2020年11月19日、European Higher Education Area (EHEA)(欧州高等教育圏)大臣会合が史上初めてオンラインで開催され、ホスト国のイタリアを含む49カ国※1の代表者が参加した。本会合では今後10年間の欧州高等教育政策の指針となる共同声明(ローマ・コミュニケ)がまとめられた。共同声明では、コロナ禍においても全ての学生が質の高い高等教育を受けられるようにすること、高等教育機関が社会問題の解決に取り組めるように適切な支援を行うこと、そしてこれらの実現のためにEHEA内でより効果的に連携し、緊密に対話を行うこと等が示された。なお、次回の会合は2024年にアルバニアで開催される。
【ローマ・コミュニケの内容(抜粋)】
1)EHEAのビジョン
共同声明の冒頭、「EHEAは学生、教職員及び卒業者がそれぞれ修学、教育及び研究を行うための自由な移動が保証された圏域」とのビジョンがあらためて示され、それを実現するために、2030年までにインクルーシブ(inclusive)※2で革新的(innovative)かつ相互接続された(interconnected)EHEAとなるよう取り組んでいくことが掲げられている。
特に、2030年までに達成を目指すSDGs(持続可能な開発目標)において高等教育の果たす役割の重要性などが強調されている。
2)ビジョンの実現に向けて
EHEAのビジョンの実現に向けて取り組むべき“Inclusive”, “Innovative”, “Interconnected”の各要素について、その趣旨や取組の方向性、今後の検討事項等がまとめられている。
① “Inclusive”(インクルーシブ)
社会的事情に関わらず全ての人に平等な教育機会を提供する、高等教育の社会的包摂性はEHEAの中核である。そのため、EHEAはデジタル技術によりもたらされる新たな機会を大いに活用し、ソーシャル・インクルージョンの推進と教育の質の向上に取り組む。その際、倫理的基準や人権の保証が不可欠である。EHEAはボローニャ・フォローアップ・グループ(Bologna Follow-up Group : BFUG)※3に対し、すべての学習者がそうした新たな技術の恩恵を得る方法を提案するよう要請する。
また、EHEAにおける高等教育の社会的側面に関する原則等をまとめた「Principles and Guidelines to Strengthen the Social Dimension of Higher Education in the EHEA」を採択し、各高等教育機関が機関内部やミッションにEHEAの社会的側面を取り入れられるように支援していく。
このほかに、学生の権利を法的に保護することの重要性に鑑み、EHEAはすでに多くのEHEA諸国で導入されている学生オンブズマン制度※4などの取組を支援する。
② “Innovative”(革新性)
EHEAは、高等教育機関が社会的課題の解決に取り組むことを支援する。また、ボローニャ・プロセス当初からの発想である、柔軟で開かれた学習経路に対する社会からの需要の高まりを受け、多くの高等教育機関では通常の学位課程に加えて、より小さなまとまりの学習を提供し、人々の生涯学習に寄与している。EHEAは、マイクロクレデンシャルにつながる学習を含め、より小さなまとまりの柔軟な学習が高等教育機関でどのように/どの程度、定義・開発・実施・承認できるのか、その調査をBFUGに要請する。また、EHEAは高等教育機関の学習、教育、研究等の諸活動におけるデジタル技術の活用を支援するとともに、すべての人にデジタルスキル等が身につくよう支援する。開かれた学術・教育の発展に向け、知識やフリーライセンスの資料の交換が普及するよう取り組む。
加えて、「Recommendations to National Authorities for the Enhancement of Higher Education Learning and Teaching in the EHEA」を採択し、EHEAは高等教育機関が学生中心の学習・教育を実施できるよう支援する。
③ “Interconnected”(相互接続性)
協力とモビリティの意義、そして学生等の物理的な移動によるメリットを認識の上、新型コロナウイルスに関係なく、EHEAの卒業者の少なくとも20%が海外での留学等の経験をもつという目標を再確認する。加えて、全ての学習者がカリキュラムの国際化や本国機関にいながらデジタル技術等を用いた国際的な経験を通じて国際的・異文化的コンピテンシーを修得できるよう取り組むとともに、授業の形式(対面、オンライン、またその併用)を問わず何らかの形でモビリティを経験ができるよう取り組む。
