欧州高等教育質保証協会(The European Association for Quality Assurance in Higher Education: ENQA)は2023年11 月、トランスナショナル教育(transnational education: TNE)の質保証における課題を提示した論考※1をウェブサイト上で公開した。当論考は、学生の利益の確保を最優先事項とした上で、透明性の向上と既存の質保証ツールの活用拡大の必要性を強調している。加えて、TNEにおいて質保証機関が果たすべき役割や相互信頼構築のための機関間協力の重要性を訴えている。
※1 2023年11月23日~24日にかけてポルトガルのアベイロ大学で開催された2023年欧州質保証フォーラム(European Quality Assurance Forum: EQAF)において、ENQA会長Douglas Blackstock氏、同ディレクターAnna Gover氏により発表された。
◆「トランスナショナル教育(TNE)」とは
「クロスボーダー教育(cross-border education: CBE)」とも呼ばれ、教育機関が本来所在する国や地域とは異なる場所に学習者が所在する、全ての高等教育プログラムを総称するものである。その中には、国境を越えた遠隔教育、2か国以上の教育機関が共同で学位を授与するジョイント・ディグリープログラム等を含む様々な形態がある※2。
TNEは現在、社会のグローバル化が進行し高等教育においても国境を越えた連携が加速する中、世界的に成長を続けている。ENQAは、TNEの人気が高まっている背景には以下のような側面があると記している。
「受入国」側:
・確立された外国の教育機関とパートナーを組むことで自国の高等教育機関の評判を高めることができる。
・受入国の人々のスキル開発を支援する手段ともなり、頭脳流出のリスク軽減にも繋がる。
・高額な海外渡航費や滞在費をかけずに、学生が海外名門校の教育を受けることができる
「提供国」側:
・世界的に展開することで自国の教育機関としての名声を高めることができる。
・世界中で収益を上げることができる。
(原典① pp.1-2より要約抜粋)
※2 大学改革支援・学位授与機構「高等教育に関する質保証関係用語・オンライン版」より抜粋。TNEには上述の形態の他、フランチャイズ・プログラム、ブランチキャンパス、ジョイント・ベンチャーによるプログラム等もある。TNEの分類についてはこちらも参照のこと: Knight, J. (2006) Higher Education Crossing Borders: a guide to the implications of the General Agreement on Trade in Services (GATS) for cross-border Education
◆TNEにおける質保証の課題
ENQAは、TNEについて語る際に最初に直面する2つの課題として、TNEという用語が示す範囲が広く、かつ世界的にも明確に定義されていないこと、そしてそれによりTNEが行われている規模や場所に関するデータが不足していることを挙げている(本サイト2017/7/12投稿記事も参照)。その上で、当論考はあくまでも欧州高等教育圏(European Higher Education Area: EHEA)内のTNE「提供国」がEHEA域外の「受入国」で、遠隔教育ではなく教員・学生等の移動を伴う教育の質保証の課題に焦点を当てている、と前置きしている。ジョイント・プログラムやオンライン及び遠隔教育に関連する特定の課題は、他の文献がより深く扱っていることが断り書きされている。
EHEAで最大のTNE「提供国」は英国であり、英国のプロバイダーによるTNEで学ぶ学生は全世界で53万人以上を数える(Higher Education Statistics Agency: HESA [2021‐2022データ]、ENQA参照元。この数値には、教員・学生等の移動が発生しないTNE及びEHEA域内のTNEで学ぶ学生も含まれる)。フランス、スペイン、ドイツも主要な「提供国」である。こうした欧州各国によるTNEの「受入国」は、アジア太平洋地域及び中東湾岸地域の国々が中心となっている。
ENQAは昨今のTNEの急拡大に伴い、改めて以下の課題を指摘している。
・TNEを通じた学生経験の質を誰が保証するか。学生は支払う金額に見合った教育を受けているか。
・「受入国」で提供される教育が、「提供国」のキャンパスで行われている教育と同等の質であることを誰がどのようにチェックするか。
