EUの助成金事業「エラスムス+」の新プログラム(Erasmus+ 2021-2027)の概要と予算規模が2021年3月25日、欧州委員会(EC)HP上の特設サイトで公開された。「エラスムス+」とは、教育、職業訓練、青年の育成、スポーツに関する国境を越えた移動と協働を支援する事業である。2014年の開始以来、学校に学ぶ児童から大学生、また青年労働者、職業教育機関や成人教育機関に学ぶ人々や、その教師・指導員といった幅広い年齢層の人々を助成対象とし、留学、職業訓練、スポーツ交流、教員の交流事業などに対する支援を行ってきた。同プログラムは、これまでにEU加盟国とセルビア、北マケドニア、トルコなどの周辺国を含む33か国において実施されており、前身事業を含めると過去30年間余りで1,000万人以上の人々が同プログラムに参加してきた(前身の事業「エラスムス計画」及び「エラスムス・ムンドゥス」、また「エラスムス+」の経過と概要については、NIAD‐QE国際課まとめでも紹介している)。
新プログラムの予算総額は262億ユーロ(EU域外からの資金提供は22億ユーロ)で、2014~2020年のプログラム予算147億ユーロを大幅に上回っている。増額された予算を通じて同プログラムが目指すのは、「欧州教育圏(EEA)」の2025年実現目標(本サイト2021/1/25投稿記事)でも示されたような、「よりインクルーシブ(包摂的)に」、「よりデジタルに」、「よりグリーンに」という「3つのコンセプト」である。またあらゆる年齢層、バックグラウンドを持つ1,000万人のヨーロッパ人の学びに関する人の移動と国境を越えた協力を支援する、としている。
予算総額の約70%は「モビリティ」に、即ち主に鉄道等環境負荷のより少ない手段による人の移動費用及び滞在のための経費等に充てる。これには、各国の学校、職業教育訓練機関、高等教育機関、パートナー国の高等教育機関、生涯学習機関に所属する学生及び教職員や、若者と若年労働者といった助成の対象となる人々の移動と滞在に関する経費が含まれる。また残りの30%は欧州教育圏構想に基づき、多国間の複数大学間の連携による高度技能人材の育成支援を目的とする「欧州大学イニシアチブ(European Universities Initiative)」(本サイト2019/7/24投稿記事)や、多国間の複数の教員養成機関の連携による教員養成事業の支援を目的とする「エラスムス+ ティーチャー・アカデミーズ(Erasmus+ Teacher Academies)」といったプロジェクト活動の予算等に充てる計画となっている。
なお、2020年12月公開の最新の統計”Statistical Annex Erasmus+ Annual Report 2019”によれば、2019年度は約53%(約18億ユーロ)の予算が「モビリティ」に、約38%(約12億ユーロ)がプロジェクト活動予算に、残りが事務費用等に充てられたが、今回の新予算においては「モビリティ」への配分割合がさらに増した様子が窺える。
上述した新プログラムを支える「3つのコンセプト」については、次のように述べている。
・「インクルーシブなエラスムス+ (Inclusive Erasmus+)」‐多様な文化、社会、経済的な背景を持つ人々、障がいや学習上の困難を抱える人々、移民のバックグラウンドを持つ人々、地方、離島、遠隔地に住む人々等、プログラム参加に制限があった人々に対しても平等なプログラム参加への機会を提供する。小規模協力事業支援金制度や、簡略化された助成金制度により、学校やスポーツクラブ等の小規模団体もプログラムへの応募が可能となるようにし、児童から成人に至るまで幅広い層の学習者が、EU域外の国々への移動も含めてより国際的に活動を行えるよう支援する。
・「デジタルなエラスムス+ (Digital Erasmus+)」‐新型コロナウイルスの感染拡大により、近年では教育・訓練システムのデジタル化への移行がますます加速化している。欧州委員会による「デジタル教育アクションプラン(Digital Education Action Plan 2021-2027)」に沿って、エラスムス+は教育におけるデジタル技術の発展を支援し、学習プラットフォームであるeTwinning、School Education Gatewayや、ヨーロッパ青年向け情報発信ポータルthe European Youth Portal等を通じて質の高いデジタル技術習得のためのトレーニングと人々の交流の機会を提供する。またデジタル技術人材育成のための「デジタル・オポチュニティー研修生奨学金(Digital Opportunity traineeships)」制度による国境を越えたデジタル教育の経験を学生に提供する。また、こうした活動記録を欧州学生証(European Student Card:本サイト2017/6/7投稿記事でも一部紹介)と組み合わせることで、留学先教育機関への書類の電子媒体提出、授業の記録や成績の電子管理、留学先での図書館の利用、食堂や売店での電子決済等を欧州学生証のみで完結できるようにするなど、一層のデジタル化を促し、かつ手続きの簡略化を目指す。
・「グリーンなエラスムス+ (Green Erasmus+)」‐「2050年までに低炭素排出で気候中立なヨーロッパ大陸を目指す」としたEuropean Green Dealに沿って、飛行機に代わる、鉄道等の低炭素排出の持続可能な交通手段(sustainable modes of transport)の使用に対する経済的な支援を行う。また環境問題への意識を高めるプロジェクトに投資を行い、気候危機を軽減するための交流を促進する。
またこうした「3つのコンセプト」とともに重点的に取り組む項目として、「若い人々のためのエラスムス+(Erasmus+ for young people)」がある。これは「18歳のEU市民」を対象に、異文化体験や他のヨーロッパ諸国の人々との交流を促すことを目的とした「DiscoverEU」というヨーロッパ鉄道パスを発給する予算がエラスムス+プロジェクトに含まれていることと関連している。この予算を通じて、最大1か月に渡ってヨーロッパを旅行することで、青年世代が欧州の文化的遺産を発見し、生活上のスキルを身につけ、環境に負荷をかけない旅を習慣付けることを目的としている。
エラスムス+と日本との関係については、2019年に文部科学省と欧州委員会との間での合意に基づき、同プログラムの枠組みで共同修士課程として3つのプログラムが採択された(本サイト2019/10/4投稿記事)。今後もエラスムス+と日本の間での学術協力関係の行方が注目される。
原典① Erasmus+(英語)
原典② European Commission(英語)
原典③ DiscoverEU(英語)