オーストラリアでは、高等教育への入学から就職までの学生の経験に対する学生調査「Student Experience Survey:SES」を2012年から毎年実施している。調査の結果は報告書にまとめられ、専用ウェブサイト「QILT(Quality Indicators for Learning and Teaching)」に掲載される。2023年6月、2022年の学生経験調査の結果が公表された。
■QILTの調査とは
QILTは高等教育における質の向上と学生や保護者のより良い進路選択を支援する目的で、高等教育機関の学生を主な対象として実施される包括的な一連の調査である。オーストラリア国立大学傘下のSocial Research Centre社が政府からの委託により実施している。これらの調査は、オーストラリアにおける全ての高等教育機関が対象であり、回答は任意となっているが学生・卒業生・雇用者合わせて毎年40万人以上が回答している。
QILTの調査は、学生経験調査のほかに卒業生成果調査(Graduate Outcomes Survey: GOS)、卒業生成果調査(縦断的)(Graduate Outcomes Survey – Longitudinal: GOS-L)、雇用者満足度調査(Employer Satisfaction Survey: ESS)で構成されている。調査結果はオーストラリア高等教育質・基準機構(TEQSA)によるリスクベースの規制・監督※1におけるデータの一つとしても活用されている。
※1 TEQSAによる規制・監督の詳細については当機構発行「諸外国の高等教育分野における質保証システムの概要 オーストラリア」のP. 40-43を参照のこと。

QILTの調査の種類と実施のタイミング
出所:“2022 Student Experience Survey Methodological Report” Appendix 7 より引用
■学生経験調査の概要
調査内容は、次の5つの領域※2ごとに質問項目を設けており、調査はオンラインで行われる。
・教育の質(Teaching Quality)
・学習者の参画(Learners Engagement)
・学習資源(Learning Resources)
・学生支援(Student Support)
・スキル開発(Skills Development)
調査結果は、国内高等教育機関に在籍する学部生・大学院生(留学生を含む)のデータをまとめた学生経験(Higher Education Student Experience)と留学生経験(International Student Experience)の2つに区分され、ウェブサイト上では報告書が個別に公表される。2022年の調査には、オーストラリアの全42大学に加え、99の大学以外の高等教育機関の計141機関(2021年は139機関、2020年は133機関)が参加し、約23万4千人の学生が回答した(回答率37%)。留学生に目を向けると、141機関のうち留学生を受け入れているのは129機関であった。
学部留学生は学部生の全回答の約17%を占め、5か国(中国、ネパール、インド、ベトナム、マレーシア)出身者からの回答が留学生の回答全体の約60%を占めている。
調査結果の詳細については、QILTウェブサイトの報告書を参照のこと。本記事では、学部留学生経験の調査結果内容をいくつか抜粋して紹介する。
なお、本調査の対象は以下の通り。
▷国内学生(Domestic students)
以下のいずれかの保持者を指す※3。
オーストラリア市民権、ニュージーランド市民権、(これらいずれかの市民権と他の国籍の二重国籍を含む)、永住権 永住人道ビザ
▷留学生(International students)
国内学生以外の学生を指す。
オーストラリアにおいて留学生は、国内(on-shore)で学習する学生とともに、国外(off-shore)で学習する学生(遠隔教育で学習する学生、国外に所在するオーストラリアの教育機関で学習する学生等)を含むが※4、本調査では、国内で学習する留学生を対象としている。なお、2020年以降は、オーストラリア国内での学習を予定していたが、新型コロナウイルス感染症の影響により、国外に所在し、オンラインで学習する学生を含む※5。
※2 「教育の質」の領域には「教育経験全体の質」も含まれる。ただし、一部のセクションでは5つの領域に加えて「教育経験全体の質」という項目が個別に記載されている。
※3 オーストラリア国立大学の定義を参照。
※4 Australia Government Department of Educationの定義を参照。
※5 2022 SES Methodology Reportの2. Sample preparation pp.1, 4-6を参照。
【主な調査結果】
・2021年以降、学部レベルにおいて、「教育の質」、「学習者の参画」、「教育経験全体の質」に対する留学生の肯定的な評価の改善の程度が国内学生と比較して大きい。
2020年には、新型コロナウイルス感染症への対応として、新たな学習の提供形態や体制の整備が進められた。このため学部レベルにおいて、留学生による肯定的な評価は前述の5つの全ての領域で大きく低下した。しかし、2021年以降改善が見られ、留学生については、国内学生と比較して改善の程度が大きく、「教育の質」及び「学習者の参画」に対する肯定的な評価はそれぞれ80.2%、61.5%とこれまでで最も高い割合となった。
また、「教育経験全体の質」についても、留学生の肯定的な評価の改善の程度が大きく、国内学生との差が縮まっている。

「教育の質」について肯定的に評価した学生(学部生)の割合(国内学生・留学生別)
出所:2022 SES International Key Findings (P.3)より引用

「学習者の参画」について肯定的に評価した学生(学部生)の割合(国内学生・留学生別)
出所:2022 SES International Report Figure 4 (P.5)より引用

「教育経験全体の質」について肯定的に評価した学生(学部生)の割合(国内学生・留学生別)
出所:2022 SES International Report Figure 2 (P.4)より引用
・学部レベルにおいて、国内で学ぶ留学生の約94%がオーストラリアでの生活経験を肯定的に評価。一方で生活環境や経済状況が学業に悪影響を及ぼしているとの回答割合がコロナを境に上昇
国内で学ぶ留学生がオーストラリアでの生活経験を肯定的に評価した割合は2010年の86%から着実に上昇し、2018年には89%、そして2020、2021年においても数値を上げ、2022年では約94%と高く評価されており、コロナの状況下においても留学生のオーストラリアでの生活経験には悪影響を及ぼさなかったことを示唆している(なお、国内で学ぶ予定だった留学生がコロナ禍において国外で学ばざるを得なかった場合の調査回答は、生活経験の結果からは除外されている)。
一方で、生活環境及び経済状況が学業に悪影響を及ぼしたかという項目については、2019年以前は留学生と国内学生間の差がなく20%台で推移していたが、2020年には「悪影響を及ぼした」との回答が留学生の間で40%台に急増し国内学生との差が拡大した。2021年以降改善が見られるものの依然として留学生の方が高い数値となっている。
(参考)オーストラリアにおけるコロナ後の留学生数※6の推移
2023年7月に公表されたオーストラリア統計局のデータによると、同年5月には43,950人の留学生が来豪した。これは前年同月より19,200人増加、コロナ前の2019年5月の水準を28%上回る数である。
※6 短期(1年未満)、長期(1年以上)を問わず学生ビザを保有している留学生の数(旅行者が「教育」を主な渡航理由として自己申告した場合とは異なる)。
原典①:Ministers’ Media Center(英語)
原典②:Universities Australia(英語)
原典③:QILT(英語)
【参考:QA UPDATES関連記事】
・留学生受入れ再開と国民のスキルアップ:教育政策で経済回復を目指す
(本サイト2022/1/13掲載記事)
・豪州で2015年度全国学生調査(SES)の結果が公表
(本サイト2016/3/31掲載記事)
・学生満足度や就職状況を反映したポータルQILTが始動
(本サイト2015/10/5 掲載記事)