現在、中国に設置されている海外大学の分校は、すべて中国の教育機関との共同で設置運営されているが、開放型経済を推進する海南自由貿易港(海南島全域)において海外大学や職業教育機関が単独で分校を設置・運営することが認められるようになり、このたび単独設置・運営に関する具体的な規定が明らかとなった。対象分野は理学、工学、農学、医学に限定される。
中央政府は、2020年6月発表の「海南自由貿易港建設全体計画」(原語:海南自由贸易港建设总体方案)※1と2021年6月制定の「海南自由貿易港法」(原語:中华人民共和国海南自由贸易港法)において、海外の高水準の大学と職業教育機関が海南自由貿易港に理学、工学、農学、医学分野の教育機関を設立できると示した※2。その後、2023年3月の海南省政府による「海外高等教育機関の海南自由貿易港における教育運営に関する暫定規定」(原語:境外高等教育机构在海南自由贸易港办学暂行规定)(以下「規定」)において、単独設置・運営に関する具体的な内容が明らかになった。
現在、中国では複数の海外大学の分校が設置・運営されているが、それらの大学はすべて「中外共同運営教育条例」(原語:中华人民共和国中外合作办学条例)に基づく、中国の教育機関との共同設置による教育機関である※3。中国の学生が海外の高水準の教育を受けることを主目的としており、中国の学生は普通高等教育機関全国統一入学試験(高考)で選抜されなければならない。
一方、「規定」に基づき設置・運営される海外大学の分校は、入学者選抜方法等を独自に設定することができ、海外(中国以外)から学生を積極的に受け入れることが推奨されている。このように、海南自由貿易港に単独で設置・運営される機関は、中外共同運営教育機関よりも柔軟な運営を行うことが認められている(「規定」の主な内容は、後述参照)。
2022年12月には海南省政府、儋州市政府、ドイツのビーレフェルト専門大学の間で覚書が交わされており、中国初の単独設置による海外大学の分校が近い将来、海南自由貿易港に誕生する見込みである※4(海南省与德国比勒费尔德应用科学大学签约仪式举办)。
- ※1. 海南省は1988年に中央政府より経済特区に指定されて以来、海外からの投資を促進してきた。2018年には海南島全域が自由貿易港実験区として自由貿易港の建設を進め、中央政府による「海南自由貿易港建設全体計画」にて自由貿易港建設の具体方針が示された。この計画の中で、2025年までに海南自由貿易港に自由で利便性のある貿易・投資システムを確立すること、2035年までにシステムを発展させて、海南自由貿易港を中国の開放経済の新しい拠点にすることが目標として掲げられている。
- ※2. 海南自由貿易港建設全体計画の「産業の対外開放」の項目、海南自由貿易港の「産業発展と人材サポート(第6章)」の中で述べられている。なお、職業教育機関についての詳細は記載されていない。
- ※3. したがって、既存の中外共同運営教育機関の名称には海外大学の分校を思わせるものが多いが単独設置ではない。
- ※4. 覚書は海南省政府の代表団がビーレフェルトを訪問し、調印式により取り交わされた。海南自由貿易港は、海南島の各沿岸地区に経済開発エリア(原語:洋浦经济开发区)、国際教育実験エリア(原語:陵水黎安国际教育创新试验区)等の重点エリアが設けられており(海南自由貿易港)、ビーレフェルト専門大学は、経済開発エリアに設置予定である。これに先立って、国際教育実験エリアにて2023年秋に運営を開始する予定である(海南这所大学将在陵水黎安国际教育创新试验区先期办学)。なお、国際教育実験エリアには、複数の中国の大学の分校や中外共同運営教育機関の設立も予定されている。2022年には、中国伝媒大国際学院(英国コベントリー大学との共同運営機関)、電子科技大学格拉斯哥海南学院(英国グラスゴー大学との共同運営機関)等が既に運営を開始している(陵水黎安国际教育创新试验区 招生动态 02本科生招生)。
「規定」の主な内容
- 分校等の機関(以下、機関)の単独設置が可能な高等教育機関
・海外(香港、マカオ、台湾を含む)の高水準の大学と職業教育機関で、運営における高い評価と国際的な知名度があり、理学、工学、農学、医学の分野に強く、各業界で卒業生に対する高い評価を持つ機関。 - 政策策定と管理
・教育部と海南省人民政府が共同で機関運営関連の政策策定等を行う。
・海南省人民政府教育行政部門とその他の関連部門が職責の範囲内で機関の管理をする。 - 機関の設置
・機関設立の申請時は、海南省人民政府または所在地の市政府と運営に関する覚書を締結する。
・本科課程(※学士課程に相当する課程)以上の設置は、海南省人民政府の審査を経て教育部が最終的に認可する。専科課程(※2~3年制の高等教育課程)を設置する場合は、海南省人民政府が審査・認可する。
・教員の配置基準は、本校の基準を下回ってはならない。十分な数の教員を本校からの派遣と現地採用により確保するが、本校からの派遣教員数は一定の比率に達していなければならない(具体的な比率は運営覚書で明確にすること)。 - 学生募集
・学生募集の範囲、基準、方法は機関が自ら決めることができる。募集基準は本校の基準を下回ってはならない。
・海外から学生を積極的に受け入れることを推奨する。 - 教育
・ 中国の高等教育機関と同様、中国憲法、法律、公民道徳、国情※5等の科目を開設しなければならない。自身で開設するほか、中国国内の高等教育機関との連携やオンライン科目の購入等によって実施してもよい。
・中国国内での喫緊性や国際的な先進性がある科目及び教材を導入することが望ましい。
・外国語による教育を行ってよい。ただし、中国語による科目も開設しなければならない。 - 資格証書(卒業証書・学位証書)と単位
・資格証書は、本校の証書と差異がなく、本校の所在する国・地域で認められるものでなければならない。
・中国の高等教育入学者選抜制度(「高考」等)に基づいて入学した学生については、教育部学生サービス・発展センター(CSSD※6)が運営する「高等教育学生信息網」に学籍と学歴を登録する。
・本校との交換留学、単位互換が行われることが望ましい。 - 質保証
・質保証制度を構築し、運営状況を公表しなければならない
・主管機関(海南省政府)への年度報告書の提出、主管機関が組織する評価の受審義務がある。 - その他
・中央政府による優遇政策及び海南自由貿易港向けに規定された優遇政策を受けることができる。(例えば、学内で使用する機材等の輸入関税がかからない)
・中央政府と地方政府の高等教育に関する発展計画に従い、地域の高等教育の対外開放と質の高い発展を先導する。
・機関の外国籍の教職員とその家族の出入国等については海南省政府が便宜を図る。
- ※5. 中国の政治、経済等の基本状況に関する科目。
- ※6. CSSD(Center for Student Services and Development)は、教育部直轄の法人。大学入試関連サービスの提供、中国で発行された高等教育機関の卒業証書・学位証書・学籍証明書・成績証明書の認証、就業支援を行っている。「高等教育学生信息網」は、CSSDが運営する認証に関するウェブサイトの名称。
- *参考:中国の卒業証書と学位証書の認証業務がCSSDに一本化(本サイト2022/8/30投稿記事)