「欧州大学」が直面する4つの課題-質の高い連携のために

 欧州大学協会(EUA, European University Association)※1は2022年10月19日、「欧州大学(European Universities)」の枠組みにおいてプログラムを運営する高等教育機関の視点から直面している課題を4つに整理し、提言をまとめた報告書「The European Universities Initiative and system level reforms: Current challenges and considerations for the future」公式ウェブサイト上で公開した。

 「欧州大学」(本サイト2022/10/12投稿記事)とは、エラスムス・プラス2021-2027(NIAD-QE国際課まとめ)の下で実施されているEU圏内での国境を越えた大学間コンソーシアムの形成及び発展を支援するプロジェクトである。2022年中は、計44のコンソーシアムが「欧州大学」として活動した。前身のエラスムス・プラス(NIAD-QE国際課まとめ)の枠組みで行われた第1回公募(2019年~2021年で助成は終了)、第2回公募(2020年~2022年)に引き続き、エラスムス・プラス2021-2027においても第3回公募(2022年~2025年)※2、第4回公募(2023年~2026年)が行われ、拡大を続けている。

※1欧州49か国・850を超える高等教育機関と各国の大学学長会議を代表する組織。ボローニャ・プロセスにおける高等教育、リサーチ、イノベーションに関する EU の政策決定の過程で重要な役割を果たしている。ボローニャ・プロセスの概要はこちら(NIAD-QE国際課まとめ)

※2「欧州大学」プロジェクトにおける取組内容及び20のコンソーシアムが採択された第3回公募時(2022年7月)の詳細については、本サイト2022/10/12投稿記事を参照のこと。

◎はじめに -提言の背景-

◆高等教育機関の「生の声」

 「欧州大学」プロジェクト立ち上げ当初からEUAは高等教育機関を代表する立場として、各プログラムが国境を越えた戦略的で質の高い連携を実現できるよう、ボローニャ・ツール※3のさらなる有効活用に向けて国家レベル、高等教育機関レベルでの制度改革の必要性を訴えてきた。同時に当プロジェクトが、そうした制度改革を後押しするものと期待を寄せていた。しかしながら本報告書でEUAは、2022年4月に実施した各国の大学学長会議を通じた調査を基に、「欧州大学」をはじめとする国際共同教育プログラムの円滑な運営には未だ様々な障壁が存在していると指摘している。

 EUAはこうした「生の声」を届けることで、各国政府、高等教育機関、プログラムが現状の課題を共有し、2025年の欧州教育圏実現(本サイト2021/1/25投稿記事)に向けて各ステークホルダーが、できるところから具体的な制度改革に着手すべきであると提言している。

 同時に本報告書は、「欧州大学」プロジェクトが試行期を経て本格始動したことを踏まえ、同プロジェクトにおけるこれまでの取組が真にシームレスな(=障壁のない)欧州高等教育圏(EHEA)※4の構築にどの程度貢献してきたか、そのインパクトを評価する役割も果たしている。

※3ボローニャ・ツールとは、欧州高等教育圏の取組として開発された、欧州単位互換制度(ECTS)(NIAD-QE国際課まとめ)ディプロマ・サプリメント(DS)(NIAD-QE国際課まとめ)欧州高等教育圏における質保証の基準とガイドライン(ESG)(NIAD-QE国際課まとめ)外部質保証結果データベース(DEQAR)(本サイト2020/3/13投稿記事)等のこと。

※4欧州では、単位の互換性や学生・教職員の流動性を高めることにより、国境を越えて共同体としての結びつきを強め、欧州高等教育圏(EHEA:European Higher Education Area)の確立を目指している。国際的な共同教育プログラムやこれらの質保証における取組についても、国を越えた枠組みや制度が共同で策定されている。(NIAD-QE国際課まとめ)

◎「欧州大学」が直面する4つの課題

 本報告書においてEUAは、「欧州大学」が直面している課題を以下の4つに整理している。

(1)目的の共有

 EUAによる2020年の調査※5に回答した高等教育機関の75%が、「欧州大学」への参画を通じて最も期待していることは「学習・教育の質の向上」であると述べている。例えば試行期を経て得られた成果として、2020年に「欧州大学」に採択されたコンソーシアム「UNIC(the European University of Post-Industrial Cities)」の一員であるアイルランドのUniversity College Corkでは、学内でこれまでほとんど交わることがなかった異分野の教職員が協働してパートナー校との国際ネットワークを構築し、教育・研究の双方で多くのイノベーションの萌芽を生み出しているという。「欧州大学」参画を通じて得られた、「学習・教育の質の向上」に資する効果の好例である。※6

