欧州大学協会(European University Association: EUA)は2024年3 月、トランスナショナル共同教育(transnational joint education provision: TJEP)の設計における課題と提言をまとめた、テーマ別ピアグループによる報告書を公式ウェブサイト上で公表した。当報告書はTJEPの各種形態を定義した上で、TJEPに携わる欧州の政策立案者や高等教育機関のリーダーに向けて、外部質保証や組織レベルの課題とそれらを解決に導くための提言を示している。
◆TJEP拡大の背景
当報告書は、近年の欧州における高等教育機関の取組の中でも、特に国境を越えた学習と教育、すなわちトランスナショナル教育(transnational education: TNE)※1が重視されていると述べている。高等教育がグローバル化や多様化する社会のニーズへの対応という課題に直面する中で、TNEにおける協働性をさらに高めた形態としてのTJEPは、異なる国や機関間の連携を通じて研究・教育のグローバル化を推進し、高等教育機関の社会における認知度を向上させ、その役割を強化するうえで不可欠であると主張している。
※1 TNEがもたらすメリットやTNEの質保証における課題については、本サイト2024/3/8投稿記事も参照のこと。
◆EUAのテーマ別ピアグループ
EUAが独自に設置した「教育と研究」テーマ別ピアグループ 「トランスナショナル共同教育の設計における課題と提言」※2は、2023年3月から2024年2月にかけて調査研究活動を行った。ピアグループは公募を通じて参画した英国、フランス、オーストリア、ベルギー、チェコ、ドイツ、アイルランド、ポルトガル、スペイン、ウクライナの各国からそれぞれ1機関、合計10の高等教育機関の関係者で組織し、座長は英国のロンドン大学クイーン・メアリー校とフランスのコート・ダジュール大学が務めた。
本ピアグループは、「トランスナショナル共同教育の提供」における利点や課題に関する調査研究を行い、政策関係者や高等教育機関の経営層に対する提言の合意形成により、欧州の高等教育機関を代表する「声」を関係者に届けることで、欧州高等教育圏 (European Higher Education Area: EHEA)の政策決定に資することを目的としている。調査研究活動では、共同で文献調査・分析を行うとともに、プログラム担当者の経験に基づいて意見交換を実施する会合が計5回開催された。加えて、学生の意見を取り込むことも重視され、学生で組織されるフォーカスグループも参画した。このような活動の中で、多数の国の高等教育機関のプログラム担当者や学生から「エビデンスに基づく事例」が収集され、その調査結果が報告書に取りまとめられた。
※2 ピアグループの研究方法論や参画者の詳細については、原典①pp.3-5及びAnnex 2、 Annex 3を参照のこと。
◆「トランスナショナル共同教育(TJEP)」とは
当報告書でピアグループは、「異なる国の二つ以上の機関によって共同で開発され、提供される教育」と定義している。さらに今回、当報告書内で扱うEHEAにおけるTJEPの形態と定義が整理され、表にまとめられている。

※3 「エラスムス・プラス2021-2027」については、こちらを参照。
※4 詳細は欧州委員会ウェブサイトを参照。
2022年に欧州委員会によって採択された「EUの大学戦略」(本サイト2022/3/18投稿記事)でもその重要性が強調されているように、TJEPの設計・開発は近年、EHEAの高等教育機関にとって優先事項であり、イノベーションの場ともなっている。例えば、表1に示すダブル・ディグリーやマルチプル・ディグリー、ジョイント・ディグリーがプログラムレベルで盛んになっているだけでなく、COILやBIPといったコースレベルの共同教育においても複数の国から教職員や学生が参画し、教育経験を共有することに繋がっていると報告書は述べている。
こうした多様な形態は、「欧州大学」のコンソーシアム(本サイト2023/12/25投稿記事)やその他の戦略的連携協力の枠組みにおける持続的な教育上の協力の中核をなすものでもある。この点を踏まえて報告書は、教育が単に逐次的(sequentially)に経験されるものではなく、より持続的で複層的(more sustained and multidimensional)な「国際的経験」となる可能性を秘めている、と期待を込めて語っている。
◆TJEPの設計・運営における課題と提言
本記事では、特にTJEPにおける外部質保証の課題、及び組織レベルでの課題とそれらに対処するための当報告書による提言を一部取り上げる※5。
