UNESCOが報告書「高等教育の変革―構想とアクションのためのグローバルな協力―」を発表

 UNESCO(国際連合教育科学文化機関)は2026年3月12日、高等教育の変革のロードマップである報告書「高等教育の変革―構想とアクションのためのグローバルな協力―(Transforming higher education ―Global collaboration on visioning and action)」を公表した。本報告書は、高等教育機関と高等教育制度の改革を進めるために作成されており、気候変動、生物多様性の喪失、健康危機、長らく続く不平等、破滅的な結果をもたらす武力衝突、AIの進展を含む科学技術による破壊、民主主義の後退、経済の課題、急速に変容する労働環境といった現代的な課題に対応するために、高等教育機関の研究、教育、コミュニティへの関与における批判的理解、科学の専門知識、創造性が重要な役割を果たすという理解のもと、高等教育の将来にわたっての「原則」とともに、新たなあり方に向けての「変革項目」を提起している。

■本報告書策定の背景

 UNESCOが10年に1度開催する、多国間による政策対話、審議、ピアラーニング、議題設定の場である世界高等教育会議(WHEC)が2022年、スペイン・バルセロナで開催され、本ロードマップの草案に当たる報告書「限界を超える:高等教育の刷新への新しい途 -Beyond limits:New ways to reinvent higher education-」(以下、WHEC2022報告書)が公表された。その後、WHEC2022報告書に対し、世界中から約15,000人が携わる250件の会議が開催され、1,500件の意見、250件の成果物が寄せられた。これらを基にWHEC2022報告書が改訂され、本報告書の公表に至った。以下では、今回の報告書に基づき、「原則」と「変革項目」についてポイントを紹介する。

■報告書のポイント

◇原則(高等教育の将来を変革する先導的原則)

以下の7つの高等教育の変革の「原則」は、高等教育が有する価値に基づくものであると同時に、高等教育が取り組むべき根本的な改革を示すものである。

1. 公平性と多様性のための資源

高等教育は、性別、所得、人種、宗教、障害、居住地、国籍等の全ての形態の差別を根絶すべきである。そのためには適切な公的資金の支出により、住居、交通費、保険等の項目も含めて、学生が経済的に高等教育機関で学べる環境を作る必要がある。また、世界の多様なコミュニティの存在を反映するような、バックグラウンドの異なる学生を呼び込むことで、高等教育機関の多様性を確保し、深い学びにつなげることに努める。

2. 学習・教育・研究・国際的協力の自由の促進

高等教育の意義は、自由な探求と開かれた議論という学術の伝統の上に成り立っている。大学やその他の高等教育機関は、自律的であり、かつ公共の、共同の討議のための空間を提供する。

3. 探求、批判的思考、創造性の強化

高等教育の基礎は探求と研究にある。真理の探求と倫理的判断の促進は、すべてのレベルの学習の中核をなす。ここにおいて批判的思考は不可欠である。同時に、こうした批判的、分析的厳密さの促進は、従来にない解決につながる創造性とイノベーションを妨げるものであってはならない。

4. 人間中心のデジタル技術とAIの利用へ

世界に存在する格差を広げるのではなく、むしろ持続可能な開発を促進し、高等教育セクターやより広い人々の倫理規範を確立するような、デジタル技術の倫理的な利用を普及すべきである。

この原則で指摘されているのは、学問の入り口に立つ初心者の学生が、生成AIを無批判に使用することで、能力を落としてしまうケースである。これと反対のケースとしては、専門家が生成AIを含む新たな技術を使いこなし、能力が増強されることも想定されている。このように、元々の能力に差があるユーザーが、それぞれのやり方で生成AIを使用することにより、能力の差がさらに開き、AIの使い方による不平等が増長されてしまうことが懸念されている。

5. 協力と連帯の精神の重視

高等教育全体の目的は、人類共通の課題(気候変動、経済格差等)に対応するための、高等教育機関の集合的な知、また個々人が有する知を構築することであるべきである。このような課題に対応するためには、高等教育機関間の協働と連帯がその特徴となるような劇的な方向転換を行う必要がある。そのためには、高等教育機関間の競争ではなく、協力と連帯の精神が重要である。

6. 地球環境の持続可能性、保全、回復という主軸

プラネタリー・バウンダリー※1に納まるような持続可能な生活への移行のための国際的な取組みを先導すべきである。そのためには、オープンサイエンス※2や社会に開かれた知識などが鍵となる。

7. 質、卓越性、適切性に対する理解の進化への支援

表面的な卓越性を追求するためのランキングや、ランキングに結びつくような外発的な指標に基づいた質の向上を目指すのではなく、研究者の自由な意見交換や、地域に役立つような高等教育の質を追求するための高等教育機関間の連携を通じて、真の質や卓越性を向上させるべきである。

この原則で指摘されているのは、国際的な大学ランキング、順位表、競争的資金の仕組みが、政策立案やアカウンタビリティの根拠となりうる一方で、必ずしも期待されるような質と卓越性の向上にはつながらないということである。これまで述べてきた公平性や多様性、国際協力、創造性、人間中心のデジタル技術、環境問題といった「原則」から分かるように、高等教育には複合的な分野での「卓越性」が求められている。大学等高等教育機関は、文化的多様性を尊重することや、自由な研究・表現の場を保障することなど、卓越性に対し幅広い役割を担っている。