 期待する効果として挙げられているのはその他にも、「プログラムの魅力・国際的な認知度の向上」、「教職員・学生のモビリティの向上」、「教育・研究・イノベーションの相互連携の強化」といった高等教育機関レベルのものから、「より戦略的なアプローチによる国際連携の実現」、「欧州の統合・一体化の促進」といった国家・社会レベルのものまで実に幅広い。

 同一コンソーシアム内でも、前者のように機関レベルでのモビリティ向上を重視する高等教育機関もあれば、後者のように国家・社会レベルでの大きな目標を見据えた参画動機を持つ高等教育機関も存在する。EUAは、こうした少しずつ異なる目的、参画動機、期待する効果を、コンソーシアムとしての共通目的とすり合わせながら運営を図ることは非常に難しい課題であると述べている。

 また、欧州委員会や各国政策担当者が「欧州の統合・一体化の促進」といった政治的側面からコンソーシアムに対し幅広い成果を求めていることも、高等教育機関が自らのコンソーシアムの目的と「強み」を最大限に引き出しながら運営することを難しくしている、と語っている。

※5 International strategic institutional partnerships and the European University Initiatives Results of the EUA survey, Anna-Lena Claeys-Kulik, Thomas E. Jørgensen, Henriette Stöber et al. (April 2020)

※6 University World News, November 19, 2022 : Dr. Jean van Sinderen-Law, associate vice-president, director of European relations and public affairs and director of UNIC UCC, European University of Post-Industrial Cities at the University College Cork, Ireland.

(2)財政基盤

 安定した財政基盤を確保することは、コンソーシアムの持続可能性を担保するために必要不可欠である。現在、「欧州大学」のプログラムの運営は欧州委員会による助成金(エラスムス・プラス2021‐2027)を軸とした各コンソーシアムの共同出資という形をとっているが、国家間で高等教育機関への財政支援の規模や制度が大きく異なることも、資金確保において障壁となっている。

(3)実施体制

 「欧州大学」の始動当初から、各高等教育機関のリーダーは強いリーダーシップを発揮してプロジェクトを推進してきた。しかし長期的にはそうしたリーダーが異動したり、組織の優先順位が変化したりすることもあり、コンソーシアムの持続可能性が課題となる。このような変化の影響を最小限にとどめ、組織としての長期戦略を明確に示し、コンソーシアムの運営を試行段階から日常の大学の活動フローの一部となるよう統合を図っていくことにも困難が伴う。

(4)ガバナンス

 持続可能性の観点からさらに重要であるのは、コンソーシアムのガバナンスの枠組みを構築することである。参画する各高等教育機関の機関レベルでのガバナンスと意思決定のプロセスにも配慮し、コンソーシアム全体としての意思決定を効率的かつ効果的に行う仕組みを整備することが課題となっている。

 EUAは上記4つの課題は相互に密接に関連しており、全てを包含する課題として「コンソーシアムの持続可能性」を挙げている。「欧州大学」を単に欧州委員会の助成金で運営するプロジェクトであるという意識を越えて持続可能とするためには、各高等教育機関が目的、リソース、キャパシティについて、継続的に協議していくことが必要である、と述べている。

◎「欧州大学」を含む国際共同教育プログラム全般における課題とは

◆「European Approach」の活用

 上述のEUAの調査(2022年4月)によると、各国大学学長会議は「欧州大学」を含む国際共同教育プログラム全般が最も課題とする点は、質保証への取組であると指摘している。既に欧州では、ボローニャ・ツールの1つである「European Approach for Quality Assurance of Joint Programmes (共同教育プログラムの質保証に関する欧州的アプロ―チ)」が2015年に欧州高等教育大臣会合(於:エレバン)において採択されているが、その導入は期待されたほど拡大していない。

 本制度は、EHEA域内の国際共同教育プログラムが欧州質保証機関登録簿(EQAR)上の1つの質保証機関による単一の総合的審査を受審することで、域内すべての国でその評価結果が有効となるものである。しかしながら本制度の適用には、プログラム設置国の公的機関による合意が必要とされている。普及が進まない最大の原因は、各国の質保証制度の相違により、本制度の評価結果を有効としない国が依然として多いため※7である。

