2020年4月9日、Erasmus Student Network(ESN)は、新型コロナウイルスがもたらした留学への影響について、欧州地域を中心とした調査結果をまとめた報告書「Student Exchanges in Times of Crisis」を発表した。ESNは高等教育の国際化とモビリティに関して欧州地域を中心に、42か国において活動する学生団体である。当報告書は、欧州地域における新型コロナウイルス流行下の留学生の状況や留学生の声をまとめている。
調査の概要
この調査は、新型コロナウイルスによってどのような影響が留学生にもたらされたかを明らかにすることを目的に、次のとおり行われた。
- 回答者は欧州地域で高等教育または職業教育を受ける125か国からの留学生21,930人(予定者を含む)。回答者の81%はEU加盟27か国の出身で、その他の主な出身国はトルコ、セルビア、ノルウェー、英国、ブラジル、メキシコ、ロシア、ウクライナ、米国であった。全体の約90%は、エラスムス+(プラス)のプログラムが実施されている34か国において学位取得を目指す留学生である。なお、留学生の派遣元機関の主な所在国はスペイン(3,978人)、イタリア(2,091人)、ドイツ(2,309人)、ポルトガル(2,433人)であった。
- 調査は、各国のESN、欧州委員会、各国当局・大学を通じて回答者を募り、2020年3月19日~31日に、オンラインで行われた。なお、調査当時の新型コロナウイルスの流行に関する状況は、調査開始前の3月11日には米国大統領による欧州26か国から米国への渡航制限が発令され、調査期間中の同月28日には世界全体の感染者数が60万人に達していた。
調査の結果
調査では、全回答者の37.5%は留学に何らかの問題を抱えていたことが明らかとなった。主なものは、帰国手段、宿舎、食料や衛生用品などの生活用品、医療サービス、ビザに関する問題であった。
- 全回答者のうち、65%が留学を継続しているが、25%については、本人、派遣元又は派遣先の大学、各国当局等によって留学は延期や中止とされていた。なお、「延期や中止」には留学の一時的中止、次学期への延期、留学以外への変更が含まれる。
- 全回答者の50%が回答時点で留学先に滞在中であるとし、今後の予定については、全回答者の42%が留学先での滞在を継続、40%が帰国(帰国済を含む)、4%が留学先で身動きがとれず帰国できないと回答した。一方、 回答者(16,276名)の43.3%が帰国手段を見つけることについて問題は無かったとしている。
- 健康や感染予防策に関する情報の充実度について、回答者(21,449名)の78.1%から肯定的な回答があった。更に、50.2%は新型コロナウイルスの流行について英語やその他の主要言語による情報が十分にあったと回答した。
- 「留学生向けの帰国案内などの旅行情報」については、45.9%が役に立たなかったと回答したのみならず、11.3%はこのような情報を大学等からは受け取らなかったと回答した。また、「留学生の宿舎に対する新型コロナウイルスの影響」に関する情報について、48.2%が役に立たなかったと回答したほか、23.3%はこのような情報を大学等からは受け取らなかったとした。
- 学習計画に関する質問に回答した者(17,125名)のうち、半数はオンライン授業へ完全移行、34%はオンライン授業への部分的な移行又は授業の延期があったと回答した。通常通りの授業が継続されたと回答したのは僅か5%であった。なお、オンライン授業に関して、技術的な問題、教員の準備不足、時差による問題が留学生から指摘されたほか、他の学生との交流ができない、教室での授業とオンライン授業は同等ではないとの声が上がった。
- 留学が中止となった学生を対象として、エラスムス・プログラム参加者に支給される奨学金の取扱見通しに関する質問について、回答者(4,664名)の65%は大学等と連絡を取っている最中であり見通しは不明と回答した。奨学金が全額支給される見込みがあると回答したのは11%、留学していた期間に応じた一部支給になると回答したのは13%であった。また、返金の必要が生じるとの回答が7%あったが、その多くの学生は既に発生している費用もあるため返金は困難と述べている。
高等教育機関等に対する提言(一部抜粋)
この報告書では、調査結果を活用することで個々の留学生とのコミュニケーションを改善できるとし、高等教育機関、各国当局、欧州委員会に対する提言がまとめられている。
- 留学生を対象とした、明確かつ信頼できる情報を英語またはその他主要な言語で発信し、留学生がその情報にアクセスできるようにすること。
- 自国の学生に提供する各種の学生支援は留学生にも利用できるようにすること。
- 留学が中断された場合においても、学生側の権利を含め、宿舎に関する的確な情報を留学生が利用できるようにすること。
- 学生がオンライン学習教材に平等にアクセスできるようにし、利用する学生の多様性が考慮されていること。
- 学生間の交流を促進する学習活動やその他取組を実施すること。
- 新型コロナウイルスがもたらした留学生の流動性に対する影響を測定し、流動性を復旧するための支援体制を構築すること。
- 各教育機関がとった措置について、公平性と多様性の観点から検証し、緊急時の対応において、不利な状況にある学生のための解決策を確保すること。
- 不利な状況にある学生からのニーズに対応するよう、公平性や多様性のある環境及びインクルーシブな環境をつくる措置を大学等が策定する新型コロナウイルスによる影響からの復旧計画に盛り込むこと。
- 新型コロナウイルスがもたらした危機による影響を乗り越えるために、大学、各国当局、学生及び青年団体間の国境や組織を超えた協力を促進すること。
今回、ESNが公表した調査結果からは、緊急時における大学等の留学生への情報提供や支援のあり方をはじめ、多様な留学生に対する公平な支援や、高等教育関連機関や団体間の連携の必要性が強調されるものであった。このような調査は、ポストコロナを見据えた日本の留学生交流大学への示唆も多いと言え、EUのみならず、その他の国・地域において実施される同様の調査動向や結果が注目される。
なお、日本においても、ESNの一部の調査項目と類似する調査が2020年4月に実施されている。留学生教育学会が行った日本に留学する学生に対するアンケートによれば、回答した学生の90%以上は、留学の継続を望んでいたほか、多くは自身の家族も留学の継続を望んでいると回答しており、その割合は73%であった。その一方で、自身の家族が留学中断を望んでいると回答した学生は約20%、家族が帰国を望んでいると回答した学生は2%であった。また、学生からは新型コロナウイルスによって生じた問題として、主に留学費用に関わるもの、健康・精神に関わるもの、学習や進路に関わるものが挙がった。
原典:Erasmus Student Network(英語)
参考:留学生教育学会(日本語)