※5 当報告書ではこのほか、教職員の連携協力と専門知識の習得における三つの課題と、それらに対処するための三つの提言を示している。詳細は原典①pp.14—15及びp.18を参照。
I. TJEPの質保証
【課題】
ジョイント・ディグリーを授与するプログラムには、質保証に関する課題がある。特に、プログラム単位でのアクレディテーションや学位授与権の認可が必要となる場合に課題が残されている。
質保証、アクレディテーションの手続きは、各国の質保証の枠組みによって以下のとおり異なる。
(ケース1)高等教育機関レベルの外部質保証に基づき、個別のプログラムの質保証に対するより大きな権限が機関に与えられる方式。機関自身で新しい学位プログラムを立ち上げることが可能である。この方式は自己認証(self-accrediting)とも呼ばれる。
例:フィンランド、フランス、アイルランド、トルコ、英国等※6
(ケース2)質保証機関による機関別アクレディテーションとプログラム別アクレディテーションを組み合わせた方式。すべてのプログラム、又は一定の要件を満たすプログラム(例:新規プログラム)については、質保証機関によるアクレディテーション/認可(外部質保証)が必要となる。
例:ベルギーのフランダース地方、ドイツ、ギリシャ、イタリア、ポルトガル、スペイン等※7
ケース2の場合、高等教育機関はTJEPを含む新規のプログラムについて、質保証機関によるアクレディテーションや認可を受ける必要がある。この手続きは、異なる高等教育システムを有する各国ごとに必要となり、非常に複雑で時間がかかる※8。
※6 各国の質保証枠組みの概要は欧州質保証機関登録簿(The European Quality Assurance Register for Higher Education: EQAR)公式ウェブサイトの“Country Information”を参照のこと(EUA参照元)。
※7 上記ウェブサイトを参照。EQARによれば、近年いくつかの国では、個別の学習プログラムのオーディット/アクレディテーションから、機関全体のオーディット/アクレディテーションへと外部質保証システムの重点が移行してきている。後者においては、機関自身が個別プログラムの質保証により大きな責任を果たす。詳細はEQAR公式ウェブサイト“Managing the Register”>“General trends in EQA activities”のページを参照。
※8 当報告書では上述の外部質保証における課題のほかにも、各国で異なる質保証枠組みや法律を精査し、TJEPの内部質保証システムを整合させることにも大きな困難が伴う、と記されている(原典① p.11)。
【提言(#1)】
✓共同教育プログラムの質保証に関する欧州的アプローチの活用(#1)
EHEAの高等教育機関は、「共同教育プログラムの質保証に関する欧州的アプロ―チ(European Approach for Quality Assurance of Joint Programmes)※9」を利用することが推奨される。
本制度は、欧州における共同教育プログラムの統一した質保証の枠組みとして策定されており、EHEAのTJEPが欧州質保証機関登録簿(The European Quality Assurance Register for Higher Education: EQAR)に登録されている質保証機関より、この枠組みに沿った共通の評価を受審することで、域内の他の国でもその評価結果が有効となるものである。ただし本制度の適用には、TJEP参加国の公的機関による合意が必要とされている。したがって、TJEPに参加する各国の高等教育機関は、本制度の適用が国内の質保証システムにおいて認められるよう、引き続き働きかけることが重要となる。
「欧州的アプローチ」は、「欧州高等教育圏における質保証のための基準およびガイドライン(ESG)」 及び 「欧州高等教育圏資格枠組み(QF-EHEA)」に基づいており、各々の連携高等教育機関が提供する部分ごとの質保証にとどまらず、 共同プログラムの質を包括的に保証し、強化することができる。
また、プログラム別アクレディテーションが必要とされない国(ケース1の国)でも、各高等教育機関は内部質保証の一環として「欧州的アプローチ」とその基準を利用することが可能である。
※9 本制度の詳細については、本サイト2015/2/24 NIAD-QE国際課まとめ及び本サイト2023/1/27投稿記事も参照のこと。EQARによる2022‐2023年の調査では、EHEAの49か国のうち17か国で認められている。
II. 組織レベルの課題と提言:高等教育機関間での方針、規則等の相違
当報告書では、組織レベルの課題として以下3点を挙げている。同時に、これら3点は互いに不可分であり、横断的な対処を考える必要がある、と述べている。
