経済協力開発機構(OECD)は2026年4月、高等教育における留学生(international students)※1をテーマとした報告書『International Students in Higher Education』を公表した。本報告書は、主にオーストラリア、カナダ、フランス、ドイツ、オランダ、イギリスの事例をもとに、高等教育における学位取得を目的とした留学生に焦点を当て、その動向及び課題等について整理している。さらに、分析により特定された課題に基づき、留学生政策上の検討事項を提示している。本報告書は、OECDが収集した国際比較が可能なデータ及びOECDによる各国の政策に関する調査結果※2に加え、各国が公表している統計データ及び先行研究の文献調査等に基づいて作成されている。
この記事では、本報告書の概要を紹介する。
※1:本報告書では「留学生(international students)」の用語を、国境を越えて移動する学生(mobile students)及び外国人学生(foreign students:国籍が異なる学生)として用いており、参照するデータ等により、可能な範囲で両者を区別している。一方で、「国内学生(domestic students)」は、国籍を有する国で学修している学生又はそれまでの教育も同国で受けてきた学生を指している。
※2:本報告書では、利用可能なOECDデータの多くが2024年時点のものであることから、近年の政策変更の影響が十分には示されていない可能性があるとし、他のデータも用いて動向を分析している。
■報告書の背景
オーストラリア、カナダ、フランス、ドイツ、オランダ、イギリスでは、2010年代を通じて留学生の受入れ数が大きく増加した。新型コロナウイルスのパンデミックの影響を一時的に受けたものの、これらの国では2023年までに留学生数がおおむねパンデミック前の水準に回復している。パンデミック前には、各国とも留学生の誘致に重点を置いた政策が進められており、フランス及びドイツは、より多くの留学生を惹きつけ、定着させるための政策を現在も引き続き推進している(参考:本サイト2024/9/12投稿記事)。一方で、留学生募集・受入の適正性、卒業後の定着率の低さ、留学生による授業料収入への依存、学生向けの住宅不足、受入れ体制の限界といった課題をめぐる政治的・社会的圧力の高まりを受け、オーストラリア、カナダ、オランダ、イギリスでは、近年、留学生政策の見直しや規制強化の動きもみられる(参考:本サイト2025/8/5投稿記事、2023/8/14投稿記事)。2024年及び2025年に関する新たなエビデンスは、これらの国々における留学生数の増加が鈍化し、国によっては減少に転じていることを示している。
本報告書では、このような動きを踏まえ、近年の各国の留学生政策の重点が、量的拡大から持続可能性とバランスを重視する方向へ移行しつつあると述べている。これを踏まえ、本報告書では、留学生が直面する課題を整理した上で、留学生政策における検討事項を提示している。具体的には、受け入れた留学生の学業への適応や社会への統合、労働市場への移行を円滑に行えるような支援の強化とともに、留学に関する現実的かつ適切な情報提供や、住居の確保をはじめとする受入体制の整備を進めることにより、留学生受入れの持続可能性を高めることの重要性が示されている。また、地域間や分野間等における、よりバランスの取れた留学生の受入れを実現することの必要性を提示している。
■本報告書において示された課題
以下は、本報告書において示された課題の概要である。
A.学業の選択、入学、入国手続き:
留学希望者は、留学先での学修の選択肢や生活に関する信頼できる情報を必要としている。本報告書の調査対象6か国では、「Study Australia」といった留学生向けの包括的な情報ポータルサイトが各国の政府機関又は公的・準公的な学術交流機関によって整備・運営されているものの、留学生は進学先を選択する際、大学のウェブサイトやランキングを主要な情報源として利用する傾向がある。
留学生が占める割合は、学士課程よりも修士課程及び博士課程で高い傾向がみられる。また、STEM分野、経営・ビジネス、法学分野に在籍する割合が高い一方で保健・医療や教育分野は少ない傾向にある。
