2023年3月、中国政府※1は、高等教育の専門分野※2改革計画(原語:普通高等教育学科专业设置调整优化改革方案)(以下、「改革計画」)を発表した。「改革計画」によると、新技術及び新産業関連の専門分野を構築すると同時に、時代にそぐわなくなった専門分野は取り消すなどして、国の戦略と経済発展の需要に応じた人材を育成する体制を整えるとしている。
教育部は、専門分野の改革に乗り出した背景として、高等教育機関が国の経済・社会の需要に合った人材を育成すること、そのような人材の「自主育成」※3の質を向上させることを挙げている。これまでも高等教育機関は、専門分野の取消や追加によって、柔軟に経済・社会の発展の需要に対応してきたが※4、教育機関によっては、様々な専門分野を盛り込むばかりで機関の特色を十分に出せていないことが課題となっている。また、高等教育の粗就学率※5は59.6%(2022年)まで高まり、中国の高等教育は規模の拡大から質の向上へと焦点が移りつつある。こうした状況を背景に、「改革計画」が策定された(教育部高等教育司负责人就《普通高等教育学科专业设置调整优化改革方案》答记者问)。
「改革計画」には、2025年までに達成すべき短期目標及び2035年までに達成すべき長期目標、並びに専門分野改革における高等教育機関・地方政府(省・自治区・直轄市政府)・中央政府の役割が示されている。具体的には、高等教育機関は国と地方の需要に応じた、自身の特色を生かす専門分野を編成し、地方政府は高等教育機関の専門分野改革を指導・管理し、中央政府は専門分野の管理制度を統括する(詳細は後述「2.大学及び政府の役割」参照)。
- ※1 教育部、国家発展改革委員会、工業情報化部、財政部、人力資源社会保障部5部門が連名で発表した。
- ※2 中国では、高等教育の専門分野は政府によって制定され、「大分類」(学科類(原語:学科门类))、「中分類」(専攻類/一級学科(原語:专业门类/一级学科))、「小分類」(専攻/二級学科(原語:专业/二级学科))に分かれる。高等教育機関は、「小分類」の専門分野については、自身で追加または取消を決定することができる(近年の追加と取消の状況は※4を参照)。
- ※3 人材の「自主育成」とは、国の発展に貢献する卓越した人材を中国が自らの手で育てることを意味する。2022年10月に開かれた中国共産党第20回全国代表大会の報告書には、人材の自主育成の質を強化することが示され(在中国共产党第二十次全国代表大会上的报告 五、实施科教兴国战略,强化现代化建设人才支撑)、特に、科学技術関連の基礎研究力、応用力、国際性を備えた人材の育成を目指すとしている(全面提高人才自主培养质量)。
- ※4 近年は、毎年すべての高等教育機関の専門分野の総数の約5%が取消又は追加されている。2021年は、大学院の専門分野(一級学科又は二級学科)の48分野が取り消され、117分野が追加された(国务院学位委员会关于下达2021年动态调整撤销和增列的学位授权点名单的通知)。2022年は、本科課程(学士課程に相当)の専門分野(専攻)については、925分野が取り消され、1,817分野が追加された(教育部关于公布2022年度普通高等学校本科专业备案和审批结果的通知)。
- ※5 粗就学率=在籍者総数÷高等教育の学齢人口(18歳~22歳)の総数×100
- 大学改革支援・学位授与機構『中国高等教育質保証インフォメーション・パッケージ 中国の高等教育における質保証システムの概要』p.24
- なお、在籍者総数には普通高等教育機関、成人高等教育機関、オンライン教育機関、軍事学校の専科・本科・大学院の各課程在籍者数及び自学考試の卒業者数が含まれる(关于高等教育毛入学率统计口径的问题)。
「改革計画」の主な内容
1.目標
◇2025年までの目標
①高等教育機関の専門分野全体の約20%を最適化する。具体的には、新技術、新産業、新業態、新モデルに適応する専門分野を新設し、社会・経済の発展に適さない分野は取り消す。
