オーストラリア:TEQSAがトランスナショナル教育(TNE)に関するツールキットを発表

 2022年11月、オーストラリア高等教育質・基準機構(TEQSA)は、「トランスナショナル教育に関するツールキット」(Transnational education toolkit) を発表した。本ツールキットは、オーストラリアの高等教育機関と海外の機関の取り決めのもと、オフショア(=海外)でオーストラリアの高等教育資格を付与するプログラム等の提供を新たに開始する機関に向けて作成された。教育提供の形態(対面/ハイブリッド/完全オンライン形式留学、ブランチキャンパス、ジョイント・ディグリー等)は問わない。※1

※1 関連データとして、2019年、オーストラリアの高等教育機関に在籍する外国人学生518,608人のうち116,678人(22.5%)は、オーストラリア以外の国に所在している。(教育省 Overseas students enrolments by providers and field of education – Offshore and Onshore by mode of attendance in 2019

■トランスナショナル教育(Transnational Education:TNE)とは

 TEQSAは、本ツールキットに最も近いTNEの定義として「学位を授与する機関が本拠とする国や地域とは異なる場所に学習者が所在する」すべての高等教育プログラムを総称するものと説明しているが※2、本ツールキットでは、共同学位のような学生の移動を伴うものも含まれている※3。TNEは、クロスボーダー教育(cross-border education: CBE)とも呼ばれ、国境を越えた遠隔教育、2か国以上の教育機関が共同で学位を授与するジョイント・ディグリープログラム等、様々な形態がある(大学改革支援・学位授与機構「高等教育に関する質保証関係用語集 オンライン版」参照)。

※3 Appendix 1(p.27-28)に共同学位(Joint award)等のTNEの典型例が示されている。また、同国のTNEの形態については、大学改革支援・学位授与機構「諸外国の高等教育分野における質保証システムの概要(オーストラリア:第2版)」p.31-32、p.52にも概説がある。

■ツールキット作成の意図

 これまで、オーストラリアの高等教育資格の取得が可能な、オフショアで提供されるプログラム等は、オーストラリアの高等教育機関が自ら運営するブランチキャンパスや海外機関との取り決めに基づいた形で、一部ハイブリッド型があったものの主に対面形式によって行われてきた。

 近年、教育機関はコースの内容を多様化し、ハイブリッド型に移行することで新たな学生層を開拓する機会を増やしている。教育機関が新たなマーケット(国・地域)に参入し新規のパートナーを迎えることで、より多様な学生へプログラムを提供することが可能となる一方、教育や学生体験の質、さらにはオーストラリア高等教育資格付与のインテグリティ(誠実性)に対するリスクを高める可能性がある。

 本ツールキットは、海外機関を通じたTNE運営の複雑さ及びリスクについて、機関間の契約、コースの提供、ガバナンス、海外機関との連絡・調整・共通認識の形成、定期的レビューというTNEのライフサイクルを設定して説明するとともに、教育機関の理解を深めるための情報や事例等を紹介している。

■TNEを提供する際に起こりうるリスクと課題

 本ツールキットでは、他機関と連携した海外での教育の提供についてのリスク及び課題として考えられる視点を下記のとおり列挙している。

  • 入試業務と入学前学習の承認(recognition of prior learning)

  • 新入生への導入教育、生活・学習支援

  • 学生の安全と健康

  • 試験監督、アカデミック・インテグリティ(学術的誠実性)※4 、学習者の本人確認

  • オーストラリアと当該国での教育内容・学習成果の同等性、当該国内における高等教育資格の承認

  • サイバーセキュリティ上のリスク

  • オーストラリアと当該国の関係法令・規則の類似度

  • オーストラリア国外での質保証、オーストラリアの高等教育機関のポリシーや手続きの適用
  • ※4 アカデミック・インテグリティ(学術的誠実性)とは、一般的には学術的な誠実性や健全性、一貫性、高潔といった言葉で捉えられ、大学の研究、教育の役割とそれをつかさどる大学運営の誠実性を問うものである。アカデミック・インテグリティに反する行為は、「学業不正行為」とも呼ばれる。

