2024年2月、オーストラリア政府は同国の高等教育システムの持続的な改革を推進することを目的とした「ユニバーシティ・アコード」(Australian Universities Accord)の最終報告書を公表した。2022年11月のアコード策定に関する発表以来、専門家パネルによるミーティングやステークホルダーとのコンサルテーション等が進められてきた。
昨年7月には中間報告書(詳細は、本サイト2023/11/7投稿記事を参照)が公表され、その後の議論の上、最終報告書が作成された。
■ユニバーシティ・アコード(オーストラリア高等教育レビュー)とは
高等教育システムの現状を様々な観点から検討することで、オーストラリアの大学を取り巻く主要な政策課題について関係者間のコンセンサスを形成し、大学への期待を明らかにすることを目的としている。今回は、2008年の「ブラッドリー・レビュー」以来の大がかりな見直しとなる(詳細は、本サイト2023/3/23投稿記事を参照)。
今回のレビューでは付託条項により、①現在及び将来における知識とスキルのニーズへの対応 ②アクセスと機会 ③投資と資金調達 ④ガバナンス、アカウンタビリティ、コミュニティ ⑤職業教育訓練と高等教育システムの関連性 ⑥質と持続可能性 ⑦新たな知識、イノベーション、能力の提供の7つがレビューの主要な領域として示され、実際のレビューではそのうち①、②、⑦の3つを特に重視している。
最終報告書では、同国における将来の労働力需要の展望を見据えた高等教育改革や高等教育への参加の公平性を高めるための提言が合計47項目※1示されており、オーストラリア政府に対して段階を踏んで実行に移すべきであると述べている。本記事では最終報告書の一部を紹介する。
※1 全提言は原典①pp.16-41を参照
◆⾼等教育‒ オーストラリアの将来のニーズを満たす
本レビューは、オーストラリアの高等教育システムをレビューし、長期的な改革計画を作成することを目的として、政府より専門家パネルに委嘱された。高等教育システム改革の成功には、政府からの多額の投資と高等教育プロバイダーからの多大な貢献が必要となる。しかし、オーストラリアの将来のスキルの課題に対処するためには、全ての段階の教育システムが連携する必要があるというのが、本レビューの中心的な理念である。本レビューでは、高等教育と職業教育訓練を一つのシステムの中の異なる強みを有する2つの重要なパーツととらえて、可能な限り第三段階教育(Tertiary Education)※2に焦点を当てている。
オーストラリアが繁栄を維持するには、同国の第三段階教育への進学率、パフォーマンス、投資の改善を行い、国のニーズを満たす知識、スキル及び研究を生み出すことが不可欠である。医師、看護師、介護士、教員等の熟練した専門家の慢性的な不足により、第三段階教育システムへのプレッシャーはすでに感じられる。また、エネルギー供給網の転換、製造業の進歩、新たなイノベーションの推進や公共インフラの構築等のため、エンジニアや高度専門家等のニーズがますます高まることが見込まれる。このようなニーズを満たすため、本レビューでは、オーストラリアの第三段階教育が国のために確実に機能するよう、大規模かつ重要な改革を提案する。
※2 オーストラリアでは、後期中等教育後の教育は「第三段階教育」と呼ばれており、これらの教育機関には、大学などの高等教育(Higher Education)機関及び職業教育訓練(Vocational Education and Training: VET)機関等が含まれる。(第三段階教育については当機構発行「諸外国の高等教育分野における質保証システムの概要 オーストラリア(第2版)」のpp.11-13を参照。)本レビュー及び報告書は、上記のとおり高等教育と同様に職業教育訓練も重視しており、高等教育(Higher Education)と第三段階教育(Tertiary Education)の用語が使い分けられている。この記事においても原典通りの使い分けで「高等教育」「第三段階教育」と訳している。
第三段階教育の就学率の引き上げ
政府機関であるJobs and Skills Australiaは、今後10年間で新規雇用の約90%が中等教育後の資格を必要とし、約50%が学士以上の資格を、また44%が職業資格を必要とすると予測している。また、産業調査・分析・予測サービスの大手BIS Oxford Economicsが本レビューに示した資料によると、2050年までに全ての仕事の82%が第三段階教育を必要とし、そのレベルの労働市場のニーズを満たすためには、25~34歳の人口の90%が第三段階教育の資格を取得する必要があるとしている。これを受けて、本レビューでは、第三段階教育の資格(サーティフィケートⅢ※3以上)を一つ以上持つ労働年齢層(15~64歳)の人口の割合を2023年の60%から2050年までに80%以上に、また学士以上の資格を持つ25~34歳の人口の割合を2023年の45%から2050年までに55%※4に、第三段階教育レベルの職業資格または技術資格を持つ同割合を2050年に40%に引き上げるという目標値を提案する。
※3 サーティフィケートⅢは、オーストラリア資格枠組(AQF)上のレベル3であり、AQF上の高等教育はレベル5~10である。オーストラリアの資格の種類については当機構発行「諸外国の高等教育分野における質保証システムの概要 オーストラリア(第2版)」のpp.8,9を参照。
