2022年3月2日、英国・イングランドの学生局(Office for Student:OfS)※1は高等教育機関登録制度の登録要件のうち、高等教育の質と基準に関する要件であるB1、B2、B4、B5を改定することを発表した。また併せて、新たな登録要件B7、B8も追加されることとなった。改定後の基準は2022年5月1日から適用される予定である。OfSは今後新たな基準のもと、教育の質の向上と成績インフレの抑制に取り組む。
■(はじめに)OfSの高等教育機関登録制度とは
イングランドでは、下記の事項を一つでも希望する場合にはOfSが管理する高等教育機関登録制度への登録が必要となる。2018年4月から始動した。なお、本制度への登録は任意のため、公的資金の交付を希望しないなどの理由から未登録の機関も高等教育を提供することは可能である。登録機関数は418(2022年3月31日現在)。
- ●政府からの教育・研究助成等の公的資金の交付
- ●学生支援金の受給
- ●内務省(Home Office)への Tier4 学生ビザを使った海外留学生の受入申請
- ●学位授与権の取得申請
- ●「大学」(university)または「ユニバーシティー・カレッジ」(university college)」の名称使用権 (title)の取得申請
①高等教育機関の登録要件
高等教育機関が本制度で登録されるためには、OfS に申請書と必要なエビデンスを提出し、教育の質、学生保護、学生支援、財政の持続性、健全なガバナンスとマネジメント等、登録のための最低要件を満たしていることを示さなくてはならない。
登録要件には、新規登録及び登録継続のための一般要件(Initial and general ongoing conditions)(表1)と、登録された機関に対し必要に応じて設定される登録継続のための個別要件(Specific ongoing conditions)の2種類がある。今回改定された項目Bは登録一般要件に含まれ、改定前は6つの要件(B1~B6)で構成されていた。
表1 高等教育機関登録簿への新規登録及び登録継続のための一般要件の項目(注)
登録一般要件 |
A: 様々なバックグラウンドを持つ学生に向けた高等教育への進学及び学習機会の提供 B: すべての学生に向けた教育の質、信頼できる基準、高い学習成果 C: すべての学生の利益保護 D: 財政的な持続可能性 E: 良好なガバナンス F: 学生への情報提供 G: 授業料及び資金調達に関する説明責任 |
登録一般要件の詳細はこちらを参照。
②登録後のモニタリング
登録されたすべての高等教育機関は、登録要件を継続して満たしているかどうか、OfS によるモニタリングを受ける。OfSのモニタリングは学生数の増減傾向や卒業率等の各種データおよび内部告発等のOfSに寄せられた情報とともに、高等教育機関からOfSへの報告事項に基づき行われる。OfSは高等教育機関の環境や活動の変化をこうしたデータ・情報で認識し、高等教育機関が登録要件に違反するリスクの把握に役立てる。
③要件違反等への対応
登録機関が登録継続のための一般要件または個別要件のいずれかにおいて違反の疑いが明らかになった場合、OfS は学生及び納税者の利益保護のため、当該機関に対してモニタリングの強化、追加の個別要件の適用、OfS と当該機関のスタッフが解決に向けて協働するといった措置を講じる。
また、登録機関が登録継続のための一般要件もしくは個別要件のいずれかで違反状態にあることが明らかとなった場合、OfS は当該機関に罰金、登録停止または登録抹消のいずれかの措置を講じる。
▽OfSの高等教育機関登録制度の詳細は、大学改革支援・学位授与機構(2020)「英国の高等教育・質保証システムの概要(第3版)」のpp.31-33を参照。
■登録要件の改定の背景
イングランドではコロナ禍で高等教育機関への規制が一部緩和されていた(本サイト2020/6/5掲載記事)が、新型コロナウイルスによる混乱のピークは越えたとして、段階的な規制の再開措置を進めている。OfSはその一環として、2021年から従来の高等教育の質と基準に関する規制方法の見直しを行っており、登録要件B1、B2、B4、B5の改定はその取組みの一部である。本改定のほかに、別途登録要件B3(学習成果に関する要件)の改定や教育卓越性・学習成果評価枠組み(TEF)の見直し(本サイト2021年8月3日掲載記事)も進められている。
