【イギリス】質の高い教育提供のための持続的な政府財政支援を―質保証機関QAAが提言

 英国高等教育質保証機構(QAA)は、2024年3月20日、高等教育への政府の財政支援の充実を求める政策提言文書「The missing link: Higher education funding and quality」(ミッシングリンク:英国高等教育の財政と質)」を公表した。本文書では、ここ数年のイングランドを中心とする英国の高等教育機関が置かれた財政(funding)面の不安定な状況と、この状況が及ぼしうる教育の質への影響が述べられるとともに、課題解決に向けて政策立案を行う際の原則(QAAが重要と考える点)が示され、この問題に対し政策担当者が高等教育セクターと議論することが促されている。

 QAAは2023年秋以降、国内の政策担当者等高等教育のステークホルダーに向けて、イングランドを含めた英国高等教育の質や質保証の在り方等に関する様々な提言等を「イングランドの高等教育の質の未来(Future of Quality in England)」と題した政策提言シリーズやプレスリリース等の形で自身のウェブサイトから発表している(詳しくは、本サイト2023/12/8投稿記事を参照)。このたび公表された財政と教育の質に焦点を当てた本文書は、この提言シリーズの一環である。※1

 今回の文書の公表にあたり、QAAは、「会員(メンバーシップ)の高等教育機関に対し、質の高い教育の提供に関する様々な支援や研修等の提供を通じて質の維持や向上に関する大学側の効率的な取組を支援しているQAAとして、現在英国で起きている財政を巡る状況は見過ごすことができない。この問題に対し個々の教育機関がそれぞれに対応するのではなく、QAAを含めた高等教育関係者が声をあげ、連携して取り組んでいくことが重要である」と述べている。

 また、QAA広報部長のEve Alcock氏は、「現在、英国の高等教育セクターが直面する財政の不確実性の影響に対する各方面からの強い懸念を鑑みるに、これは単に大学にお金が足りないという問題でなく、イングランドを含めた英国の高等教育の質と国際競争力・国際的な評判に関わる大きな問題でもあることをQAAとして強調する必要があると考えている」とコメントしている。

※1 本文書は過去に発表された政策提言シリーズと同様、主にイングランドの状況について述べたものであるが、QAAは、高等教育機関の財政状況は英国の他の地域(スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)も同様であると分析している。

 本文書の概要は以下のとおりである。

■イングランドの高等教育機関の財政を巡る状況

 イングランドでは、国内の学生から徴収する高等教育の授業料に上限が定められているが(現在、国内の学部学生の場合、年間9,250ポンド(約182万円)※2)、コロナ禍等で生じたインフレのため、実質的には6,585ポンド(約129万円)程度まで目減りし、高等教育機関は少ない財源の中で教育の質を維持してくことを求められ、苦しい立場にあるとされている。

 こうしたなか、留学生向けの授業料には上限が存在しないため、留学生から徴収する授業料収入をあてにし学生受入れを積極的に進める高等教育機関も多いとされているが、留学生の流入に依存した場合、地政学的な情勢や政府の移民政策等の状況に左右されうること、また、すべての高等教育機関が教育研究のための資金不足を穴埋めできるだけの留学生を受け入れられる訳ではないなどの事情から、高等教育機関は財政面の不安定性・非持続可能性というリスクを抱えることになると国内外の高等教育ステークホルダーから指摘されている。

※2 1ポンド=196.37円で計算。以下同様。

■教育の質への影響

 QAAは、まず、質の良い教育の提供には十分な財源が不可欠であるとし、高等教育機関の財源が目減りし、留学生受入れ等の不安定な解決策に頼る状況においては、教育の質の維持や向上に向けた取組、教員の採用や教員への支援、研究費の拠出といった高等教育機関の基本的な役割に悪い影響を及ぼす恐れがあるほか※3、教育のオンライン化・ハイブリッド化等のイノベーションに向けた投資、教育研究における人工知能(AI)の活用や生涯学習推進等の政府の施策に関する長期的な目標や将来計画を立てることも難しくなる、と述べている。

 また、英国の研究型トップ大学の構成団体であるラッセル・グループは、高等教育機関の運営において、長期的な財政面の安定性が確保されないと、短期的な計画のもとでの運営しかできなくなってしまう、と指摘している。

※3 National Foundation for Educational Research (NFER)は、英国における教育政策や実践についての独立した研究機関。NFERの最近の研究によると、2035年までに90%以上の既存の職業において、今より高度な技能が必要となるが、QAAは、高等教育機関が高い質の教育を提供できない場合、労働市場において求められる十分な技能を学生に修得させる高等教育機関の能力が減少すると分析している。

■英国高等教育の国際的評判への影響

 今般の状況は、英国の高等教育の国際的な評判・評価にも影響を及ぼしかねない。高等教育を巡る国際競争が激しくなっている今日、英国の高等教育機関の財政面の不安定とそれが及ぼしうる教育の質への影響は、国家的・文化的・経済的な財産である英国高等教育へのリスクとなっている。また、イングランドの高等教育機関に関する透明かつ最新の情報の欠如、質に対する国際的な懸念と相俟って、英国全体の高等教育セクター(への評価)は潜在的に悪化している。※4

