まとめ:原本のデジタル化。世界の高等教育に広がる潮流

進学や就職の際、一定の学歴を求められることがある。その証明として卒業や成績の証明書を原本提出した経験のある方は多いのではないだろうか。

現在、世界の様々な国でこの原本が「紙」から「電子データ」に変わっている現象が起きている。その動きと日本の状況をまとめた。

目次

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1. 各国のデジタルな学生データサービス

世界各国で電子的に学生の学習歴を管理する仕組みが作られている。それを2つに大別すると、データそのものを電子化して送受信する方法と、紙とデジタルの情報を照合させる方法に分けられる。

①デジタルデータの保管(オランダ、アメリカ合衆国)

オランダでは偽造学位への社会的懸念*1から国を挙げてDiplomaregisterという管理簿が作られた。ここには中等教育、職業教育、成人教育、高等教育の学生データが登録されており、現在では900万件以上の情報が最長60年間保存される。登録されたデータは各省庁が法的な必要に応じて利用する以外は、データが属する本人の同意のもと第三者(企業等)や海外の学生データ管理機関とも共有できる。Diplomaregisterの創設は後述するグローニンゲン宣言ネットワークの構築につながっている。
アメリカでは国から奨学金を支給された学生のデータを管理する目的で、ナショナル・ステューデント・クリアリングハウス(NSC)が設立されている。NSCに参加する高等教育機関は3600以上におよび、全米の学生の98%をカバーしている。タナー(2010)によると、NSCは金融機関や連邦政府と協力し学生と政府奨学金情報の紐づけをするだけでなく、政府が教育機関に課している政府へのデータ提供でもここに集められたデータが用いられている。

*1学位の偽造は世界的に問題となっている。当サイトでも、欧州やアラブ地域での報告を取り上げている。
欧州でディグリー・ミル、アクレディテーション・ミルが増加(2011年8月25日掲載記事)
消費者を欺くディプロマミルの実態(2015年3月30日掲載記事)

②データ照合のデジタル化(仏、韓、中、英、中南米)

フランスVerifidiplomaは、企業に応募した就職希望者の学習歴の確認を行うサービスである。提携先は国内のグランゼコールや大学など380機関にも上り、bac +2レベル*2から博士号までの真正性を確認する。ルモンド紙の報道では、2012年に同社が扱った4553件の審査のうち26%の申請者の経歴が不正確であり、そのうちの半数は取得した資格そのものが虚偽の申告だった。

韓国ではCertpiaという企業が証明書内容の照合サービスを行っている。Certpiaと提携する教育機関等はQRコード、バーコード、識別コード等を記載した証明書を発行する。このコードがあれば同社のデータベースに保管された内容を照会できるため、学生が自身の学習歴を証明できる仕組みとなっている。提携するのは高等教育機関だけではなく、例えばTOEICなどの成績証明書の内容も確認できる。

中国では全国高等学校学生信息咨询与就业指导中心(CHESICC: China Higher Education Student Information and Career Center)が、中国高等教育学生信息網(学信網)という名のウェブサイトで学生データを管理している。資格と授与者の照合のほか、取得した資格や成績の証明書発行も行っている。

イギリスではHigher Education Degree Datacheck (HEDD)(本サイト2012年12月21日掲載記事)というサービスが存在し、学位の真正性の照会を行っている。HEDDは高等教育修了者のキャリア支援をするHECSU (Higher Education Careers Services Unit)が運営し、イングランド高等教育財政カウンシル(HEFCE)も設立時に資金提供を行った。HEDDではイギリス国内すべての高等教育機関の学生データを扱っている。

中南米諸国でも、自国の学生データをウェブサイト上で確認できる仕組みを整えているところは多い。例えばドミニカ共和国、チリ、エクアドル、グアテマラでは中等教育修了資格の有無が確認できる。高等教育資格の保持者を確認するサイトが存在するのはエクアドル、グアテマラ、メキシコである。また、コロンビア、ペルー、ベネズエラ、ブラジルでは高等教育機関が、フルネームを入力するとその学生が卒業したかどうかを確認できるツールを提供している。(2015年に行われたTAICEP First General MeetingでのMarth Van Devender氏の講演より)

*2DUT、CPGE、DMA、BTSレベルの高等教育。詳細は「諸外国の高等教育分野における質保証システムの概要:フランス」(2012発行)18ページ参照

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2. 国をまたいだ展開

オーストラリアとニュージーランドでは、2017年4月から両国の大学の学位記や成績証明書をオンラインで提供するMy eQualsというサービスを開始した(本サイト2017年5月12日掲載記事)。このプラットフォームは、オーストラリアの大学連合(Universities Australia)傘下の企業Higher Ed Servicesが運営している。現在は4大学のデジタル証明書の交付が行われているが、将来的には対象は45大学に広がる予定である。

欧州では、国を越えた学生データの送受信プロジェクトが始まっている。EMREXは欧州委員会の助成を受けた3年間(2015-2017年)のパイロット事業で、北欧諸国(ノルウェー、フィンランド、デンマーク、スウェーデン)とイタリアが参画する。EMREXでは参加各国が代表機関(NCP: National Contact Point)を通じて国内の高等教育機関とネットワークを構築する。留学時など学生データの送受信が必要な時は、学生自身の承認に基づいてデータの電子的なやり取りを行う。このプロジェクトは留学手続きの簡素化を目的とし、「2020年までに20%の高等教育学生が在学中に留学を経験する」というEU全体の目標を推進することが期待されている。