デジタル技術は安全で、効率的で、透明性のあるデータ交換を促進するものであり、(学習・資格の)承認、質保証、モビリティの向上のためにはデジタル化に関する共同の取組が必要である。EHEAは、プライバシーと安全性に十分配慮したデジタルシステムの相互運用や学生・教育機関データの交換を強化するため、既存の取組や新たな策の洗い出しをBFUGに要請する。
こうした取組を推進するには、高等教育機関間の強固な連携が重要であり、連携を阻害する要素の排除に国として取り組む。欧州大学構想(European Universities Initiative、本サイト2019年7月24日掲載記事)の下に構成された大学間の協力関係は一つの目指すべき姿である。
3)過去に採択された取組の今後の方針
前回(2018年)の会合(本サイト2018年6月19日掲載記事)で採択された今後注力する3つの取組(Key Commitments)について、これらの取組が着実に実施されており、引き続き取り組んでいくことが確認された。
①資格枠組と欧州単位互換制度(ECTS)
②リスボン規約とディプロマサプリメント
③欧州高等教育圏における質保証の基準とガイドライン(ESG)に基づく質保証
資格枠組
EHEAの資格枠組(QF-EHEA)と互換性のある各国資格枠組(National Qualifications Framework: NQF)の策定とさらなる発展に取り組む。(※詳細はこちらの記事(本サイト2021年1月28日掲載記事)を参照のこと。)
リスボン承認規約
ユネスコの高等教育の資格の承認に関する欧州地域規約(通称:リスボン承認規約)の実行を推進し、EHEA外で取得された学位等の資格や学習歴について共通の評定基準と報告を使って規約の原則を適用する。その際リスボン承認規約委員会や国内情報センター等(ENIC及びNARIC)のネットワークと協力する。
資格の自動承認
学生、教職員、卒業者の自由な移動を実現するために、EHEA内で学位等の資格や学習歴の自動承認(automatic recognition、本サイト2020年4月20日掲載記事)を行えるようにする。ESGに準拠した質保証が行われ、国の資格枠組が稼働しているEHEAの国々においては、自動承認を制度化できるように必要な法令の改正を行う。また、自動承認を促進するために、ブロックチェーンといった安全性が保証されたデジタル認証・コミュニケーションシステムの導入や、欧州の質保証機関による外部質保証結果のデータベースであるDEQAR(Database of External Quality Assurance Results)(本サイト2020年3月13日掲載記事)のさらなる発展を奨励する。
難民等に対する資格の承認
学習歴等の証明書類を持たない難民等に対し公平な資格の承認を保証するため、関係規定や取組の見直しを行う。また、「難民のための欧州資格パスポート」(本サイト2019年4月1日掲載記事)のさらなる活用を支援する。
質保証システム
各国の質保証システムがESGに準拠した形で実施されていることを認識する一方、EQAR登録機関の国をまたぐ質保証活動や共同教育プログラムの質保証に向けた欧州アプローチ(本サイト2017年12月22日掲載記事)の実行上の課題を含め、質保証システムをESGに準拠させる際にいまだ残る障害の排除に取り組む。また、各国の国内での質保証活動と同等の基準でEHEA内の国境を越えた教育の外部質保証も実施できるよう取り組む。学習経路の柔軟性・開放性やより小さなまとまりの学習単位等に対する需要の観点からは、高等教育とその質保証の革新性を支援するためにESGの活用を推奨する。
原典:EHEA Rome 2020(英語)
※1 今回の会合よりサンマリノ共和国が新たにEHEAに加わった。
※2 すべての学習者が平等な高等教育への進学機会を持ち、学習や訓練を修了するために十分な支援を受けられる状態を指す。
※3 教育大臣会合の間の期間におけるボローニャ・プロセスや共同声明の実施状況を監督する組織。
※4 例えばスウェーデンのカロリンスカ医科大学では、学生団体に雇用された学生オンブズマン(student ombudsperson)が、学生が抱える不満・問題について独立した立場から相談に乗り、適宜大学が適切な措置を行っているか調査を行っている。
(参照)https://education.ki.se/student-ombudsperson