2025年5月12日、EU理事会(教育・青少年・文化・スポーツ会議:EYCS)は、共同欧州学位(joint European degree)の制度化に向けた一歩として、共同欧州学位ラベル(joint European degree label)の展開の具体を示す決議書「Council resolution on a joint European degree label and the next steps towards a possible joint European degree: boosting Europe’s competitiveness and the attractiveness of European higher education」を承認した。
また、同日に欧州全域の大学における質保証システムの向上と資格の自動承認(本サイト2022/3/1投稿記事を参照)の促進を目的とした勧告書「Council Recommendation on a European quality assurance and recognition system in higher education」(2025/8/5投稿記事)を採択した。勧告書には、共同欧州学位ラベル付与における欧州基準も添付されており、共同欧州学位の制度化に向けた地盤の更なる強化を促している。
◆共同欧州学位とは
2022年、欧州委員会(European Commission)は、「欧州の大学戦略(European Strategy for Universities)」を採択し、その文書の中で欧州教育圏(European Education Area:EEA)※1の実現に向けた行動の一環として、共同欧州学位の制度的枠組みの構築を提案した(本サイト2022年7月29日及び同年3月18日掲載記事)。
共同欧州学位とは、EU加盟国の複数の高等教育機関が連携して提供する、学士・修士・博士レベルの国境を越えた共同教育プログラムの修了により、欧州共通の基準に基づいて、参加大学が任意かつ共同で授与する学位である。この学位は、欧州連合(EU)全域での大学の円滑な連携や、資格の自動承認、革新的な共同教育プログラムの構築、均衡の取れた学生モビリティの促進に寄与するとされている。さらに、欧州共通のアイデンティティの醸成や、欧州に対する帰属意識の強化にも貢献することが期待されている。
しかし、各加盟国の高等教育制度の違いや、法的・行政的な障壁、地理的・政治的・経済的背景の多様性等により、共同欧州学位の制度化には高いハードルが存在する。そこで、欧州委員会(European Commission)は、段階的なアプローチとして、「共同欧州学位ラベル」の導入を進めている。これは、欧州の共通基準を満たす共同学位プログラムが、その証明として、プログラム修了者に対し学位とともに証明書(ラベル)を授与することができるものである。これにより、各国の制度的多様性を尊重しつつ、欧州全体における学位の透明性と信頼性の向上に資するものと期待されている。
※1 EEAは、幼児教育から初等・中等教育、高等教育(欧州高等教育圏 [European Higher Education Area: EHEA] )、生涯教育を含む全ての教育段階におけるあらゆる形態の教育・訓練・学習を対象としている。
高等教育分野においては、ボローニャ・プロセスを軸として単位の互換性や学生・教職員の流動性を高めることにより、国境を越えて共同体としての結びつきを強めるためのEHEAの確立を目指している。国際的な共同教育プログラムやこれらの質保証における取組についても、国を越えた枠組みや制度が共同で策定されている。
ボローニャ・プロセス及びEHEAでの取組については本サイト「欧州」>「地域レベルの高等教育政策」ページも参照のこと。
◆共同欧州学位ラベル導入に向けたEU理事会の見解
EU理事会は決議書において、共同欧州学位ラベルの導入及び将来的な共同欧州学位の制度化に向けた政策的見解を示している。主な内容は次の通りである。
〇EU理事会は、急速に変化する国際情勢や環境問題の深刻化、また、技術革新の加速化に対応するために、現在及び次世代に求められる知識・能力・価値観の育成において、欧州の競争力を強化する前向きかつ協調的、そして野心的なアプローチが不可欠であると強調する。「欧州大学※2」のような、高等教育機関のコンソーシアムは学術的・科学的卓越性や技術革新を推進し、変化する労働市場に必要な知識・技能・能力を育成する上で、重要な役割を果たす。
〇EU理事会は、Letta報告書※3において提案された「第5の自由※4」(研究・イノベーション・教育)の導入及び、欧州学位の制度化による高等教育分野における国際連携と人材の流動性の促進に留意している。加えて、Draghi報告書※5が強調するように、グリーン・デジタルトランジション(green and digital transition)の達成にはイノベーションが不可欠であり、欧州のレジリエンス強化には教育・訓練制度の柔軟性向上とスキル・ニーズへの迅速な対応が求められる。