※4 原典にこの部分に関する詳しい説明は書かれていないが、最近のイングランドを中心とする英国の質保証システムを巡る動きやQAAが発表している各種提言等を踏まえると、2023年春に学生局(OfS)がイングランドの高等教育機関の質を一手に管理することとなって以降、これまでQAAが国際通用性のある高等教育質保証のための基準として捉えてきた「欧州高等教育圏の質保証の基準とガイドライン(ESG)」(NIAD-QE国際課まとめ)(教育の質の向上、評価結果報告書の公表を含む情報の透明性、質保証への学生参画等の観点を柱とする)に基づく質保証が実施されていないといった状況を念頭に置いた記述であると考えられる。(本サイト2023/12/8投稿記事も参照)。

■規制システムを巡る課題

 現在、イングランドにおいては学生局(OfS)による規制枠組(Regulatory framework)のもと高等教育機関の質が管理されており、高等教育機関への公的資金の交付も学生局を通じて行われている。学生局による規制では介入的なアプローチ(interventionist regulatory approach)が取られているとの指摘もあり、高等教育機関は規制により罰せられることを恐れている※5。高等教育機関が学生局の規制システムにより透明性を持って対応できる状況を作っていくことが必要であり、そのためには高等教育機関と規制当局の間に信頼関係が構築され、「高等教育の質の向上の支援」というアプローチに基づいて質の管理が行われるようになることが重要である。

※5 学生局については、2023年春に英国議会上院(貴族院)による調査が行われ、その組織や規制アプローチ、業務等に関する課題等を指摘した調査報告書(Must do better: the Office for Students and the looming crisis facing higher education)が同年9月に公表され、英国の大学関係者や主要メディアからは同報告書を歓迎する旨の報道が多くみられた(本サイト2023/12/8投稿記事参照)。なお、同報告書では、英国の高等教育への長期的・持続可能な財政モデル構築に向けた見直しも提言されている。

■課題解決に向けたQAAからの提言

 本文書は、政策担当者が高等教育機関への財政支援に関する政策立案を行う際の原則として、以下を示している。また、これらの点を足掛かりとして今後、政策担当者と高等教育セクターが財政の問題について議論していくことを促している。

  1. 質の高い教育を提供するには長期的な視点での持続可能な財政支援モデルが必要である。モデル構築に当たっては、政策担当者が高等教育セクターの声を聞き、協働することが欠かせない。
    (The delivery of high-quality education requires a long-term sustainable funding model)
  2. 高等教育機関が教育におけるAI活用等の新しい取組や政府が推進する政策を実施するには、教育の質の向上のための十分かつ持続的な財政支援が必要である。
    (New initiatives and government priorities need to be fully funded)
  3. 教育の質の低下を招くことなく高等教育機関が多様な収入源(例えば、留学生受入れや海外高等教育機関とのパートナーシップ等の教育の国際化の取組を通じた収入)を確保していくには、それを支援するための政策的な環境整備が必要である。※6
    (Diversification of income streams should be supported by the policy environment)
※6 提言③のための取組として、以下を含みうるとしている。
  • 英国の高等教育セクターの国際的な評価を高めるため、国際的な動向と協調的であること。※7
  • 教育の質を確保し教育の質に関する透明性を向上させるために、イングランドの質保証システムを国際的に認められ合意された優良事例に沿って再構築すること。※8
  • Graduate Routeビザ※9の見直しによって、海外の学生に不利な決定(ビザ有効期間の短縮等)がなされないこと。

  • ※7 国際的な動向との協調性についてはQAAの別の文書にも見られ、そこで欧州高等教育圏EHEAやボローニャプロセス※10について言及されている。

    ※8 上記QAAの文書には、 国際的に認められ合意された優良事例の例として、質保証の基準として欧州で広く参照されているESGに基づく高等教育の質保証や、欧州質保証機関登録簿(EQAR)について言及されている。

    ※9 Graduate Routeビザとは、英国の大学の学部や大学院(修士課程)を卒業・修了後2年間、また大学院(博士課程)修了後は3年間、英国で就労経験を積むことができるビザのこと。現在、英国内務省によって同ビザ制度の見直しに係る調査がなされている。

    ※10 欧州の学生移動を促進するための学位システムの共通化や欧州共通的な単位互換制度の構築等、欧州の高等教育改革に係る取組。改革に関する一連の流れを「ボローニャプロセス」と呼ぶ。ボローニャプロセスに関する主な合意文書・宣言はこちら(NIAD-QE国際課まとめ)を参照。

    原典①:QAA(英語)
    原典②:QAA(英語)
    原典③:QAA(英語)
    原典④:QAA(英語)

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    (QA UPDATES 2023/12/8投稿記事)

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    (QA UPDATES 2023/9/21投稿記事)

    (3)「新型コロナウイルスの影響でイギリスの大学が財政危機:規制の見直しを図る」
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