【課題】
✓各高等教育機関内での事務手続き
学生の入学や履修、学習評価、卒業・修了をサポートするために、各機関は独自の管理システムを有している場合が多い。相互運用性、情報伝達、リソースの共有がなされていない場合、例えば学期ごとに異なる国で学ぶ必要があるプログラムに参加する学生は、その都度、複数の異なるメールアドレスでログインしたり、履修登録や図書館の貸出予約、試験結果等をそれぞれ異なるシステムで確認したりしなければならない。
加えて、成績評価システムの相違も卒業・修了時に問題を引き起こす可能性がある。各国で適用される成績評価システムの違いにより、高等教育機関や雇用主に誤って理解されるという困難に直面した学生の例や、TJEP用に開発された共通の成績評価システムがある場合でも、それが雇用主に容易に理解されず、学生からの説明が必要であったという事例が報告されている。
✓学事暦、学期、学修期間の相違
学事暦の構成は、高等教育機関ごとに異なることから、TJEPにおける教育・学修、評価等の実施日に関する合意を困難にしている。また、祝祭日による休業期間の相違は、例えば、学生が留学先機関から書類を入手し期限内に提出することが困難となったり、宿舎の確保ができなくなったりするなど、学生のTJEP参加を妨げる要因となり得る。
✓TJEPに関する方針や規則の相違
各高等教育機関内で定められたデューデリジェンス(パートナーとなる機関の価値やリスクに関する事前調査)や求められる基準は、既述の学事暦、学期、学修期間の相違と同様、機関ごとに大きく異なる可能性がある。例えば、ダブル・ディグリーやジョイント・ディグリー、共同研究、連携協力に関する明確な方針や基準を定めている機関もあり、それらが各機関間で相反する場合には、協議や合意形成に長い時間がかかる。場合によっては、各国の要件と相反しない範囲内での方針の変更も必要となる。
【提言(#2~#6)】
✓TJEPに関する高等教育機関の規制の柔軟化(#2)
高等教育機関は、カリキュラムや学事暦等に関する内部規則においてより柔軟であるべきであり、これらが国の政策等の外部要因に起因する場合は、個別に又は集団で規制当局と交渉することが推奨される。
✓学事暦、学期、学修期間の相違の影響の最小化(#3)
各高等教育機関は、ジョイント・ディグリーを含むTJEPの学事暦の相違を認識し、可能な限り、これら相違の影響を最小化するよう努める必要がある。
✓TJEPの開発・運営の初期段階からの主要な意思決定者やシステム管理者の参加(#4)
各高等教育機関は、TJEPの開発・運営の初期段階から主要な意思決定者やシステム管理者を参加させることが推奨される。これにより、円滑なプログラムの運営を妨げる障壁について早期に議論し、対策を講じることができ、合意形成の遅れを防ぐことができる。
✓円滑な学生生活の確保(#5)
各高等教育機関は、共同プログラムに参加する学生が、特に入学手続きや宿舎に関して直面する課題に留意しつつ、学生生活において必要となるリソースを十分に利用できるよう、適切な措置を講じることが奨励される。
✓連携機関に求める基準や基本要件の明確化(#6)
TJEPに参加する高等教育機関は、連携機関間で基準や基本的な要件を確立することが推奨される。
例えば、入学手続き、プログラム全体のスケジュール、試験要件、アクセシビリティ等の重要な事項について共通の合意を確保することで、より円滑な連携が可能となる。
◆TJEPの円滑な運営のために
当報告書は、こうしたTJEPの設計や運営上の課題を、協働で綿密に、そして効率的に解決していくことがTJEPの可能性を拡げていくためにも不可欠であると述べている。報告書の結びでは、TJEPの円滑な運営を妨げている質保証システムや規制に関して、国家レベルでのシステム変更の必要性にも言及している。
原典①:EUA(英語)
原典②:EUA(英語)
■関連記事まとめ■ (本サイト過去投稿記事より)
1.【欧州】 トランスナショナル教育の質保証ー学生の利益確保のため透明性向上をー
(本サイト2024/3/8投稿記事)
2.オーストラリア:TEQSAがトランスナショナル教育(TNE)に関するツールキットを発表
(本サイト2023/5/15投稿記事)
3.225ヶ国・地域で45万人がイギリス大学の学位を目指す:ホスト国での教育の評価も始動
(本サイト2021/12/2投稿記事)
4.国境を越える教育(TNE)の質をどう保証するか:英国で制度見直し
(本サイト2019/12/16投稿記事)
5.ドイツ:国境を越えた教育(TNE)の共通分類枠組み及びデータ収集のためのガイドラインを公表
(本サイト2017/7/12投稿記事)