〇共同欧州学位の導入は、現在も議論が継続しており検討段階にある。制度化に向けた取組においては、高等教育機関及び各国の質保証機関に対する過度な行政的負担の回避、また、既存の財政的枠組みを超える義務の発生を防ぐことが重要である。
〇EU理事会は、共同欧州学位ラベル導入及び共同欧州学位の制度化に向けた今後の取組の成果が、共同教育プログラムの魅力、学生モビリティ、そして学位の自動承認の促進に寄与すると認識する。これにより、革新を育み、国境を越えた協力を促進する未来志向の教育環境が創出され、欧州高等教育の国際的地位が強化される。なお、本決議に基づくすべての施策は、各加盟国の法制度における教育・訓練制度の多様性を十分に尊重しながら遂行されるべきである。
※2 正式名称は“European Universities Initiative”。欧州大学(European Universities)(本サイト2023/8/14投稿記事)は、エラスムス・プラス2021-2027(本サイト「欧州」>「地域レベルの高等教育政策」ページ)の枠組みで実施されている、欧州域内での国境を越えた大学間コンソーシアムの形成と発展を支援するプロジェクトである。少なくとも3つのEU加盟国と3つの高等教育機関で1つの「欧州大学」(=コンソーシアム)を構成することが求められ、国境や分野を越えた協働によって欧州の高等教育機関の国際競争力を高め、民主主義的価値観を促進することを目的としている。
※3 2024年4月17日、イタリアのエンリコ・レッタ元首相が、EUの単一市場の将来と長期的な競争力強化に関する提言をまとめ発表した報告書。EU理事会が2023年6月に、単一市場の将来に関する独立したハイレベル報告書の提出を求めていた。報告書の原題は「Much more than a market」。
※4 欧州単一市場における既存の4つの自由(人、モノ、サービス、資本)に加え、研究・教育・イノベーションの自由な移動を「第5の自由」として新たに加えるべきであるとの提言が、Letta報告書において示されている。
※5 イタリアのマリオ・ドラギ元首相が2024年9月9日に発表した報告書。欧州委員会の依頼により作成されたもので、EUの戦略分野における競争力低下の原因を分析し、即座に実施可能な政策提案を提示するとともに、EUの新たな産業戦略の方向性が示されている。報告書の原題は「The future of European competitiveness」。
◆共同欧州学位ラベルの展開に関する欧州共通基準の策定
欧州委員会は、共同欧州学位ラベル授与の最低要件を設定するための欧州共通基準の策定(本サイト2022年7月29日投稿記事)についても議論を重ねてきた。基準は、ボローニャ・プロセスの既存ツールや「欧州アプローチ」※6を踏まえて打ち出され、学問の基本的価値(本サイト2024/8/7投稿記事)を守る責任と、「欧州の側面(European dimension)」の重要性の認識を明確に反映する2 つのカテゴリーに分類されている。第1のカテゴリーは「プログラムの運営」に関するもので、共同プログラムの組織や、参加機関間での運営体制がどのように機能しているかを評価する基準が設けられている。第2のカテゴリーは「欧州の側面」に焦点を当てており、基本的価値、包摂性、環境の持続可能性等、欧州共通の価値観の重要性が反映されているかを評価する基準が設けられている。
※6 2014年にボローニャ・フォローアップグループ(Bologna Follow-Up Group: BFUG)によって策定され、2015年のエレバン(アルメニア)でのEHEA大臣会合で採択された、欧州における共同教育プログラムの統一した質保証の枠組み。「欧州高等教育圏における質保証の基準とガイドライン(ESG)」及び 「欧州高等教育圏資格枠組み(QF-EHEA)」に基づいている。欧州の共同教育プログラムが欧州質保証機関登録簿(The European Quality Assurance Register for Higher Education: EQAR)に登録されている質保証機関によってこのアプローチに沿った評価を受審することでEHEA域内のほかの国でもその評価結果が有効となる、というものである。「欧州アプローチ」については、本サイト2023/1/27投稿記事、2024/6/12投稿記事も参照のこと。
| 共同欧州学位ラベルの展開に関する欧州共通基準 | 対応する欧州資格枠組み(EQF)(NIAD-QE国際課まとめ) |
| A. プログラムの組織に関する基準 | |
| A1. プログラムに関わる高等教育機関 | 6, 7, 8 |
| A2. 国際的な共同学位の授与 | 6, 7/ 6, 7, 8 |
| A3. プログラムの共同管理 | 6, 7, 8 |
| A4. 質保証管理 | 6, 7, 8 |
| A5. 卒業・修了生調査 | 6, 7, 8 |
| A6. 学生中心の学習 | 6, 7, 8 |
| A7. 支援の提供 | 6, 7, 8 |
