EU理事会が決議書「欧州教育圏:2025年以降を見据えて」を承認

 EU理事会(教育・青少年・文化・スポーツ)は2023年5月、「欧州教育圏:2025年以降を見据えて※1と題する決議書を承認した。本決議書は全25項目を通じ、2025年の「欧州教育圏(EEA)」完成(本サイト2021/1/25投稿記事)に向けてEU加盟国の継続的な努力が不可欠であることを強調するとともに、残された課題を提示し2025年以降のさらなる発展を視野に入れている。

※1 Council Resolution on the European Education Area: Looking to 2025 and beyond” (Brussels, 16 May 2023, OR. en)

◆「欧州教育圏=EEA」とは ―なぜEEAが必要なのか―

 EEA構想(European Education Area)※2は、教育と文化が欧州市民をひとつにまとめ、欧州全域の成長・イノベーション・雇用創出を促進する上で極めて重要な役割を果たすとともに、教育こそが民主主義や結束、包摂性を特徴とする欧州の未来を形作る若者の社会参加を促し、活力を高めていくという考えのもと、教育分野におけるEU諸国間の協力を促進することを目的としている。EU理事会は、教育・訓練は欧州の未来への最良の投資であり、EEAはEU各国の取組の橋渡しを担い相互支援する大きな存在意義を持っていると示している。

 本構想は2017年にスウェーデンのヨーテボリで開催された社会サミットで初めて承認された(同地での欧州理事会における議論については本サイト2018/2/19投稿記事を参照)。この承認を受けEU理事会は2018年5月、EEA構想の実現に向けた結論書※3を採択し、EU加盟国間の信頼関係、相互承認、連携協力、ベストプラクティスの共有に基づくEEAを2025年までに確立することが明確に謳われたのである。
 その後、2021年にEU理事会が採択した決議書※4においてEEA構想の第1期(2021~2025年)の終了までにEEAの完全な達成(full achievement)を目指し、2026~2030年の第2期では欧州全域における教育・訓練のさらなる拡充を目標とすることが定められた。※5

※2 EEAは、幼児教育から初等・中等教育、高等教育(欧州高等教育圏 [European Higher Education Area: EHEA] )、生涯教育を含む全ての教育段階におけるあらゆる形態の教育・訓練・学習を対象としている。
 高等教育分野においては、ボローニャ・プロセスを軸として単位の互換性や学生・教職員の流動性を高めることにより、国境を越えて共同体としての結びつきを強めるためのEHEAの確立を目指している。国際的な共同教育プログラムやこれらの質保証における取組についても、国を越えた枠組みや制度が共同で策定されている。

 ボローニャ・プロセス及びEHEAでの取組については本サイト「欧州」>「地域レベルの高等教育政策」ページも参照のこと。

※3 Council Conclusions on moving towards a vision of a European Education Area” (Brussels, 23 May 2018, OR. en)
※4 Council Resolution on a strategic framework for European cooperation in education and training towards the European Education Area and beyond (2021-2030)” (2021/C 66/01)
※5 なおEU理事会公式ウェブサイトでは、EEA構想が初めて承認された2017年11月の社会サミットから2023年5月の決議書承認までのタイムラインを分かりやすく説明している。

◆EEAの完成形 ―よりレジリエントでインクルーシブな教育・訓練制度へ―

 EEA構想が目指すのは、欧州全域におけるよりレジリエント(弾力的)でインクルーシブ(包摂的)な教育・訓練制度の構築である。欧州の高等教育分野でのインクルーシブな教育・訓練制度とは、すべての学習者が高等教育への進学機会を平等に持ち、学習や訓練を修了するために十分な支援を受けられる制度を指す。※6
 学習者と教職員が分野や文化、国境を越えてコミュニケーションを取りつつ連携し、海外での学習期間中に取得した資格や学習成果が自動的に承認される地域が、EEAの目指す完成形である。

※6 本文中の2017年社会サミット(於・ヨーテボリ)で採択された「欧州社会権の柱」の第一原則に、「十分に社会に参画し、労働市場において適切な移行(転職)を成功裏に進めるスキルを維持・獲得するために、全ての人は質の高い包摂的な教育・訓練・生涯学習を受ける権利を有する」(NIAD-QE国際課による仮訳)と明記されている。

◆決議書の位置付け

 今回承認された決議書「欧州教育圏:2025年以降を見据えて」は、EEA構想のこれまでの進捗を検証した欧州委員会による報告書※7 を踏まえて発表された。欧州域内における資格の相互自動承認(本サイト2022/3/1投稿記事)の拡大推進等、課題は残されているものの、当該報告書によれば2025年のEEA完成に向けたEUレベルの取組は概ね順調に進行している。その証左として、欧州委員会が決定した14の戦略的取組のうちEU理事会へ提案された8つの取組のほとんどが採択され、EU理事会と欧州委員会の協働により実施中であることが挙げられる。※8
 また本決議書でEU理事会は、子供から大人まで全ての欧州市民が質の高い、包摂的で公平な教育・訓練・生涯学習の機会を得る重要性を認識すべきであると全ステークホルダーに向けて改めて主張している。