※1:プラネタリー・バウンダリーとは、産業技術総合研究所によると、「人間の活動は、気候変動や大気汚染、生物多様性の喪失など、さまざまな形で地球環境にマイナスの影響を与えていることが近年明らかになってきている。これらの問題は互いに複雑に関係し合い、いったん進行すると元に戻すのが困難であることが懸念されている。そうした「越えてはならない限界」を示す概念。」と説明されている。
※2:UNESCOによると、「オープンサイエンスは科学と社会のために科学技術分野の協力と情報共有を促進し、多言語による科学技術の知識を誰でも取得・アクセス・再利用ができるようにし、科学技術の知識創造・評価や、伝統的な科学技術のコミュニティの枠を超えて社会的なアクターとのコミュニケーションのプロセスを開かれたものにするものである。」と説明されている。

◇変革項目

以下に、高等教育の新たなあり方に向けての行動のための変革項目の概要を示す。

【高等教育制度について】

○ 高等教育セクターは、排外的なマインドセットから、開放的・包摂的なパラダイムへの転換が必要である。大学を、一部の特権的な人のものと位置付けるのではなく、より多くの人々がアクセスできるようにし、多様な世界観や社会経験が大学での学習環境に反映されるべきである。
 高等教育セクターにおける名声や評判への固執という傾向の改善にも取り組む必要がある。入学選抜の厳しさが卒業時に得られる知識や能力が高いことと同じであるとみなされるべきではない。また、学生と高等教育機関の関係性は多様であり、学生が能力を高める環境も多様である。ある学生に適切な環境であっても、他の学生にふさわしいとは限らない。

○ 序列・競争・分断から、柔軟で調和のとれた高等教育制度への転換が必要である。
 不必要な序列、競争、分断は、しばしば、高等教育制度のポテンシャルを実現する上での妨げとなっている。この問題に対応するには、高等教育機関の多様化が不可欠である。 柔軟で調和のとれた高等教育制度への転換は高等教育機関間の協力につながる。機関間の協力には、共同学位、共同研究、地域連携を含め、多様な形態がある。また、研究者、教員、学生は一つの機関にしばられる必要はなく、機関横断的に活動することで、より多くの成果が得られる。こうした協力は国境を越えても存在する。

【高等教育機関について】

○ 個々の高等教育機関は、伝統的な「教育の最終段階」としての高等教育という狭い視点から、既修得学修の承認、柔軟な学修への途等を通じた生涯学習志向へと移行する必要がある。そのためには、短期的なプログラムやマイクロクレデンシャルの学習コース、パートタイムの学習オプションなども、従来の長期の学位を補完するものとして組み入れる必要がある。

○ 大学のキャリアサービスは、労働市場のニーズに受け身に対応するのではなく、よりダイナミックに、大学と産業、地域、社会セクターを結びつけるものであるべきである。大学は産業や地域の課題解決に積極的に取り組む必要がある。こうした取組みを通じて、大学は、起業や事業創出を支援し雇用創出を促す可能性もある。

○ 学問分野固有の伝統がなくては高等教育は成立しないが、学問分野に属する学生や研究者が狭いやり方にとらわれ、広い世界との接点を失ってしまうことが危惧されている。包括的な教育と探求は、学問分野内や分野を越えた(例えば、自然科学と人文学)コミュニケーションや意見交換の重要性をその中心に据えるべきであり、教育と学習によって生み出される知識が実社会で有用となることを目指すべきである。

【学生への教育について】

○ 教育・学修のアプローチも、伝統的な講義中心のものから、インターンシップや関連する実践経験も含む、アクティブラーニングやプロジェクト学修への転換が必要である。

○ これからは、学生は地元に留まりながら、地元の課題を世界的な視野で解決するような学びに転換していく必要がある。気候変動といった差し迫る課題に対し、学生も研究の一翼を担うものとして迎え入れることで、世代を超えたリーダーシップがもたらされるようにする。

■今後の展望

 UNESCOは、本報告書の結びの章で、WHEC2022報告書においても掲げられたメッセージとして、「高等教育は未来を創造する。そのために、最良の状態としては、民主的、包摂的、持続的、再生可能な方法で、中心的な役割を果たすこととなる。」と指摘している。併せて、本報告書を基に、更なる政策対話、著述、議論、実際の行動が求められると提言している。

原典①:UNESCO(英語)
原典②:UNESCO(英語)
原典③:UNESCO(英語)※報告書本文へのリンク

◎関連記事まとめ

(1)「UNESCOが高等教育の国際的トレンド(包摂性や質等)についての報告書を公表」
   (QA UPDATES 2026/6/10投稿記事)

(2)「高等教育の「基本的価値」の実践に向けて:欧州高等教育圏大臣会合2024」
   (QA UPDATES 2024/8/7投稿記事)

(3)「世界:G20各国のブレンド型教育に関する政策とSDG4達成に向けた展望を公表」
   (QA UPDATES 2022/3/3投稿記事)

(4)「ユネスコ総会、世界規約を採択―高等教育資格の承認を推進」
   (QA UPDATES 2020/1/23投稿記事)

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