登録要件B1、B2、B4、B5の改定に関して高等教育関係者からの意見を集めるためのコンサルテーション※2が2021年7~9月に実施され、OfSはその結果を反映して今回の改定を決定した。
■OfSの新たな規制方法の特徴
①教育の質と教育機会の平等を保証
OfSはすべての学生に教育の質と教育機会の平等を保証することを目指している。OfSによる新しい規制方法では、今後登録要件に違反するリスクが高い大学・カレッジに焦点を当て、これらの機関の在学生に対し質の高い教育と優秀な学習成果を享受できることを保証できるよう取り組む。規制が必要な高等教育機関にターゲットを定めることによって、逆に登録要件に違反するリスクが高くない高等教育機関の負担を軽減することも目指している。
②登録要件改定による成績インフレの抑制
また、今回の登録要件の改定の狙いの一つに正当性のない成績インフレを抑制することが挙げられる。成績インフレとは、大学が良い成績評価を与える学生の数を過剰に増やすことで、学位の相対的な価値が下がっている状態のことを指す。イングランドの優等学士の学位 (Honours Bachelor Degree)は、在学中の成績に基づいて格付けの最上位である「1st」をはじめ、4段階に分類される(表2)が、イギリスでは近年1stを取得する学生の割合が正当な理由もなく、増加していることが大きな問題となっている(本サイト2017/10/11掲載記事、本サイト2019/9/27掲載記事)。
表2 優等学士学位授与時の成績分類
分類 | 在学中の成績(%) |
1st/First | 70-100% |
2:1/Upper second | 60-69% |
2:2/Lower second | 50-59% |
3rd/Third | 40-49% |
2019年には質保証のための英国常設委員会(UKSCQA)が「学位の分類に関する声明書」を発表し、イギリスの学位の価値を守るための高等教育機関の責務を明示したほか、国の資格枠組みの中に優等学士学位の成績を分類する際の指標が規定された。OfSによると、新型コロナウイルスの流行前には成績インフレが減少していたと見られるが、現在1stの割合は再び上昇しているとのことである。
今回の登録要件の改定によって、教育の質が低いコースを提供している高等教育機関や上位の成績を取得する学生の割合が正当な理由なく増え続けている高等教育機関に対してより強固に介入する権限がOfSに与えられ、成績インフレの抑制に向けた動きが進められる。
■登録要件B1、B2、B4、B5
①改定前のB1、B2、B4、B5
改定前の各要件は以下(表3)の通り。なお、OfS は英国高等教育質保証機構(QAA)が実施する質・基準レビューの結果を基に、各高等教育機関がB1、B2、B4、B5の各登録要件を満たしているかどうかを判断する。
表3 改定前の登録要件B1、B2、B4、B5
B1 | 高等教育機関は、すべての学生に質の高い学術体験を提供するとともに、学生の学習成果が信頼できる方法で測定できるように入念に設計されたコースを提供しなければならない。 |
B2 | 高等教育機関は、すべての学生が、入学から修了までを通して、高等教育で成功を収めその恩恵を享受できるよう、必要な支援を提供しなければならない。 |
B4 | 高等教育機関は、学生に授与した資格が、授与時点及び授与後も継続的に、高等教育業界で認められた基準に沿った価値を有することを確保しなければならない。 |
B5 | 高等教育機関は、高等教育資格枠組のレベル4以上に示される学術基準を満たすコースを提供しなければならない。 |
②改定後のB1、B2、B4、B5
改定後の登録要件B1、B2、B4、B5の概要は以下の通り(全文はこちら)。今回の改定では、OfSが登録機関の要件違反等に適切に対応できるように各登録要件をこれまでよりも明確に規定することを狙いとしている。改定後の登録要件は、大学やその他の登録済の高等教育機関が提供するすべてのレベルのコースを対象に、2022年5月1日から適用される。
要件B1:Academic experience
高等教育機関はそれぞれの機関のコースに登録している学生が質の高い学術体験を享受できることを保証しなければならない。
質の高い学術体験とは、各高等教育コースが以下の事項を保証することを含む。ただし、その内容は以下の事項に限定されるものではない。
①(内容が)最新であること
②教育的課題を提供すること
