欧州:「QA-FIT」プロジェクト第1次報告書―高等教育機関は欧州共通基準をどう見ているか―

 欧州大学協会(EUA:European University Association)欧州高等教育機関協会(EURASHE:European Association of Institutions in Higher Education)は「QA-FIT」プロジェクトの一環として、会員である高等教育機関を対象に「欧州高等教育圏における質保証の基準とガイドライン(ESG 2015)」※1の有効性を現状に鑑み検証するためのアンケートを実施した。欧州41か国に所在する高等教育機関から260件の回答が寄せられ、2023年7月に公開された第1次報告書「Quality Assurance Fit for the Future」 では概ね肯定的な評価がなされている。

※1 大学評価・学位授与機構(当時)による全文翻訳(2016年1月)。欧州高等教育圏内における内部質保証、外部質保証並びに質保証機関に関する基準とその運用のためのガイドライン。(中略)国・地域間の違いを認めた上で共通の質保証基準を設けるもので、各質保証機関の多様性を尊重し、策定されている。(大学改革支援・学位授与機構 「高等教育に関する質保証関係用語集」オンライン版より抜粋)
本サイト「欧州」>「地域レベルの高等教育政策」ページ及び大学改革支援・学位授与機構 「大学質保証ポータル」ウェブサイトも参照のこと。
原典(英語)は欧州高等教育質保証協会(ENQA:The European Association for Quality Assurance in Higher Education)の公式ウェブサイトからダウンロード可能。

◆「QA-FIT」プロジェクトの目的

 正式名称は「Quality Assurance Fit for the Future」(本サイト2022/6/9投稿記事)。エラスムス・プラス2021-2027(本サイト「欧州」>「地域レベルの高等教育政策」ページ)のプロジェクトとして2022年6月に始動した。最初の策定から十数年、2015年の改定からも既に8年が経過したESGが「欧州高等教育圏(EHEA)※2の将来に向けてふさわしい(=Fit)質保証基準となっているかどうか」を2年半かけて検証する取組※3である。

※2 欧州ではボローニャ・プロセスを軸として単位の互換性や学生・教職員の流動性を高めることにより、国境を越えて共同体としての結びつきを強めるためのEHEA (European Higher Education Area)の確立を目指している。国際的な共同教育プログラムやこれらの質保証における取組についても、国を越えた枠組みや制度が共同で策定されている。
ボローニャ・プロセス及びEHEAでの取組については本サイト「欧州」>「地域レベルの高等教育政策」ページも参照のこと。
※3 プロジェクトは2024年11月まで。詳細は本プロジェクトを主導するENQAのプロジェクト・ウェブサイトも参照のこと。

◆ESGの再点検-プロジェクトの概要

 欧州の高等教育分野では現在、オンライン教育(本サイト2022/3/11投稿記事)やマイクロ・クレデンシャル等の取組(本サイト2022/5/10投稿記事)が急拡大しており、ESGの枠組みが高等教育の最新動向やイノベーションに対して質保証の対応力を制限してしまっているのではないか(to limit the responsiveness of quality assurance)という議論が巻き起こっている。
 本プロジェクトではこうした議論を踏まえ、以下の項目に重点をおいて検証が進められている。

  ①EHEAにおける内部質保証及び外部質保証の現状を把握
  ②高等教育の新たな展開に対応する質保証活動のあり方を模索
  ③ESGを批判的な視点で評価
  ④EHEAにおける質保証の将来についての展望を収集

 質保証の主要なステークホルダーである高等教育機関・学生・質保証機関・各国省庁に対するアンケート調査やそこから得られた知見を踏まえ、活動計画に従い今後5つのフォーカスグループが組織される。本プロジェクトを通じESG改訂の可能性についても検証がなされ、その最終成果は2024年に開催される欧州高等教育大臣会合(於:アルバニア)(本サイト2021/1/8投稿記事)に向けた議論に反映される。

◆高等教育機関の「声」-第1次報告書の概要

 EUAとEURASHEは高等教育機関を代表する立場として、2022年12月から2023年1月にかけて両組織の会員となっている欧州の高等教育機関を対象に、上記①~④を包含する横断的なテーマでアンケートを実施した※4。その結果が、第1次報告書としてまとめられた。本記事では、報告書の第5章「ESGとその内容に対する各機関の見解」※5に基づき、欧州の高等教育機関が現状を踏まえESGの有効性をどの程度評価しているかに着目する。
 なお本報告書ではESGの記載内容に係る設問への回答のほか、各機関の基本的価値観(ミッション・ステートメントや学生憲章、質保証に関する各機関内でのガイドライン等)についての回答も取りまとめている。加えて、「欧州大学」プロジェクト(本サイト2023/8/14投稿記事)をはじめとする国際共同教育プログラムの質保証に関する設問への回答も掲載している。