②基礎分野※6のうち、特に本科教育(学士課程に相当)の理系分野と基礎医学の分野数の占める割合を高める。
③国は、国家レベル一流専門分野として、高等教育機関の専門分野(本科課程の専攻)を約1万分野認定する※7とともに、高等教育機関内に基礎分野の卓越学生育成拠点を合計300か所設置※8する。
④一定の国際的な影響力があり、国家戦略として需要の高い専門分野を飛躍的に進歩させ、特色ある卓越分野クラスターを形成する。
⑤「未来技術学院」、「現代産業学院」、「高水準公衆衛生学院」※9等、特定の専門分野に特化した学院を複数設立し、人材の「自主育成」能力を大きく向上させる。
◇2035年までの目標
①高等教育の専門分野の構成を整え、特色を明確にし、専門分野の変更が必要な場合はよりスムーズに行うなど、専門分野の構成をより良いものにしていく。
②ハイレベル人材の「自主育成」システムを形成し、一流の人材と一流大学のシステムを基盤とした高等教育の質の高い発展を実現させ、高等教育における「教育強国」※10を構築する。
- ※6 基礎分野(原語:基础学科)とは、数学、物理学、化学、生物科学、コンピュータサイエンス、天文学、地理科学、大気科学、海洋科学、地球物理学、地質学、心理学、基礎医学、哲学、経済学、中国語文学、歴史学を指す。(教育部关于2019—2021年基础学科拔尖学生培养基地建设工作的通知 五、建设规划)
- ※7 「双万計画」に基づく。「双万計画」については※11を参照。
- ※8 「基礎分野卓越学生育成拠点建設計画」に基づき、教育部は、一流大学または一流学科(参照:本サイト2022/4/19投稿記事 2017/2/13投稿記事)に選出されている大学を中心に、各大学からの申請(一流大学6分野、一流学科2分野、他の高等教育機関1分野まで申請可能)により、拠点の設置を許可している。第1期(2019年度)は104か所、第2期(2020年度)は95か所、第3期(2021年度)には89か所の計288か所の設置が許可されている。拠点では、選抜された優秀な学生を対象に、指導教員制のもと小規模クラスで国際性を重視した、基礎分野の中国独自の卓越人材を育成する。
- ※9 ここでの「学院」は、高等教育機関内に設置された教育組織を指し、関連する複数の専門分野の教育を実施する。
- ‐未来技術学院:工学分野が一流学科に指定されている学術型の高等教育機関に設置されている(2021年12校に設置)。工学系とその他の領域をまたぐ学際的研究を行う。本科、修士、博士の一貫教育を行い、未来の科学技術イノベーションを牽引する人材の育成を目指す。
- ‐現代産業学院:特定の産業と関係がありかつ一流学科(※8参照)に指定された専門分野を持つ高等教育機関に設置されている(2021年50校に設置)。高等教育機関と地方政府、企業等の複数の主体が協働で応用型人材の育成を目指す。
- ‐高水準公衆衛生学院:一流学科に指定された公衆衛生学や予防医学等の分野を持つ高等教育機関に設置されている(2022年18校に設置)。公衆衛生に関する実際的な問題を解決できる人材の育成を目指す。
- ※10 「教育強国」の構築とは、中国政府が2010年に掲げた目標(国家中长期教育改革和发展规划纲要(2010-2020年))で、国の教育の全体的な質を高め、国際的な影響力を強化して教育の現代化を図り(中国教育现代化2035)、政府の指導の下、2035年までに中国の特色ある社会主義の教育強国を構築することを目標としている(建设中国特色社会主义教育强国)。
2.大学及び政府の役割
①高等教育機関の役割
・ 国と地域の経済・社会の発展や知識・技術・産業の進歩に応じた専門分野の中長期発展計画を策定する。
・ 既存の枠を超え、国家戦略に資する、世界最先端かつ中国独自のモデルとなる専門分野を構築する。
・ 産業発展に適した、国家戦略に資する工学分野を構築する。
