欧州最大規模の国際的学生組織の一つ、エラスムス学生ネットワーク (ESN:Erasmus Student Network)は、2023年5月から8月上旬にかけて留学に関する調査「第15回ESNアンケート(ESNsurvey XV)」を実施した。アンケート結果の速報値に基づき、ESNは2023年7月下旬、公式ウェブサイト上で「欧州議会へ向けて‐エラスムス・プラス2021-2027実施報告書:ESNからの貢献」※1を発表した。
◆エラスムス学生ネットワーク=ESNとは
初期エラスムス・プログラムのレビューを発端として1989年10月に発足した非営利留学生団体で、欧州における国際的な学生交流の支援と発展を目指し「学生が学生を手助けする」という理念のもと活動している。2023年現在、40か国・1,000以上の高等教育機関から約15,000人の会員が参画し拡大を続けている。文化の相互理解や自己啓発の機会を提供することを使命とし、主に留学生支援を行うバディと呼ばれる約4万人の若者が、毎年約35万人の留学生をサポートしている。
◆「第15回ESNアンケート」概要
ESNは2005年から継続的に、エラスムス・プログラムのモビリティ(留学)に関する学生による学生へのアンケートを実施しており(本サイト2016/1/19投稿記事)、今回が15回目となる。学生主導のデータ収集としては欧州最大規模で、欧州における留学生の動向や留学経験を忠実に映し出す調査の一つとされている。第15回は2023年5月29日から8月1日まで、留学に関心をもつすべての学生を対象にオンラインアンケートで実施された。7月下旬の速報値では、2021年以降にエラスムス・プラス2021-2027のプログラムに参加し留学を経験した学生から12,000件以上の回答があった。また、エラスムス・プラスに限らずまだ留学を経験していない学生からも2,500件以上の回答が寄せられている。
本報告書は、今後予定されている欧州議会によるエラスムス・プラス2021-2027の実施報告書及び中間評価※2に役立ててもらうことを目的としている。そのため、今回のアンケートでは、エラスムス・プラス2021-2027が目標として掲げている留学へのアクセス向上や包摂性、地域社会との連携、持続可能性、デジタル化の促進(本サイト2021/6/18投稿記事)といった項目について、学生の視点を通してどの程度達成されているかを重点的に調査している。ESNは結果速報値を基に、始動から2年が経過した当該プログラムの課題を整理し、本報告書内で提示している。
※2 欧州議会は2023年7月、中間評価に先立ちエラスムス・プラス2021-2027を含む4つのEUプログラムの初期実施報告書Early implementation of four 2021-2027 EU programmes(European Parliamentary Research Service, Ex-Post Evaluation Unit, PE 747.442 – July 2023)を公開している。
◆浮き彫りにされた課題とESNによる解決策の提案
アンケート結果からは、次のような課題が浮き彫りとなった。ESNは課題に対する解決策も同時に提案している。
✓地域社会への参画※3が希薄
⇒留学先の地域コミュニティでボランティア活動に参加した学生はわずか10%
[ESNによる解決策の提案]
現地での学生組織や同窓会組織への組織的な支援を行うこと、ボランティア活動の機会の認知度向上、学習プロセス追跡のためのツールの強化が必要である。活用できるツールの一つとして、ラーニング・アグリーメント※4が挙げられる。現在、ラーニング・アグリーメントには留学先で受講したコースのみが記載されるが、ボランティア活動をはじめ地域社会への参画を通じて留学先で実際に身に付けたコンピテンシー※5も含めて記述することが重要と言える。
※3 欧州委員会はエラスムス高等教育憲章(ECHE: Erasmus Charter for Higher Education)2021-2027ガイドライン (p.10) において、優先課題として留学前・留学中・留学後を通じ学生や教職員の積極的な市民参加の促進・奨励に取り組むことを高等教育機関に求めている。
※4 留学準備の透明性及び効率性を向上させ、学生が海外で成功裏に修了した活動の認定を行うために作成する文書。留学開始前に、学生、派遣元・受入先の(高等)教育機関や組織・企業の承認を得なければならない。留学中に学生が習得することが期待されるすべての学習成果を盛り込み、事前・事後の承認を得ることで、それ以上の認定要件を満たすことなく、海外で修了した学業又は研修の認定を受けることができる。詳細はエラスムス・プラス公式ウェブサイトを参照のこと。
※5 知識や技能を有することに加えて、様々な心理的・社会的なリソースを活用して、特定の文脈の中で複雑な要求(課題)に対応することができる力を指すことが多い。(大学改革支援・学位授与機構「高等教育に関する質保証関係用語集 オンライン版」より抜粋)
✓留学手続きにおけるオンラインの活用が停滞
⇒全ての手続きをオンラインで完了した学生は39%