・教授方法や学生支援、評価方法及びカリキュラムの内容を、「受入国」の状況・地域の背景を考慮しつつどの程度まで適応させることができるか、又は適応させるべきなのか。
・TNEを通じて学生に授与される資格は、学生の母国で承認され、その資格に基づいて更なる教育を受けることや、国内資格に匹敵する労働市場へのアクセスが可能であるか。
・高等教育や質保証への学生の参画があまり根付いていない「受入国」において、TNEにおける学生の参画の機会やそれに対する期待はどのようなものか。
ENQAは、学生の利益の確保が最優先事項であるとの立場を明確にした上で、現在はTNEの質が真に担保されているかについて明確な責任範囲や透明性のある情報が不足しており、このことが質保証活動の重複や、逆に見落としのリスクを招いている、と懸念を表明している。続けて、学生の利益を保護するためにはTNEの質保証の透明性向上が急務である、と述べている。
今回ENQAは、EHEA域外のTNEの受入側でありグローバル・パートナーとして協力関係を結んでいる香港、ラテンアメリカ、アフリカの質保証機関等※3に意見聴取を実施している。その回答によると各機関は、TNEが自国・地域の学生にもたらすメリットは非常に大きいと肯定的に捉えているものの、①教育の質・基準の確保、②資格の承認、③金額に見合った価値、の三点を喫緊の課題として提示した。
※3 香港学術及職業資歴評審局 (Hong Kong Council for Accreditation of Academic & Vocational Qualifications: HKCAAVQ)、アルゼンチン大学評価・認証評価委員会(National Commission for University Evaluation and Accreditation, Argentina: CONEAU)、アフリカ大学協会(Association of African Universities: AAU)の3機関。詳細は原典①“The view from outside Europe (pp.4-5)”を参照のこと。
◆既存のツールや枠組みの活用
こうした課題の解決を図るために、欧州では既に様々な取組が行われている。2022年にスペインで開催されたユネスコ世界高等教育会議では、TNEで学ぶ学生の利益を守るために、より厳格な規制や基準の導入を求めていくことが確認された※4。他にも高等教育セクターでは、これまでに質保証活動を支援する多様なツールや枠組みが構築されている。
例えば2005年、ユネスコと経済協力開発機構(OECD)は国際的な質保証の重要性を定義し、各国の質保証制度を尊重しながら相互信頼と連携協力を促進させることを目的として「国境を越えて提供される高等教育の質保証に関するガイドライン」※5を採択した。また、ボローニャ・プロセス(本サイト「欧州」>「地域レベルの高等教育政策」ページ)の進展を背景に、2015年には改訂版「欧州高等教育圏における質保証の基準とガイドライン(ESG 2015)」※6が策定され、その第1章で「ESGは、学習の様態や場所に関係なく、EHEAのあらゆる高等教育に適用される。それゆえ、ESGは国境を越えて提供される教育など、あらゆる高等教育にも適用できる」(p.5)と明言されている。加えて同年、「共同教育プログラムの質保証に関する欧州的アプロ―チ(European Approach for Quality Assurance of Joint Programmes 2015 )」も開発された(本サイト2015/2/24投稿記事)※7。従って、問題となっているのはツールの不足ではなく、欧州の主要なTNE「提供国」が透明性を確保しながらこれらのツールを効果的に運用できていない現状にある、とENQAは指摘している。
※4 Hopbach, A., 2022. UNESCO-OECD Guidelines for Quality Provision in Cross-border Higher Education. Analysis and recommendations to move forward. Paper commissioned for the World Higher Education Conference 18-20 May 2022.
※5 OECD and UNESCO. 2005. Guidelines for Quality Provision in Cross-Border Higher Education. Paris, UNESCO.
