2023年7月、オーストラリア政府は同国の高等教育システムの持続的な改革の推進を目的とした「ユニバーシティ・アコード」(Australian Universities Accord)の策定に係る中間報告書を公表した。2022年11月のアコード策定に関する発表以来、専門家パネルによるミーティングやステークホルダーとのコンサルテーション等が進められてきた。本報告書には高等教育システムの将来像に向けた今後の検討課題等が盛り込まれている。本記事ではその一部を紹介する。
■ユニバーシティ・アコード(オーストラリア高等教育レビュー)とは
高等教育システムの現状を様々な観点から検討することで、オーストラリアの大学を取り巻く主要な政策課題について関係者間のコンセンサスを形成し、大学への期待を明らかにすることを目的としている。2008年の「ブラッドリー・レビュー」以来の大がかりな見直しとなる(詳細は、本サイト2023/3/23投稿記事を参照)。
オーストラリアでは労働市場における高等教育資格保有者への需要がますます高まる一方で、大学への進学者が不足している。現在、オーストラリアの労働人口の36%が学士の学位を取得しているが、産業調査・分析・予測サービスの大手BIS Oxford Economics作成の予備的分析によると、2050年頃までには全ての仕事の約55%で高等教育資格が必要となると推測されている。同年までに高等教育への就学率を25~34歳の人口に対して55%とするには、連邦政府支援枠(Commonwealth supported place)※1の国内学生が2035年までに少なくとも120万人、2050年には180万人となる必要がある※2。
また、オーストラリアの先住民族や困難な社会経済的背景を持つ者、障がいのある者、地方や遠隔地に居住する者の高等教育への参加率・学士取得率※3は非常に低く、公平性の観点から、より柔軟で適応性のある高等教育システムへの見直しが必要となっている。
※1 連邦政府支援枠には、次のとおり国籍の要件がある。詳細については当機構発行「諸外国の高等教育分野における質保証システムの概要 オーストラリア」のp.24を参照。
・オーストラリア国民
・ニュージーランド国民(オーストラリアに居住している必要あり)
・オーストラリア永住ビザ取得者(オーストラリアに居住している必要あり)
※2 最新のデータによると、オーストラリアの大学には、約76万人の学士課程学生を含む、約90万人の連邦政府支援枠で入学した学生が在籍している。
※3 「高等教育統計 2021学生データ」を基にした教育省の内部分析によると同年にオーストラリアの高等教育機関に在籍する学士課程学生の割合は、先住民族学生:2.1%、困難な社会経済的背景を持つ学生:17.4%、障がいのある学生:10.3%、地方・遠隔地に居住する学生:20.5%となっている。また、2021年の国勢調査によると、学士取得率は、先住民族:7.4%、社会経済的条件の低い地域に居住する者(15歳以上):17.3%、地方・遠隔地に居住する者:15.2%。詳細は、原典pp.69-70を参照のこと。
■課題を踏まえた高等教育のミッション
本報告書では上記の課題を踏まえ、高等教育のミッションが議論されている。以下では「先住民族」「平等な参加」「将来のスキル・ニーズへの対応」を取り上げる。
先住民族をオーストラリアの高等教育システムの中核に位置づける
先住民族の文化と知識をオーストラリアの高等教育機関により強固に組み込むことは、社会全体を豊かにすることに繋がる。今回の見直しでは、コミュニティのニーズや期待、ノウハウを代弁する新しい「先住民族の高等教育協議会」の設立等を検討している。
高等教育へのアクセス、参加、機会の公平性
オーストラリアは、社会のすべての構成員に公平で平等な機会を提供する国家を目指している。教育全体そして高等教育は、個人やコミュニティ、社会の各レベルにおいて、社会経済を変革するための強力な手段である。
本報告書では、高等教育への参加の拡大について、将来のスキル・ニーズとあわせて検討する。今後、必要となる熟練した人材を獲得するためには、先住民族の学生、地方や遠隔地、郊外に居住する学生、困難な社会経済的背景を持つ学生等の高等教育への参加を大幅に増やす必要がある。だが、既存の政策は十分に機能しておらず、オーストラリアの代表的な政策である高等教育融資プログラム(HELP)の策定から30年以上が経過し刷新が必要である。こうした政策への目配りが不足した結果、学生が必要な費用を確保することが難しくなり、学生の成功を支援するようなサービスも不足している。現状を打開し、新たなアイデアを模索するため、学生の負担額の見直しやHELPの返済条件の取り決めの見直し等が検討されている。