※4 この目標値を達成するには連邦政府支援枠(Commonwealth supported place)の国内学生が2022年の約86万人から2035年までに少なくとも120万人、2050年には180万人となる必要があると試算している。なお、連邦政府支援枠には次のとおり国籍の要件がある。詳細については当機構発行「諸外国の高等教育分野における質保証システムの概要 オーストラリア(第2版)」のp.24を参照。
・オーストラリア国民
・ニュージーランド国民(オーストラリアに居住している必要あり)
・オーストラリア永住ビザ取得者(オーストラリアに居住している必要あり)
高等教育へのアクセス、参加、機会の公平性
オーストラリアの先住民族や困難な社会経済的背景を持つ者、障がいのある者、地方や遠隔地に居住する者の高等教育への進学率※5は低く、上記の2050年までの第三段階教育への就学率の目標値達成のためには、高等教育システムがより公平なものになる必要がある。オーストラリアの先住民族や困難な社会経済的背景を持つ者、障がいのある者、地方や遠隔地に居住する者の高等教育への進学率※5は低く、これらのグループの高等教育への進学率を上げる必要がある。
しかし、単に進学率を上げることのみに着目するのではなく、これらのグループの学生が学習過程を通じて成功するよう包括的な支援が必要となる。
※5 「高等教育統計 2022学生データ」を基にした教育省の内部分析によると同年にオーストラリアの高等教育機関に在籍する学士課程学生の割合は、先住民族学生:2.1%、困難な社会経済的背景を持つ学生:17.0%、障がいのある学生:11.6%、地方・遠隔地に居住する学生:19.8%となっている。
新たな資格やより良い経路
人々や社会の需要に応じた知識・スキルや資格の提供を迅速かつ効率的に行うには、既存の障壁を取り除き、より多くの人が成功を収めることができるよう柔軟な経路を構築する必要がある。高等教育と職業教育訓練の連携不足により、学生が両者をスムーズに行き来することができない現状を踏まえ、個人がそれぞれで取得したスキルや資格の集約・明示が可能な全国スキルパスポート(National Skills Passport)の引き続きの構築を推奨する。また、新たな人材需要に対応するマイクロクレデンシャルを政府が支援・認証することや、特に困難な社会経済的背景を持つ者向けの無料で質の高い準備コース(preparatory course)※6の提供を拡大することが重要である。
※6 現在はenabling courseと呼ばれている。高等教育のコースへの入学要件を満たすために大学で提供されるコース。(原典①p.355用語の解説)
学生を中心に置く
学生が熱心に勉学に励み、スキルを身に付け、国の将来を築く研究を行うことは望ましく、また高等教育は、学生個人の成長を支える上での貴重な投資である。しかし学費が高騰する中、経済的困難を抱えることなく高等教育に参加し卒業することがますます難しくなっている。この課題に対し、高等教育融資プログラム(HELP)の見直し(低所得者に対する返済負担軽減等)や学生の研究分野に近い分野のアルバイトを斡旋する仕組みといった経済的支援を行う必要がある。
また、多額の学費に見合う、質の高い教育の提供が不可欠であることから、政府と高等教育機関が新たな教育テクノロジーを最大限に活用し、教育の質を向上することが求められる。さらに、学生の安全性に重点を置き、学生の苦情に対処する「全国学生オンブズマン(National Student Ombudsman)」や学生の福祉や安全に関する項目を含む「全国学生憲章(national student charter)」の制定を提案する。
より強力な研究体制
オーストラリアの研究開発の質は高く、オーストラリア研究審議会(ARC)は大学の研究成果の半数以上が世界基準を上回っていると評価している。一方で、政府や産業界は大学の研究をイノベーションの源として最大限に活用していない。国が直面する課題に対処するために政府は率先して大学研究の活用を推進するべきであり、併せてそのような課題の解決に資する研究に報いるための基金を設立することを提案する。
◆第三段階教育システム全体の改革
本レビューによって提案された改革は、広範囲かつ野心的で、第三段階教育システム全体の公平性と質を向上させながら就学率を必要なレベルまで引き上げることは難題である。この成功には現在のシステム体制より更に強力なリーダーシップ、計画、調整が不可欠となる。
「第三段階教育委員会」の設置
第三段階教育の改革を推進・実現するために、政府が「第三段階教育委員会(Australian Tertiary Education Commission)」を設立することを提案する。その任務は、合意された目標の達成に向けた改革に必要なリーダーシップを発揮し、管理を行うことであり、初期の任務には、政策開発、将来計画、資金配分等に関する政府への助言等が含まれる。また、オーストラリア高等教育質・基準機構(TEQSA)及びARCを独立機関として委員会に参画させ、同委員会が第三段階教育制度全体を包括的に把握できるようにする。