本報告書の作成にあたり意見聴取を行った多くのステークホルダーは、留学生が、労働市場において必ずしも有利とはいえない分野や人手不足が見られる分野とは一致しない専攻を選択する傾向にあることを指摘している。
多くの留学生は、留学先として高等教育機関の中でも大学を選択する傾向にあり、また、首都や主要な都市圏に集中する傾向にある。一部の国を除き、留学費用が上昇する一方で国からの奨学金は限定的となっており、より対象を絞った財政支援へと移行しつつある。さらに、一部の留学生は、入学手続きの進め方や留学ビザ・在留許可の要件を満たすことに困難を抱えている。
B.学業への適応と成功:
国や背景の異なる留学生は、留学先での学修に関する事前の準備状況が多様であり、母国とは異なる教育・学修評価のアプローチや学術的規範等が存在する新しい教育環境に適応する必要がある。多くの留学生は受入機関への帰属意識を感じるとされる一方で、一部の留学生は国内学生(domestic students)との交流が限定的であることや、より広い学術コミュニティへの参画に困難を抱えている。留学生は支援サービスの存在を認識している傾向にあるものの、実際には友人や家族からの非公式な支援に頼る場合が多い。
(データがないドイツを除く)調査対象国では、オーストラリアを除く4か国において、留学生は国内学生と比較して、特に初期段階において進級率が低く、中途退学に至る割合が相対的に高い傾向にある。一方で、初期段階終了後は学業を継続し、正規の修業年限内に修了する割合が高い傾向も見られる。中途退学の主な要因としては、経済的困難、心身の健康上の問題、期待と現実とのギャップ、言語面の課題、就学ビザ及び在留許可の要件等が挙げられる。
C.留学先での生活:
多くの留学生は、留学先到着後直ぐに利用できる住居を必要とする一方で、都市部における住宅不足や家賃高騰により、適切な住居の確保に困難を抱えている。国によっては、国内学生よりも家賃が高い場合もある。また、遠隔での住居探し、言語の壁、現地での賃貸市場に関する知識不足等を要因として、留学生は詐欺に遭うリスクもある。
一部の留学生は経済的な負担を抱え、学費や生活費を賄うのに苦労している。多くの留学生がアルバイトに従事している背景には、生活費を賄う必要性があることも一因として挙げられる。ほとんどの留学生は、受入機関内では安全を感じているが、地域社会においては必ずしも安全や歓迎されていると感じていない場合もある。特に留学生が現地の言語に不慣れな場合は、留学生が地域社会に溶け込むことに苦労している。
D.卒業後の機会と可能性:
多くの留学生は卒業後に留学先の国に留まることを希望しているが、実際に長期的に定着する者は一部にとどまる。卒業後のビザや在留許可制度の導入・拡充により、卒業直後には多くの卒業生が一定期間滞在する傾向が見られるものの、その多くは長期的な滞在につながる在留資格の取得に至らない。留学生は卒業後すぐは、就職に苦労することが多く、就職率等の労働市場における初期の成果も国内出身の卒業生と比べて相対的に低いが、時間の経過とともにその差は縮小する傾向にある。
■本報告書で示された政策上の検討事項
本報告書では、上記で示した課題への対応は、多くの場合、単一の主体では対応しきれないものであり、高等教育、移民、雇用、外交等の政策分野や、国・連邦、州、地方、機関等の行政レベルを横断した緊密な連携の下で、留学生を支援するための効果的な政策を策定・実施することが求められるとしている。
その上で、本報告書は、分析の根拠となるエビデンス及び整理された国際的な事例に基づき、以下の4つの政策上の検討事項を提示している。ここでは、その概要を紹介する。
1.留学生及び高等教育機関にとって予測可能な環境の整備による受入れの誘導
留学生の受入数の急増は、各国政府にとって予測が難しい状況を生み出し、その結果、調査対象のいくつかの国では、高等教育セクター全体に影響を及ぼす突発的かつ広範な政策変更につながった。こうした状況を踏まえ、政策立案者には、状況の安定化を図り、留学生及び受入機関である高等教育機関の双方にとって、より予測可能な政策運営を行うことが求められる。その実現に向けては、以下のような取組が考えられる。
・卒業後の就労や滞在に関する実態に即した機会や可能性を反映した広報・募集活動を行うこと
