
・登録要件B8に関する特定のエビデンス要件を含めた審査のプロセスに関する理解を助ける
・大学の教育方針、教育プロセス、登録要件B8の審査に関係するエビデンスにおけるリスクと潜在的なギャップを明らかにする
・改善点と今後のステップを記載した報告書を提供する
④「模擬アセスメント」
対象の指定は特に無し。
・QAAの専門家との議論を通じ、個々の要件の理解と把握を助ける
・機関登録アセスメントのシミュレーションの実施(全体のタイムライン、エビデンス関する要件、実地調査(on-site visit)等に関する理解を図る)
・QAAの専門家が大学等を訪問し、内部質保証メカニズムの観察と助言を行う
・改善点と今後のステップを記載した報告書を提供する
※11 ここでの「質・基準レビュー」はQAAではなく学生局が実施するレビューを指すが、レビューの基準等詳細は不明(調査中)である。
| 【要件B7とは】:機関登録された場合に、要件B1,B2,B4を満たすための計画を当該教育機関が策定しており、計画の実施に必要な能力やリソースを有していること。 ●要件B1:高等教育機関は、コースに登録したすべての学生に質の高い学術経験を提供しなければならない。「質の高い学術経験」の要素としては、各高等教育コースが時代に即していること、学生にとってやりがいのある内容であること、コースの一貫性が確保されていること、効果的に提供され、学生が関連するスキルを身に付けることができることなどが含まれる。 ●要件B2:コースに登録した学生が質の高い学術経験を得、在学中及び卒業後のキャリアで成功するために必要な支援やリソースを提供しなければならない。 ●要件B4:学生の成績評価が効果的かつ信頼できる方法で行われること。授与される資格が信頼されるものとなるよう学術に関する学内規程が策定されていること。 【要件B8とは】:高等教育機関が当該コースの修了により学生に提供する学位等資格の水準が、英国の高等教育セクターで認められた基準 と一致した(consistent)ものであること。 |
<参考> QAAによる今後の英国の質保証に関する提言等について
先に述べた学生局を巡る英国議会の議論等を背景に、QAAは2023年秋以降、国内の政策担当者等高等教育のステークホルダーに向けて、イングランドを含めた英国高等教育の質や質保証の在り方等に関する様々な提言等を自身のウェブサイトから発表している。QAAによれば、学生局が管理する現行の規制等のシステムのみでは、質の向上(quality enhancement)、教育機関の自律性、透明性といった、QAAが一貫して重視し、かつ、イングランド以外の英国の地域や欧州等国際的にも重視されている要素を踏まえた質保証の実現が難しく、ひいてはイングランドの高等教育の国際的な魅力や評判、外国機関との連携活動等にも影響が生じかねない、としている。
以下は、2023年11月中旬までに発表された主な提言等である。詳細は各リンク先を確認されたい。
◆政策立案者ほか高等教育関係者に向けて、「質」の定義を公表【2023年9月11日】
https://www.qaa.ac.uk/news-events/news/qaa-publishes-definition-of-quality-for-policymakers
英国のすべての高等教育機関に遵守が求められている教育の基準と質に関する原則であるクオリティ・コード[前述の※7参照]に基づき、英国の高等教育の「質」とは何かを提示。また、「高い質」の指標も整理。高等教育の質とは「学生・雇用者・政府・社会の期待に応えつつ、学業面、個人としての成長、キャリア面で継続的に優れた成果を上げられるよう教育機関が学生を支援していくことにある」と主張。
◆「イングランドの高等教育の質の未来(Future of Quality in England)」と題した政策提言シリーズ(policy paper series)の発表を開始【2023年9月18日】
https://www.qaa.ac.uk/news-events/news/qaa-recommends-reform-to-the-english-quality-system-to-deliver-on-future-policy-priorities
国の政策担当者が今後のイングランドの高等教育について議論する際の参考となるべく策定されるもの。第1弾として、イングランドの高等教育の質システム※12の改革を提言するペーパー(”An English higher education quality system fit for the future”)を公表。イングランドの質システムの在り方として、質の保証(quality assurance)と質の向上(quality enhancement)を基本としたものであるべきと提言。
◆学生局が管理する機関登録への申請時に、質に関する要件について助言する新たなサービスの開始を発表【2023年10月6日】
https://www.qaa.ac.uk/en/products-and-services/new-provider-service
本動向記事で扱っている内容。