| A8. 柔軟な学生モビリティ | 6, 7/ 8 |
| A9. 学位論文の共同指導・評価 | 8 |
| B. ヨーロピアン・ディメンションに関する基準 | |
| B1. 学際性と研究ベースの学習 | 6, 7, 8 |
| B2. 学問や雇用可能性(エンプロイアビリティ)に留まらない学習機会 | 6, 7, 8 |
| B3. デジタル教育 | 6, 7, 8 |
| B4. 基本的価値 | 6, 7, 8 |
| B5. 多言語教育 | 6, 7, 8 |
| B6. 包摂性 | 6, 7, 8/ 8 |
| B7. 環境の持続可能性 | 6, 7, 8 |
◆共同欧州学位ラベルの展開におけるロードマップの提案
決議書ではさらに、 2029年までに欧州委員会及びEU加盟国が実施するべき3つのフェーズとして段階的なアプローチを提案している。ここでは、各フェーズにおけるアプローチの概要を紹介する。
フェーズ1(2025年~2026年): 共同欧州学位ラベル展開の最終的な準備
欧州委員会は、「欧州教育圏(EEA)高等教育の戦略的枠組みに関するワーキンググループ」に所属するEU加盟国、必要に応じて招聘する専門家、そして欧州委員会で構成される「政策ラボ」を設置し、技術的・組織的な支援をするとともに、2026年半ばまでに共同欧州学位ラベルの枠組みや、ラベル付与におけるガイドラインを設計し、2026年中の展開開始を目指す。
EU加盟国に対しては、ラベル展開の土台整備として、欧州の全高等教育機関の一貫性と公平性を確保するため、欧州単位互換制度(ECTS)、ディプロマ・サプリメント(学位証書補足資料)、「欧州高等教育圏における質保証の基準とガイドライン(ESG)※7」(NIAD-QE国際課まとめ)等、共同プログラムに関する欧州地域共通の制度や枠組みであるボローニャ・プロセスの既存ツールを全面的に導入し、欧州全体における国境を越えた連携の促進を求める。
※7 欧州高等教育圏内における内部質保証、外部質保証並びに質保証機関に関する基準とその運用のためのガイドライン。国・地域間の違いを認めた上で共通の質保証基準を設けるもので、各質保証機関の多様性を尊重し、策定されている。(大学改革支援・学位授与機構「高等教育に関する質保証関係用語集」オンライン版より一部抜粋)
リンク先は大学評価・学位授与機構(当時)による全文翻訳(2016年1月)。本サイト「欧州」>「地域レベルの高等教育政策」ページ及び大学改革支援・学位授与機構 「大学質保証ポータル」ウェブサイトも参照のこと。
原典(英語)は欧州高等教育質保証協会(The European Association for Quality Assurance in Higher Education: ENQA)の公式ウェブサイトからダウンロード可能。
フェーズ2(2026年~2028年): 共同欧州学位ラベルの展開、モニタリング、評価、共同欧州学位のフィージビリティスタディの実施
欧州委員会及びEU加盟国は、エラスムス・プラスにより採択された共同欧州学位ラベルの展開を試行するプロジェクトの成果や政策ラボを用いて、共同学位ラベル展開の進捗状況や、実現可能性、政治的、法的、財政的、行政的な影響を評価する。また、高等教育機関、学生、質保証機関、その他のステークホルダーとの構造的な関わりを促進しつつ、政策ラボと連携してフィージビリティスタディを実施し、共同欧州学位授与の指標となる欧州共通基準、それに伴う質保証への取組み、共同学位を授与するための国境を越えた連携に対する障害となる要素を評価する。また、2028年末までに共同欧州学位ラベルの展開に関する評価報告書及び共同欧州学位の制度化に関するフィージビリティスタディの実施報告書をEU理事会に提出し、さらなる決定を仰ぐ。
フェーズ3(2029年): 共同欧州学位の制度化への次のステップを決定
EU理事会は、欧州委員会によりまとめられた共同欧州学位ラベルの展開に関する評価報告書及び共同欧州学位の制度化に関するフィージビリティスタディの実施報告書に基づいて、共同欧州学位ラベルの長期的な実施について決定する。また、EU理事会は、欧州委員会に対し、共同欧州学位の制度化に向けた具体的な次のステップを提案するよう求める。
◆決議書に対し、欧州高等教育質保証協会(ENQA)の反応
今回のEU理事会の決議書に対し、ENQAは同月にブリーフィングノートを公開し、決議書で示された、共同欧州学位ラベルの導入及び共同欧州学位の制度化に向けた段階的アプローチを評価している。各国当局には、ESGに準拠し、必要に応じて「欧州アプローチ」を活用できるよう法的枠組みを整備するよう求めている。また、質保証機関に対しては、既存のアプローチとの相乗効果を活かし、負担を軽減しつつ新たな活動を効果的に実施するようよう呼びかけている。さらに、共同欧州学位ラベルの需要及び付加価値については、モニタリングや評価を通じて慎重に見極める必要があると述べている。
ENQAは、欧州委員会や関係機関と連携し、共同欧州学位ラベルの展開及びそれに伴う質保証システムの開発に引き続き貢献する意向を示している。