「先住民族の第三段階教育協議会」の設立
本レビューでは「先住民族をオーストラリアの第三段階教育システムの中核に位置付ける」という原則を採択し、それに基づき、「先住民族の第三段階教育協議会(First Nations Council)」の設立を提案する。同協議会の任務には、先住民族の第三段階教育への参加の推進や知識・研究の向上を主導し、教育大臣や第三段階教育委員会に助言することが含まれる。
国際教育(留学生受入れ)のより良い管理
国際教育(留学生受入れ)は、大学の国際連携の重要な手段であり、また学内の多様性を高めるなどオーストラリアの第三段階教育に寄与している。また、国際教育はオーストラリアの輸出額において2022年現在、第4位に位置する主要な産業であることから、強力で持続可能な足場が重要である。現状として、需要面では留学生数の変動により教育機関の安定性と存続可能性が脅かされ、供給面では市場の一部で質と誠実性に欠如が見られる。このことから、政府と第三段階教育委員会が連携し、少数の国への過度な依存を避けるために市場を多様化するなど、可能な限り需要の変動を管理する必要がある。また、2023年12月に公表された、より適切にターゲットを絞ったシステムを目指す政府の「移民戦略(Migration Strategy)」※7に沿った管理を行い、第三段階教育セクターは卒業後に移住を希望する留学生に対し、不足しているスキルの分野に関連するコースや地方での学習を推奨するべきである。さらに第三段階教育セクターはコースの質を高め、全体的な学習体験を向上させることによって、学習先としてのオーストラリアの評判を守る必要がある。また、第三段階教育機関が国際教育の適切なリスク管理戦略を持つよう、TEQSA※8がエビデンスベースのアプローチをとることを提案する。
※7 「移民戦略」では主要な行動計画の一つとして、「国際教育の誠実性と質を高めること」が掲げられている。留学生と教育プロバイダーに対してより高い基準を設け、一方で不足するスキルの分野に貢献している卒業生に対しては、新設する「Skills in Demandビザ」への申請が可能となるとしている。本計画の具体的な取組には、学生ビザ取得に必要な英語力の要件引き上げやリスクの高いプロバイダーからの学生ビザの申請に対する審査の厳格化、国際教育プロバイダーに対する要件の強化等が含まれる。
※8 TEQSAは 留学生のための教育サービス(ESOS)法により、留学生向け教育機関・コースの政府登録制度(CRICOS)の登録認可業務を行っている。詳細については当機構発行「諸外国の高等教育分野における質保証システムの概要 オーストラリア」のp.53を参照。
より適切な財政支援モデル
現在の財政支援モデルでは、国のスキルのニーズを満たすのに十分な就学率の増加が見込めず、計画性や管理の不十分さからコースの幅や質に予期せぬ結果をもたらす可能性がある。本レビューは、第三段階教育委員会によって管理・計画される新しい財政支援モデルの導入を提案する。そのモデルでは、準備学習及び高等教育の無償提供の拡大やSTEM分野に対する必要に応じた政府拠出金の増額等が含まれる。
2019年の教育投資基金(Education Investment Fund:EIF)廃止以降、高等教育インフラに特化した政府からの財政支援がない状態が続いており、高等教育機関のインフラの劣化やメンテナンスの滞りが発生している。そのため、高等教育のインフラを支える、大学と政府の共同出資による「高等教育未来基金(Higher Education Future Fund: HEFF)」の創設を提案する。
■ユニバーシティ・アコードを受けての政府の動き
最終報告書を受け、オーストラリア政府は報告書内の提言について検討するとしている。具体的な動きとしては2024年3月に政府は地方に居住する者にとって大学が身近なものとなるよう「大学学習ハブ(Regional University Study Hubs)」※9を10か所新設することを発表した。また中間報告書からの動きとして、学生が抱える不満を調査し、学生と高等教育機関との対立を解決する「全国学生オンブズマン」の設立に向けた法整備や全国スキルパスポートの範囲、効果、利点を定義するビジネスケース作成に向けた取組を開始している。
※9 地方や郊外の地域に住む学生が居住地を離れることなく高等教育にアクセスすることを支援する施設。オンラインで学習する学生に対し、学生支援や学習に必要な設備を提供する。(原典①p.356用語の解説)
原典①:オーストラリア教育省(英語)
原典②:オーストラリア教育省(英語)
参考:QA UPDATES関連記事
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(本サイト22023/11/7掲載記事)
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(本サイト2023/3/23投稿記事)
【オーストラリア】留学生受入れ再開と国民のスキルアップ:教育政策で経済回復を目指す
(本サイト2022/1/13投稿記事)
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(本サイト2017/6/20投稿記事)