※7Progress towards the achievement of the European Education Area: Communication from the Commission to the European Parliament, the Council, the European Economic and Social Committee and the Committee of the Regions” (European Union, 18 November 2022).
※8 上記「報告書」 内 “2.Progress so far towards the European Education Area (EEA); 2.1 EU initiatives shaping the EEA are on track” (pp. 7-9)

◆高等教育関連のテーマ:2025年のEEA完成へ向けた課題

 本決議書では幼児教育から生涯教育まで、EEA全般にわたり極めて包括的・大局的な視点から全25項目が記載されているが、高等教育関連の課題は主に下記2つの項目にまとめられている。※9

※9 高等教育分野でのEEAに関する取組の詳細については、本サイト2022/3/18投稿記事も参照のこと。

項目8.

EEA、EHEA、ERA(European Research Area:欧州研究圏)※10の間のシナジー(相乗効果)を促進

 ▼3つの領域間でリソース・枠組み・手段を共有することにより効率性や相乗効果を高めていくことが重要
 ▼2022年に採択されたEU理事会勧告※11に沿って、「欧州大学※12本サイト2023/1/27投稿記事)が持つ潜在能力をあらゆる取組において最大限に活用していく
 ▼「欧州大学」の持続可能性を支援し、研究・イノベーションの側面を強化し続ける

※10  欧州全域に、研究・技術革新・テクノロジーのための一元的でボーダーレスな市場を構築する構想。
※11 “Council Recommendation of 5 April 2022 on building bridges for effective European higher education cooperation,” (OJ C 160, 13.4. 2022)


※12 エラスムス・プラス2021-2027(本サイト「欧州」>「地域レベルの高等教育政策」ページ)の助成金のもと、“European Universities Initiative”として展開されている取組。欧州域内での国境を越えた大学間コンソーシアムの形成及び発展を支援するプロジェクトである。

項目10.

国境を越えた連携協力/教育・訓練における資格の相互自動承認の実現に向けた努力を

 ▼EEAの完成を目指し、レジリエントで安全、持続可能かつ豊かな欧州を造り上げていくために、学習と教育のモビリティに関し依然として横たわる障壁を特定し、取り除くことが重要
 ▼国境を越えた協力は、欧州の教育・訓練の包摂性・公平性・卓越性・多様性・魅力・国際競争力を強化する
 ▼従って、教育・訓練における資格の相互自動承認の実現※13本サイト2022/4/20投稿記事)に向けて努力する
 ▼学習者と教員のモビリティ、欧州内外の教育機関の相互連携を推進する

※13 EU理事会は、教育・訓練資格の相互自動承認に関する結論書(”Council conclusions on further steps to make automatic mutual recognition in education and training a reality,” Brussels, 16 May 2023, OR. en)も今回の決議書と同日に公開している。

◆2030年までを視野に:EEAのさらなる発展へ

 本決議書はEU加盟国と欧州委員会に対し、教育・訓練資格の相互自動承認をはじめEEA構築の障壁となっている課題の解決に向けて教育・訓練プロバイダー・教育機関、研究者、ソーシャル・パートナー、市民社会等、国内及び欧州レベルの幅広いステークホルダーと協力し合い、EEA構想 の完全な達成に向けて取組を強化するよう要請している。

 今後政府間のハイレベルグループで2025年のEEA完成に係る最終報告書の検討を開始するにあたり、これまでの進捗状況、残された課題、今後の展開についてさらに議論を深めるべきであると提言している。加えて欧州委員会に対しては、EEA構想の第2期となる2026~2030年を視野に入れ、実情に照らしEUレベルでの目標修正の必要性を検討するよう準備を求めている。

原典①:EU理事会(英語)
  ②:EU理事会(英語)

◎関連記事まとめ -QA UPDATES過去の投稿記事より­-
  1. 欧州教育圏、2025年実現へ:欧州委員会が示した今後の具体的な取組み
    (本サイト 2021/1/25投稿記事)

  2. 欧州教育圏(European Education Area)構築に向けて
    (本サイト 2018/2/19投稿記事)

  3. EUの大学戦略:国際的な大学間連携・共同学位を推進し経済・環境問題等の解決へ
    (本サイト 2022/3/18投稿記事)

  4. 「欧州大学」が直面する4つの課題―質の高い連携のために
    (本サイト 2023/1/27投稿記事)

  5. 「欧州大学」の予算規模が350億円超へ―戦略的連携が深化
    (本サイト 2022/10/12投稿記事)

  6. 欧州:「共同欧州学位ラベル」の2022年試行に向けて―欧州共通基準の議論続く
    (本サイト 2022/7/29投稿記事)

  7. 欧州:バルト3国・ベネルクス3国が高等教育資格の自動承認に関する国際条約を締結
    (本サイト 2022/3/1投稿記事)

  8. 欧州で資格の自動承認は進展しているか-欧州33か国の状況のまとめ
    (本サイト 2020/4/20投稿記事)
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