※4 260件の回答のうち185件が大学、51件が専門大学/工科大学(実践的・応用的な技術の習得を主眼とする高等教育機関)、24件がユニバーシティー・カレッジや教員養成大学、成人教育機関等。回答機関の所在国や国公私立といった属性の詳細は、第2章を参照のこと。 “2. Characteristics of the survey respondents”; Quality Assurance Fit for the Future (July 2023), EUA/EURASHE (pp. 5-6)
※5 “5. Institutional perspectives on the ESG and their content”(同pp. 16-19)

◆ESGの意義・有効性は

 高等教育機関の回答を見ると、質保証の枠組みとしてESGは質の高い教育・学習を支援し(97%が「同意する」又は「やや同意する」)、高等教育資格への信頼性を支え(同96%)、質保証文化の発展を促進・支援している(同92%)、と高く評価していることがわかる(表1)。

  本報告書は、ESGが果たす役割の有効性についての回答もまとめている。表2に示すとおり、ESGの役割として最も有効であると回答があったのは、外部質保証・内部質保証の双方におけるガイダンス提供である。ESGが提供するガイダンスが「とても有効」又は「十分に有効」と回答した高等教育機関は、外部質保証・内部質保証ともに全体の98%という高い割合となっている。
  加えて、質保証に関する共通理解を全てのステークホルダー間で醸成する役割としてのESGについても、「とても有効」「十分に有効」と回答した機関は、合わせて94%に達している。欧州レベルでの高等教育機関間の信頼を高める役割についても、「とても有効」「十分に有効」であると回答機関の97%が述べており、ESGが果たす役割の有効性を非常に高く評価していることがわかる。

◆ESG改訂への提言となるか

 今回のアンケートでは、昨今のESG改訂に関する様々な意見について高等教育機関としてどう考えるか、といった質問もなされた。報告書では、得られた回答から一つの結論を導き出すことは難しいとしながらも、ESGがステークホルダーに対しより多くのガイダンスを提供すべきである、という改訂への意見に大多数の機関が同意していると述べている。
 一方で、ESGをより中核的な基準のみに絞り込むという考えや、ガイドライン部分をなくし基準のみで構成する、という改訂への提案には高等教育機関は明確に反対していることが示された。とりわけ「ESGはもはや不要である」という意見には、ほぼ全ての高等教育機関が反対した、と記している。本報告書は、これらの回答は高等教育機関がESGの明確性・適用性・有用性を高く評価していることを証明している、と述べている。併せて、アンケートを通じ高等教育機関側から提案された変更点や改善点は概して軽微なものであり、総合的に勘案すると高等教育機関の視点からESGはその目的を十分に果たしている、と結んでいる。

◆今後の展開:最終成果発表に向けて

 「QA-FIT」プロジェクトチームは、高等教育機関のみならず学生・質保証機関・各国省庁に対するアンケート調査結果も検証の上、今後さらに踏み込んでESGに代わる質保証のアプローチを開発する余地があるかどうか、より深くステークホルダーと協議し考察を進める。プロジェクト終了の2024年秋までに最終成果物の刊行及び政策への提言が行われ、ブリュッセルで最終成果発表のための会議が開催される予定である。

原典①:欧州大学協会(英語)
原典②:欧州大学協会(英語)

◎関連記事まとめ -QA UPDATES過去の投稿記事より­-

1.欧州:高等教育質保証基準の検証プロジェクト「QA-FIT」始動へ―新時代にふさわしい基準とは
(本サイト2022/6/9投稿記事)

2.欧州質保証ガイドライン(ESG)の検証プロジェクト:政策立案者に向けた提言
(本サイト2018/9/13投稿記事)

3.「欧州高等教育圏における質保証の基準とガイドライン(ESG)」の改定案が公表
(本サイト2014/12/22投稿記事)

4.「欧州高等教育圏における質保証の基準とガイドライン(ESG)」が改定予定
(本サイト2014/4/18投稿記事)

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