・ 生命の全周期・健康全般に係る新たな医学の専門分野体系を構築する。基礎医学(薬学を含む)分野を構築し、基礎医学と臨床医学を合わせた8年制の臨床医学教育へ改革する。
・ 農林の専門分野を改革し、農業の進化と農村振興を支える専門分野を構築する。
・ 中国の特色ある哲学・社会科学の学問体系を構築し、中国独自の知識体系を構築する。
・ 数学、物理、化学、生物等の基礎分野及び天文学等の需要が高い理系分野を構築する。
・ 人材育成計画の策定、カリキュラムの系統的な設計、教員・設備の配備等によって人材育成計画が確実に実施できるよう、専門分野の質保証メカニズムを改善する。
②地方政府(省・自治区・直轄市)の役割
・ 高等教育機関による専門分野の構築を管理・指導する。
・ 専門分野の新設時に、運営条件、教員の能力、実施条件、学生満足度、募集規定等について審査・評価する。
・ 中央政府(国)と協働で人材の需要が見込まれる分野を予測し、公表する。
③中央政府の役割
・ 専門分野リストの作成、専門職学位の開発、学際分野の開発を行う。
・ 専門分野の管理制度の策定、専門分野の設置申請基準の改訂を行う。
・ 本科課程では、専門分野を「一流」認定する制度等※11により先導的模範事例を提示する。
・ 大学院課程では、「双一流」※12に選出されている高等教育機関と、先導的企業、重点研究所等が連携して、国の需要度の高い分野の高度人材を自主育成する。
・ 「未来技術学院」を30校、「現代産業学院」を300校、「高水準公衆衛生学院」を一定数、設置する。また、高等教育機関の特色を基に、集積回路、ソフトウェア、ネットワークセキュリティ、暗号、エネルギー、蓄エネルギー技術、スマート農業、渉外法治※13、国際組織等の専門分野に特化したモデルとなる学院を設置する。
・ 人力資源社会保障部※14等、教育部以外の中央政府部門は、人材需要を予測し公表することによって、専門分野の構築に協力・支援する。
・ 各高等教育機関による専門分野改革実施計画の作成を徹底させ、管轄の政府に改善計画を届けるよう管理する。
- ※11 「双万計画」や「一流学科培優行動」と呼ばれる制度がある。「双万計画」とは、中央政府(教育部)と地方政府(省・自治区・直轄市)がそれぞれ管轄する高等教育機関の本科課程の専門分野(専攻)を認定するプロジェクトである(認定基準:専門分野の国・地域ニーズ需要との整合性、国家基準に適合した合理的な人材育成計画、教育改革効果の高さ、教員組織の層の厚さ、育成の質の高さ等)。中央政府と地方政府がそれぞれ1万以上の一流専門分野を認定する計画のため「双万計画」と呼ばれる。「一流学科培優行動」とは、「一流学科」のうち国が最も需要が高いとみなす新興産業分野や、中国の伝統文化の継承や国のガバナンスに関する分野について、人材育成を強化することである(教育部 财政部 国家发展改革委关于深入推进世界一流大学和一流学科建设的若干意见16.)。
- ※12 中国政府は、5年ごとに「一流大学」と「一流学科(大学院の専門分野)」を選定しており、「一流大学」と「一流学科」の両方に選定された大学を「双一流」大学と呼ぶ。(本サイト2022/4/19投稿記事)
- ※13 渉外法治とは、中国が国際的なルール作りに積極的に参加して公正で合理的な国際ルールシステムを形成し、中国の法律が域外でも適用できる制度を構築すること(法治中国建设规划(2020-2025年) (二十五))。
- ※14 人力資源社会保障部は、国務院(内閣に相当)を構成する部門の一つ。社会保障制度の推進、就業支援等を担当。
原典①教育部等五部门关于印发《普通高等教育学科专业设置调整优化改革方案》的通知
原典②教育部高等教育司负责人就《普通高等教育学科专业设置调整优化改革方案》答记者问
関連記事まとめ -QA UPDATES過去の投稿記事より
(1)中国:大学院の専門分野リストが改訂(本サイト2022/11/18投稿記事)
(2)中国:第2サイクルの世界一流大学・一流学科(双一流)のリストが発表(本サイト2022/4/19投稿記事)