また、Erasmus without Paperプロジェクトでは学生交流の際に必要なデータを送受信するための大学間ネットワークの構築と試験的運用を行っている。用いられるデータには教育機関間の協定、留学希望者の情報、学習協定(learning agreement)、学生の成績等がある。2018年にはシステムを一般に公開し、2020年までにはエラスムス+採択事業に完全導入する予定。こちらも欧州委員会の助成(2015-2017)を受けており、大学から企業まで11の機関が参画。

さらに、既存の学生証のデジタルプラットフォームの構築を目指すEuropean Student Cardプロジェクトも欧州委員会からの資金提供を受けている(2016-2019年)。フランスのLes Crousなど9機関が中心となって進めており、例えば学生としての身分証明、図書館への入室、食堂や売店での購入(電子ウォレットの利用)、成績の送受信等が電子的に行えるような仕組みを整備する。

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3. 紙原本は双方に負担

なぜここまで学生データのデジタル化が進んできたのか。その背景には紙媒体の証明書につきまとう確認作業*3への負担が挙げられる。

2015年に行われたTAICEP First General Meetingの中で、Tim Kell氏は高等教育機関入学時の原本確認のコストに関してこう指摘した――多くの大学では出願時は証明書のコピーを受領し、入学時に原本を提出させる。しかし、提出された原本すべてを出願時のコピーと一字一句比べる手間と労力はあるのだろうか。

当機構の調査では、欧州を中心とした21のナショナル・インフォメーション・センター*4のうち、外国の資格を審査する際に申請書類すべてで真正性の確認をしていたのは7センターのみであった。疑義があった場合のみ真偽を確認するセンターが13と最多であり、特定の機関/資格/国のみを対象とした確認(5センター)、ランダムでの確認(4センター)と続いた。真偽の確認は行わないセンターも1ヶ所存在した。

*3確認作業に関しては、例えば、下記のWESの白書やHEDDのツールキット等によってその方法が示されている。
外国の学歴証明書を審査するときの大原則と4つのポイントーWES白書(2014年12月26日掲載記事)
偽造書類による就職防止のためのツールキット公表(2016年8月30日掲載記事)
*4ナショナル・インフォメーション・センター:ユネスコが主導する地域ごとの資格認証に関する条約によって、加盟国に設置が義務づけられた情報センター。高等教育の進学資格に関する国内外の情報を集約する業務を担う。詳しくはこちら(当機構調査研究報告書)の14ページを参照

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4. グローニンゲン宣言

こうした学習歴に関するデータを電子的にやり取りする動きを世界的に推進するのがグローニンゲン宣言である。同宣言は2012年に採択された、オランダの教育文化科学省行政機構(DUO: Dienst Uitvoering Onderwijs)に事務局を置く21ヶ国42機関のネットワークである。

ネットワークには学生データを取り扱う機関が主に集まっており、前述のUniversities AustraliaやNSCもここに参画する。参画機関は学生データのデジタル化を推進し、それを通じた学生と労働者の流動性の向上を目指している。

同宣言の中では、下記のテーマを今後乗り越えるべき課題として掲げている。また、紙媒体の文書と確認手段(筆者注:アポスティーユ等)を段階的に廃止する政策に取り組むことも明言されるなど、興味深い内容になっている。

乗り越える課題
データの所有権、プライバシー、個人情報、データへのアクセス、データの送信と共有、データやシステムの汎用性・受け入れやすさ・認知度

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5. 日本の現状

日本からグローニンゲン宣言に参加している機関は見られず、証書の原本はいまだに紙が主流である。

当機構が2014年に実施した調査によると、大学の出願書類を審査する担当者のうち、外国の機関が発行した証明書の真偽を確認していたのは全体の2割程度であった。また、その確認方法としては原本提出の徹底や公印確認(アポスティーユ)という回答が最も多く、発行元の教育機関等への直接問い合わせが続いた。これらの確認方法は紙媒体がゆえ必要とされるものであり、かつ問い合わせ先の対応も求められる方法である。証明書のデジタル化が進めば、原本証明の時間もコストも減り、円滑な審査が行えることになる。

証明書の電子化へつながる取り組みとして、2016年からは一部の大学が卒業証明書などを全国のコンビニエンスストアで発行できるサービスを始めた(例えば近畿大学京都産業大学等)。この取り組みで興味深いのは、学生データを電子的に全国の印刷端末まで送信している点だけでなく、特別な偽造防止技術(電子すかし)が施された証明書を発行することで、証明書の真正性確認が可能になっている点にある。

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EMREXによる紙の原本が抱える問題を提起する動画

6. まとめ

学習歴の証明をデジタルで行うことは、国内外の学生移動量の拡大に効果的だろう。各国単独の取り組みだけでなく、My eQualsやEMREXでは国を越えた高等教育機関が連携している。こうした仕組みは学生と学校側の双方の労力が軽減される。なぜなら、学生は紙の証明書の取り寄せにかかる時間やコストがかからず、学校側は紙の書面に書かれた内容をいちいち確認する必要がなくなるからである。

各国が優秀な学生を競って獲得しようとする昨今、証明書のデジタル化は必然のトレンドとなっているようである。

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