③首尾一貫していてわかりやすいこと
④効果的に提供されていること
⑤学生に対し、コースの分野に見合った関連するスキルの向上を求めること
要件B2:Resources, support and student engagement
高等教育機関は以下のことを保証するために取りうるすべての適切な措置を講じなければならない。
①以下のことを保証するためのリソースと支援を高等教育コースに登録した学生が受けられること。
a. 当該学生が質の高い学術体験を受けられること
b. 当該学生が高等教育の修学中・修了後において、成功・活躍すること
②以下のことを保証するために効果的に学生に対して(各高等教育機関の内部質保証プロセスへの)参画(engagement)の機会を与えること。
a. 当該学生が質の高い学術体験を受けられること
b. 当該学生が高等教育の修学中・修了後において、成功・活躍すること
要件B4:Assessment and awards
高等教育機関は以下のことを保証しなければならない。
①学生が効果的に評価されていること。
②各アセスメント(学習成果の測定・評価)が妥当で信頼できるものであること。
③学位・資格が信頼できるものであることを保証するために、入学や成績評価等に関する規程(Academic regulations)が設計されていること。
④コースのレベルと内容を適切に反映した方法によって、英語力を効果的に評価することを保証するために入学や成績評価等に関する規程が設計されていること(注)。
⑤学生に授与される学位・資格が授与時点及び以前授与されていたものと比較した際にも信頼できるものであること。
(注)イングランドでは、包摂性(すべての学習者が平等な高等教育への進学機会を持ち、学習や訓練を修了するために十分な支援を受けられる状態)の実現・推進の観点から、アセスメントの際に英語のスペリング、発音、文法の間違いに目をつぶり、成績評価に反映しない大学があることが問題となっている。詳細はこちら。
要件B5:Sector-recognised standards
高等教育機関は、当該機関の高等教育コースを修了した学生に授与されるあらゆる学位・資格に関して、以下のことを保証しなくてはならない(当該機関が学位授与機関であるか否かを問わない)(注)。また、当該機関の学位・資格が別の教育機関のコースを修了した学生に授与される場合にも同様にその学位・資格に関して、以下のことを保証しなくてはならない。
①(学位・資格の授与に関する)あらゆる基準が関連セクターに承認された基準を適切に反映していること。
②関連セクターに承認された基準を適切に反映している知識やスキルを持つ学生に対してのみ、学位・資格が授与されていること。
(注)イギリスの高等教育機関の中には学位授与権を有しないが、学位授与権を有する別の教育機関から承認された高等教育のコースを提供し、当該承認機関の学位を授与するものがある。
■新たな登録要件B7、B8
B7とB8は、高等教育の提供を始めていない状態で登録を目指す新しい高等教育機関についてもOfSが適切に状況を把握していることを保証するための新たな要件となっている。2022年5月1日及びそれ以降に登録の申請を行った機関に適用される。概要は以下のとおり。
要件B7:Quality
高等教育機関は以下のものを有していなければならない
①当該機関が登録された場合、登録日当日から要件B1、B2、B4を順守できるための信頼に足る計画。
②これらの計画を実践するために必要なキャパシティやリソース。
要件B8:Standards
高等教育機関は、登録された場合、当該機関または当該機関の代わりに他の教育機関によって提供された高等教育コースを修了した学生に授与されるすべての学位・資格に関するあらゆる基準が、関連セクターに承認された基準に準拠していることを信頼に足る方法で説明しなければならない(当該機関が学位授与機関であるか否かを問わない)。
※1 OfS は、2017年成立の高等教育・研究法(Higher Education and Research Act)に基づき 2018年に独立公共機関として設立。
※2 イギリスのコンサルテーション制度に近い制度として、日本ではパブリックコメント制度がある。
原典①:OfS(英語)
原典②:OfS(英語)
原典③:OfS(英語)
原典④:OfS(英語)
原典⑤:OfS(英語)
原典⑥:UKSCQA(英語)