※6 大学評価・学位授与機構(当時)による全文翻訳(2016年1月)。原典はENQAの公式ウェブサイトからダウンロード可能。
※7 ほかにも、ENQAがコーディネーターとして主導したQACHEプロジェクト(Quality Assurance of Cross-border Higher Education)が開発したツールキットCooperation in Cross-border Higher Education: A Toolkit for Quality Assurance Agencies (Brussels, Belgium, 2015)や、いずれもESGに準拠した地域レベルでの枠組みであるAfrican Standards and Guidelines for Quality Assurance in Higher Education [ASG-QA] (2017、アフリカ地域)、ASEAN Quality Assurance Framework [AQAF] (2021、ASEAN地域:本サイト2022/1/20投稿記事)がある。
◆課題解決へ向けた3つの手段
こうした現状を踏まえENQAは、TNEで学ぶ学生の利益の保護を最優先事項と捉え、解決へ向けた3つの手段を提案している。
手段1:情報共有と地域ネットワークの強化
EHEA域内・域外を問わず質保証に関わるパートナーが密な情報共有を行うと共に、そのための地域ネットワークの役割を強化すべきである、とENQAは述べている。上述のとおり、これまでにも国際的な質保証連携に焦点を当てたプロジェクトや枠組みの策定が実施されてきたにもかかわらず、ENQAが今回、当論考執筆のために意見聴取を行った質保証機関を中心とするステークホルダーからは、この分野ではまだかなりの努力が必要であるとの指摘があった。
手段2:「提供国」の責任分担・協力体制の強化
次に、何よりも学生の利益を守るために、ENQAは「提供国」の国家当局と質保証機関に対し、自国の管轄下にある教育機関が提供するTNEの質保証に関する責任分担や基準、協力体制、及び「受入国」への対応方法について、明確なガイダンスと透明性のある情報の公表を行うよう求めていく、と語っている。
並行して「提供国」側の教育機関は、TNEにおける教育の提供がどのようにモニターされているか、入学を希望する学生にとってアクセスしやすく、理解しやすい方法で明確に公表すべきであると強調している。加えて、グッドプラクティスを広く共有していくことも大切である、と述べている。
手段3:既存のツールの認知度向上と活用の拡大
最後にENQAは、既存のツールや枠組み、ガイドラインの活用を拡大及び強化する必要性に言及している。ユネスコとOECDのガイドラインやQACHEツールキットは、策定から年数が経過しやや古めかしい印象は否めないものの、現在でも有効かつ非常に適切なツールである。しかし残念ながらその認知度は低く、活用もそれほど拡大していない。こうした既存ツールの認知度向上と活用拡大を目指すためには、地域・国・国際的なレベルでのさらなる取組が必要となることも語られている。
◆ESGの改訂に繋がる可能性も
EHEAでは現在、QA-FITプロジェクト(本サイト2023/9/1投稿記事)を通じ現状のESGが将来に向けてふさわしい(=fit)質保証基準となっているかどうか、改訂の可能性を含め検討が進められている。TNEの急拡大は、EHEAのTNE「提供国」がEHEA域外で実施するTNEの質保証に関し、今後ESG内で明示的な言及を含めるべきかどうか、検討する契機にもなっている。
前述のQA-FITプロジェクトの研究では、国際的な質保証連携の枠組みとしてのESGの重要性と価値がステークホルダーによって再評価されていることが浮き彫りになった。このことからENQAは、TNEの質保証についてESGに明示的に組み込むことは、EHEA域外で提供されるTNEの質が域内で提供される教育の質と同等であることを保証するための強力な手段となり得る、と述べて当論考を結んでいる。
原典①:ENQA(英語)
原典②:ENQA(英語)
原典③:ENQA(英語)
原典④:ENQA(英語)
■関連記事まとめ■ (本サイト過去投稿記事より)
1.オーストラリア:TEQSAがトランスナショナル教育(TNE)に関するツールキットを発表
(本サイト2023/5/15投稿記事)
2.225ヶ国・地域で45万人がイギリス大学の学位を目指す:ホスト国での教育の評価も始動
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3.国境を越える教育(TNE)の質をどう保証するか:英国で制度見直し
(本サイト2019/12/16投稿記事)
4.UAE:ドバイ政府が高等教育格付けを発表、17のTNE機関に星が付けられる
(本サイト2019/7/31投稿記事)
5.成長するASEAN諸国-TNEや遠隔教育など、高等教育分野の国際化の進展状況は?
(本サイト2018/5/29投稿記事)
6.ドイツ:国境を越えた教育(TNE)の共通分類枠組み及びデータ収集のためのガイドラインを公表
(本サイト2017/7/12投稿記事)