・各国の情報プラットフォームの統合や改善を進め、留学希望者に対して、学費や生活費、利用可能な経済的支援、住居、留学ビザや在留許可の手続き、卒業後の滞在機会に関する現実的かつ明確な情報を提供すること
・高等教育機関による留学生募集について、教育エージェントの利用を含む募集活動に関する適切な規制や指針をさらに整備・強化することにより、不正確又は誤解を招く情報の提供を防ぐとともに、留学生募集・受入の適正性及び渡航前支援の質を確保すること
・留学生の受入れにおいては、プログラムや高等教育機関、地域間でよりバランスの取れた分布を実現するため、受入能力、教育の質、地域の発展、労働市場のニーズを踏まえた透明性のある基準に基づき、特定分野や資格・地域を対象とした奨学金の支給、ビザ手続きの優先化、卒業後の就労機会の拡大等を通じて誘導・調整を図ること
・政策変更に関する広範な協議及び影響評価を行うため、政策分野や行政レベルを横断し、留学生を含む多様なステークホルダーの参画のもと、継続的な対話と協議のためのプラットフォームを強化すること
2. 学業への適応、社会への統合及び心身の健康に関する支援の強化による中途退学率の低減
多くの留学生は、留学先到着後の初期段階において、母国とは異なる学習環境や教育アプローチ、学術的規範の違いに適応することに困難を抱える場合があり、学業の後れや中途退学に至る場合がある。こうした課題に対応するため、政府、高等教育機関等による以下のような支援が求められる。
・渡航前後において、留学先の教育制度や学修方法、学修評価等に関する情報提供を拡充することにより、学業への適応を促進する。あわせて、留学生の既存の知識や能力を体系的に評価し、フィードバックを提供するとともに、特定された不足点に対して準備コースや学習支援、語学支援を行うことで、準備不足への早期対応を図ること
・国内学生と留学生の共同実施によるプログラムの提供や、課外活動等への留学生の参加の促進、地域関係者と連携したボランティア活動や地域貢献活動等を通じて、留学生と国内学生及び地域社会との交流を促進し、留学生の学業及び社会への適応を支援すること
・住居の確保や基本的な生活支援、経済支援、アルバイト等に関する情報提供や相談、カウンセリング並びに各種支援の認知度向上と利用促進を通じて、留学生が学業以外に直面する課題に対する支援を行うこと
3. 卒業後の労働市場への移行支援と長期滞在に関する情報提供
卒業後の滞在を希望する留学生の数と中長期的に滞在する卒業生の数には、留学生が直面する様々な課題により乖離が見られる。留学生の滞在がもたらす潜在的な利点を踏まえ、政府及び関係者には、以下の取組を通じて留学生の卒業後の機会の向上を図ることが求められる。
・高等教育機関は、留学生が専門的なネットワークを構築できるよう支援するとともに、実務経験の機会の提供やキャリアガイダンス、就労や起業に関する制度・規制の情報提供等を通じて、卒業後の労働市場への移行を支援すること
・現地の関係者(機関)は、語学学習や文化に関するオリエンテーション、地域社会への参加機会の提供を通じて、現地社会への留学生の適応を促進すること
・留学生の就職機会の拡大を図るため、政策立案者は雇用主に対し、外国人雇用に関する明確な情報を提供し、不確実性を軽減すること。また、留学生が地域の経済や社会にもたらす貢献を広く発信することにより、社会全体で留学生を受け入れる環境を醸成すること
また、本報告書では、留学生が卒業後に受入国で長期的に滞在するための現実的な可能性やそのための道筋、求められる要件について明確な情報を得ることができれば、自身の将来をより適切に計画することができるとも述べている。
4.エビデンス収集とモニタリングの強化
留学生や留学生が直面する課題に関するデータは依然として大きく不足している。政策の実施状況の把握や、留学希望者への情報提供、さらにはエビデンスに基づく政策形成を支える観点からも、エビデンス収集の改善とモニタリングの強化が重要である。政策立案者には、以下の検討が求められる。
・留学生の在籍状況、進級・修了率、卒業後の就労や滞在状況に加え、住居(学生寮)、心身の健康状態、経済状況に関する詳細なデータを行政データや調査・研究を通じて収集・蓄積すること
・データのタイムラグを縮小し、よりタイムリーな情報提供を行うこと
・教育、移民、労働市場など複数分野にまたがるデータの連携及び標準化を進め、国際比較を可能にすること
原典:OECD(英語)