将来のスキル・ニーズへの対応
現在、オーストラリアでは将来の労働力需要に見合う十分なスキルと知識を持つ卒業生を生み出していないという課題が浮き彫りとなっている。2026年までの雇用の拡大の半分以上は、医療・社会的支援(看護師、医療専門家を含む)、専門的な科学技術サービス(IT・エンジニアリングを含む)、教育(教員、幼児教育に関連する職種を含む)分野が占め、適切な介入がなければ、こうした高度なスキルを必要とする職業を含む分野において人材不足が続くことになり、生産性を向上させることができなくなると予想される。
このための取組の一つが高等教育と職業教育の連携の強化である。多くの学生が生涯を通じて、高等教育と職業教育訓練(Vocational Education and Training:VET)セクター間を行き来している。職業教育訓練を高等教育への入学経路として利用し、また、職業教育訓練からより仕事に特化したスキルを得ている。こうした学習経路は、より多くの先住民族の学生、地方や遠隔地、郊外に居住する学生、困難な社会経済的背景を持つ学生が高等教育に参加し、成功するために特に重要である。
さらに、高等教育及び職業教育訓練セクターは、産業界のニーズを反映する必要がある。具体的なスキルと専門知識を結びつけ、柔軟でタイムリーな学習を促進し、卒業生が実際の仕事に適したスキルを持つことを確実にするため、両セクターの協力が不可欠である。
■上記を支える高等教育ガバナンスと資金配分
高等教育のガバナンスと資金配分についても以下を含む提言がなされている。
「高等教育委員会」の再設置
政府は明確な計画を示す必要があり、「高等教育委員会(Tertiary Education Commission)」の再設置を検討している。同委員会の中核的な機能として、高等教育セクター全体の長期戦略の立案をはじめ、政策改革と実施に関する政府への助言、国の優先事項に沿った教育機関との活動調整や交渉、国内外の動向把握等が含まれる。
高等教育機関の分類及びその要件を規定する基準(Provider Category Standards、以下カテゴリー基準)の改定と検討
2019年にカテゴリー基準のレビューが実施され、2021年2月には高等教育関連法の改正法案が可決し、カテゴリー基準が改定された(詳細については、本サイト2021年5月31日投稿記事を参照)。これにより、「University College」の要件が変更となり、新たなカテゴリーとなった。
高等教育システムが進化する中で、こうした新たなカテゴリーの定義や現行の要件について、幅広い教育機関の組み合わせを反映させるよう検討を行う。
National Regional Universityの設立の検討
オーストラリアの地方や遠隔地における高等教育の持続的かつ効果的な提供を確保するための新たなアプローチとして「National Regional University」の設立について検討中である。これは、遠隔地における高等教育の提供の改善を目指すもので、そのコンセプトについては、今後、政府、州、大学、地域社会等との協議が必要である。
持続可能な財政システム
オーストラリアの高等教育システムには、最も需要のある分野や地域において必要な卒業生を輩出することを保証する資金配分システムが必要である。同時に、教育の利益を享受できる機会の公平性を確保しなければならない。資金配分システムについては最終報告書で提案される。
■最終報告書の刊行に向けて
今後、リファレンス・グループ(Ministerial Reference Group)が中心となって更なる議論の機会が設けられ、2023年12月までに最終報告書が教育大臣に提出される予定である。進捗情報は、専用ウェブサイトで随時更新される。
原典:Department of Education, Australian Government(英語)
参考:QA UPDATES関連記事
オーストラリア政府が約15年ぶりに高等教育レビューの実施を発表
(本サイト2023/3/23投稿記事)
【オーストラリア】留学生受入れ再開と国民のスキルアップ:教育政策で経済回復を目指す
(本サイト2022/1/13投稿記事)
成果主義の導入、オーストラリア政府が高等教育改革パッケージを公表
(本サイト2017/6/20投稿記事)