◆政策提言シリーズの第2弾として、”Instilling international trust in English higher education – a quality perspective”を発表【2023年10月25日】
https://www.qaa.ac.uk/news-events/news/qaa-calls-for-a-change-in-approach-to-instil-international-trust-in-the-quality-of-england-s-higher-education
イングランドの高等教育の質に対する国際的な信頼を得られるような質システムが必要であると主張。外部質保証については、国際的な動向を踏まえ、政府から独立した機関によって、学生の参画と質保証結果の公表(透明性)に基づいて行うことが望まれると提言。
◆政策提言シリーズの第4弾※13として、”Realigning the UK higher education system: Learning from the devolved nations”を発表【2023年11月16日】
https://www.qaa.ac.uk/news-events/news/qaa-recommends-increased-cross-nation-alignment-and-collaboration-on-quality-assurance
イングランドの高等教育の質システムについて、英国の他の地域(スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)で共通的に用いられているクオリティ・コードに基づくシステムや質保証に関する国際的な動向(欧州等での取組)との協調が重要であると主張。
◆学生局の機関登録制度に登録されているイングランドの高等教育機関を対象に、欧州の質保証基準(「欧州高等教育圏における質保証の基準とガイドライン(ESG 2015)」※14)に基づく機関別評価(選択的質レビュー(Elective Quality Review (EQR))の実施を開始することを発表【2023年11月21日付】
https://www.qaa.ac.uk/news-events/news/qaa-launches-elective-quality-review
◆学生局の機関登録制度で求められる要件(baseline requirements)の遵守の先にある質の向上(エンハンスメント)に関する大学等の取組を支援するための実践的ガイド(Beyond the Baseline: QAA Resource Map)を公表【2023年11月22日】
https://www.qaa.ac.uk/news-events/news/qaa-publishes-new-resource-map-offering-support-in-going-beyond-baseline-regulatory-requirements
(本ガイドへのアクセスはQAA会員機関限定)
※12 QAAは、「質システム(quality system)」という言葉を規制・監督、外部質保証、内部質保証等を含めた、高等教育の質の維持・向上等と関わる仕組み全体を指す概念として用いている。
※13 なお、政策提言シリーズの第3弾は11月2日に発表された生涯学習に関する提言(”The right ambition, the wrong solution? How the Lifelong Learning Entitlement can deliver a high-quality learning experience”)。
※14 欧州高等教育圏内における内部質保証(ESG第1部)、外部質保証(ESG第2部)及び質保証機関(ESG第3部)に関する基準とその運用のためのガイドライン。高等教育機関及び質保証機関双方にとって共通の参照点となる。国・地域間の違いを認めた上で共通の質保証基準を設けるもので、各質保証機関の多様性を尊重し、策定されている(NIAD-QE「高等教育に関する質保証関係用語集」オンライン版からの抜粋)。本ガイドラインの日本語訳版(NIAD-UE、2016年1月)はこちら。ESGの原典(英語)は、ENQAウェブサイトからアクセスできる。
原典①:QAA
原典②:QAA
原典③:学生局
原典④:英国議会
原典⑤:英国議会
※上記原典はすべて英語。なお、特にQAA、学生局のウェブサイトについては上記以外の関連ページも参照した。
関連する過去のQA UPDATES動向記事
1.「英国QAAが欧州ENQAの外部レビューを受審―質保証への学生参画の取組で高評価」
(本サイト2023年9月21日投稿記事)
2.「イギリス大学等の質・基準の最低要件が改定:教育の質の向上と成績インフレ抑制へ」
(本サイト2022年3月31日投稿記事)
3.「英国高等教育質保証機構(QAA)が教育省大臣から指定:質保証業務を継続」
(本サイト2018年3月13日投稿記事)
4.「イギリス:2018年 学生局(OfS)設立に伴う新たな質保証機関の選定について」
(本サイト2017年11月21日投稿記事)