※7 2022年現在、EQARに掲載されている47か国のうち国内すべての高等教育機関でEuropean Approachを適用できるのは17か国にとどまる。

◆アクレディテーション制度の相違

 加えて、アクレディテーション制度の国家間相違も大きな壁となっている。例えば国によって、国際共同教育プログラムのコンソーシアム構成に少しでも変更が生じた場合、都度一からアクレディテーションの手続きを経なければならない、といった規則が存在する。「欧州大学」のように発展段階にあり、かつ連携する各種機関が多岐にわたる多国間の大規模コンソーシアムの場合、その所在国の規則が大きな足かせとなる。欧州委員会をはじめ各国の政策において、国境を越えたより多くの高等教育機関、地方自治体、NGO等を巻き込んだ「欧州の大学間連携キャンパス(European inter-university ‘campus’)」構想が推進されているだけに、理想と現実の間で矛盾が生じている。

 EUAは、コンソーシアムの構成変更に係る再評価は質を担保するうえで重要としつつも、その手続きを各プログラムの内部質保証において行うべきであると提言している。各国における手続きを簡略化・効率化することで制度上の障壁を取り払い、国際共同教育プログラムの拡大と質向上の両立が可能となることを示唆している。

 なお本報告書では、上述の質保証の他に、学位制度、教授言語、学年暦、財務・人事の権限、授業料、財務の仕組み、公的な支援といった課題も指摘している。

◎「欧州大学」が与えたインパクト

◆国家レベルでの制度改革

 真にシームレスなEHEAの実現に向けた国家レベルでの制度改革は期待どおりには拡大していないものの、「欧州大学」への取組を契機に議論が始まっている国もある。EUAはそれらを「欧州大学」が与えたインパクトとして例示している。

《ギリシャ》
 2022年現在、ギリシャはEuropean Approachを適用していないが、「欧州大学」に参画する国内7つの高等教育機関には例外として適用を認めることを検討中である。

《ベルギー・フランダース地方》
 ベルギーのフランダース地方では、主に自国の言語文化の保護を目的として、高等教育機関においてオランダ語以外の言語で行われる授業の割合に制限がある。修士課程ではプログラム全体の35%まで、学士課程では9%(以前は6%であった)までしか外国語による授業を認めていない。しかし、「欧州大学」に参画する高等教育機関はこの規制の適用外とするよう、国内で提案がなされている。

《イタリア》
 現在イタリアでは、各高等教育機関はすべての新しいプログラムについて認定審査を受ければならない。しかしながら「欧州大学」の拡大に伴い、大学学長会議が主導し、プログラム認定から機関認定の方式へとシフトしようという議論が起こっている。

《スペイン》
 スペインで現在進められている大学法の改正は、国内高等教育機関のさらなる国際化推進を目的の一つとしている。スペイン大学学長会議は、国内すべての高等教育機関が「欧州大学」のみならず多様な形で国境を越えた連携を独自に展開・強化していけるよう、高等教育機関の自治の拡大を求めている。

◎総括

◆EUAの提言と展望

 EUAは、「欧州大学」のような大規模な多国間コンソーシアムでは、上記4つの課題がより鮮明になっていると述べている。国際共同教育プログラム全般の質の向上のためには、これらの課題が国家の制度に基づくものか、あるいは高等教育機関レベルの問題なのかを丁寧に検証し、整理した上で、障壁となる制度の柔軟化を図る必要があると結論付けている。

 加えて、より開かれた、互換性の高い「欧州大学」の実現に向けて、「共同欧州学位ラベル(joint European degree)」(本サイト2022/7/29投稿記事)やコンソーシアムの法人化に関する制度設計(本サイト2022/3/18投稿記事)といった新たなツールの開発に労力を費やすよりも、これまでに構築されてきた「European Approach」をはじめとする既存のボローニャ・ツールを最大限に有効活用すべきと提言している。

 質の高い連携を実現するために、欧州の機関、各国政府や高等教育機関が具体的な改革を実行し、各々の役割をしっかりと果たしながらEHEA全体に貢献することが強く求められている。

原典:欧州大学協会(EUA)(英語)

◎関連記事まとめ -QA UPDATES過去の投稿記事より­-

(1)「欧州大学」の予算規模が350億円超へ―戦略的連携が深化
(QA UPDATES 2022/10/12投稿記事)

(2)「欧州大学イニシアチブ」の初の採択コンソーシアム17件が決定
(QA UPDATES 2019/7/24投稿記事)

(3)ボローニャ・プロセス-欧州アプローチ実行の過程で見えた共同教育プログラムの課題
(QA UPDATES 2017/12/22投稿記事)

(4)共同教育プログラムの質保証に関する欧州的アプローチ
(QA UPDATES 2015/2/24投稿記事)

(5)EUの大学戦略:国際的な大学間連携・共同学位を促進し経済・環境問題等の解決へ
(QA UPDATES 2022/3/18投稿記事)

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