    ■TNEのライフサイクルと留意点

     本ツールキットでは、「TNEのライフサイクル」としてTNEの運営・管理において重要な段階を以下の5つに整理し、段階ごとに助言とともに主なリスクや考慮すべき事項等を詳述している。

    第1段階:TNEの設計と契約(または契約更新)

    ・パートナー候補である海外機関と契約を締結する前に、当該機関の業務運営能力や教員の質等のみならず、当該国内における海外の資格の承認に係る規制や課題等がないかを含め効果的で的確なデューデリジェンス(当該機関の価値やリスクに関する事前調査)を行うことが重要である。
    ・パートナーシップを良好に機能させるには、様々なレベルでの定期的なコミュニケーションが鍵となる。効果的なコミュニケーションにより契約期間中も適宜調整が可能となりスムーズな契約更新へとつながる。

    第2段階:コースの提供

    ・TNEプログラム提供の成功には、徹底的な“導入研修”が有効である。
    ・契約外のことがなされていないか、全てのパートナーとなる教員の資格がオーストラリアの高等教育機関が満たすべき最低基準である高等教育基準枠組(Higher Education Standards Frameworks (Threshold standards))に沿っているか、学生支援体制は十分かなど、コースの提供において必要な事項を適宜確認する必要がある。
    ・パートナー機関の教員が、研修管理システム(Learning Management System)等にアクセスできるか、不正行為、例えばAIコンテンツを用いた新たな懸念等に対応できるか等について確認する必要がある。

    第3段階:ガバナンス体制

    ・パートナーシップガバナンスには、コーポレート・ガバナンスとアカデミック・ガバナンスが含まれる。前者においては、契約の承認や関連スケジュールの管理、リスクマネジメント、高等教育基準枠組及び他の関連規則の遵守確認、収益目標の評価等を行う。後者では、TNEの学生の学習到達度や授業評価等を勘案した質保証サイクルの実施、コースレビュー等を行う。

    第4段階:海外機関との連絡・調整・共通認識の形成 

    ・海外の機関との連絡や共通認識の形成は、TNE及び他のオフショアプログラムの設計及びパートナーシップの維持において不可欠である。教職員と学生が当該機関への一体感や帰属意識を持つことが重要となる。

    第5段階:定期的なレビュー

    ・運営やコースに対する定期的なレビューはTNEを海外機関と効果的に運営するにあたり重要である。レビューの結果は、機関のガバナンス組織に定期的に報告され、パートナー間で共有されるべきである。
    ・パフォーマンスデータは、海外機関との契約が成功しているかの指標であり、適切に分析されれば、リスクを突き止めることができる。例えば、教員に対する学生の満足度が低い場合、教員の離職率の高さや教育訓練の不足等に起因することが考えられる。

    ■TNEにおいて特に考慮すべき3つのポイント

    1. 海外の機関と共同でオーストラリアの高等教育資格を授与する場合、TEQSAに登録されている高等教育機関は、高等教育基準枠組等の要件を満たし遵守するとともに、授与する資格の質について責任を負う。

    2. パートナーシップの構築や維持、モニタリングのために必要な作業を過小評価せず、丁寧かつ慎重に行うべきである。

    3. パートナー機関との継続的なコミュニケーションやマネジメント、体系化された方針・手続きを整備することは、質の高いTNEをサポートするために極めて重要な要素となる。

    原典:TEQSA(英語)

    【参考:TNEに関する過去の記事】

    (1)パンデミックから1年後の高等教育の実態を調査 – 世界の496大学等が回答
    (本サイト2022/6/7掲載記事)

    (2)225ヶ国・地域で45万人がイギリス大学の学位を目指す:ホスト国での教育の評価も始動
    (本サイト2021/12/2掲載記事)

    (3)成長するASEAN諸国―TNEや遠隔教育など、高等教育分野の国際化の進展状況は?
    (本サイト2018/5/29掲載記事)

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