⇒プログラムへの応募にエラスムス・プラス・アプリ※6を使用した学生はわずか3%
[ESNによる解決策の提案]
学生にとってエラスムス・プラス・アプリが利便性の高いツールとなるよう、ESNはより一層アプリの普及促進・機能性向上に焦点を当てて活動する。アプリの有効活用が、プログラム実施プロセスの質向上にも繋がるよう働きかけていく。
※6 エラスムス・プラス2021-2027のプログラムに関する情報やサービスを参加者及び参加希望者に提供する一元的なアプリ。高等教育機関はアプリを通じプログラム内容や留学プロセスの詳細を発信し、学生は必要な情報を入手し留学手続きをアプリ内で完結できる。詳細はエラスムス・プラス公式ウェブサイトを参照。
✓留学先での履修登録や履修スケジュールに係る障壁、留学先で修得した学習成果(単位)の帰国後の自動承認の不履行
⇒留学開始後、履修登録・スケジュールの組み立て・試験の受験等について継続的に問題に直面する学生は34%
2022年のアンケート結果においても、留学先で修得した単位が派遣元の高等教育機関で全て認定された学生は71%程度にとどまったことを踏まえ、ESNは学習成果の自動承認がなされていない原因を以下のとおり指摘している。
・学位プログラムに柔軟性がない
・協定先高等教育機関との信頼関係の問題
・ある特定の教員によって単位認定するかどうかが決まってしまう
・ECTS※7の取扱いが十分に理解されていない
・留学先で提供される科目(コース)の情報が少なく、留学前のラーニング・アグリーメント作成の段階で適切な支援が受けられない
※7 詳細は本サイト「欧州」>「地域レベルの高等教育政策」ページを参照のこと。
[ESNによる解決策の提案]
高等教育機関におけるエラスムス高等教育憲章(ECHE)※8の遵守状況をモニタリングする機能の強化が必要である。特に単位認定率と留学経験の満足度が低い国において、学生団体が参画するモニタリングを実施すべきである。
※8 エラスムス高等教育憲章(ECHE)2021-2027ガイドラインは、高等教育機関が学生に対し充実した学習・生活支援の提供と質の高い留学経験を担保し、学習成果の自動承認を確実に履行することを求めている。
✓留学へのアクセス向上に資する支援が不足(=包摂性の不足)
ESNが留学未経験の学生にその理由を尋ねたところ、以下のような回答が得られた。
⇒どのような種類のプログラムが提供されているか、情報が足りない(「強く同意」、「同意」合わせて83%)
⇒経済的な困難(同72%)
⇒利用できる奨学金制度が少ない(同62%)
⇒留学申請のプロセスが複雑かつ冗長(同56%)
[ESNによる解決策の提案]
留学未経験の学生の79%が、留学経験のある学生から体験談を聞くことを希望していることから、留学経験を共有する交流会を経済的に支援する必要がある。そのため、各国の学生団体や同窓会組織に資金を配分する仕組みの構築を検討する。
ESNはこうした留学へのアクセス向上、すなわち包摂性の向上を目指す施策が今後も必要不可欠であると述べている。一方、アンケート回答から得られた特筆すべき点として、従来の常識に反し学生は外国語能力の不足や文化の違いを留学の主な障壁とは考えていない点を挙げている。
なお本報告書では、上記のほか、奨学金の受取時期・方法や留学先での住居確保等における課題も提示している。
◆留学の成果
本報告書では、エラスムス・プラス2021-2027のプログラムは上述のような様々な課題を抱えてはいるものの、前身のプログラムの大きな成功を基に知見が蓄積され、学生が横断的なコンピテンシーを身に付けることを効果的・継続的に支援してきたと述べている。同時にプログラムの成功は、学生が留学への参加を決めた主な理由―異なる文化や学習環境について学び、外国語を上達させたいという強い意欲―と密接に関連していると指摘している。
留学を経験した学生の多くは、次のような成果を語っている。
・個人の成長と自信に繋がった
・異文化交流スキル/外国語運用スキルが向上した
・留学先国/地域への理解が深まった
加えて学生は、エラスムス・プラスが提供する留学機会を非常に重要であると捉えており(81%)、同時に自国とは別のEU諸国で生活・就職・学習する機会が与えられていることも重要である(77%)と回答している。
ESNは本報告書の最後に、エラスムス・プラス2021-2027のプログラムに参加することで、学生は自国や出身地域への自身の帰属意識を低下させることなく、EUへの帰属意識も高められていると総括している。留学プログラムへの参加経験が、学生を「欧州の結束に向けた強力な支持者」ならしめるのだ、と述べて報告書を結んでいる。本アンケート調査に係る最終報告書は、全ての回答結果を1年以上かけて詳細に分析した上で刊行される予定である。
原典①:エラスムス学生ネットワーク(英語)
原典②:エラスムス学生ネットワーク(英語)
■過去のQA UPDATES投稿記事■
1.欧州学生ネットワークによる留学生調査-ESNSurvey2015の結果が公開
(本サイト 2016/1/19投稿記事)
2.新型コロナウイルスがもたらした留学への影響-欧州地域に留学する学生へのアンケート結果から
(本サイト 2020/8/13投稿記事)