オーストラリア高等教育質・基準機構(TEQSA)は、2020年から大学等に対するリスクアセスメントの実施方法を変更した。2020年のリスクアセスメントでは、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、大学等の財政状況の把握を重視した措置が図られている。
【1】新型コロナウイルスがオーストラリアの大学の財政に与えた影響
オーストラリア大学協会の試算によると、新型コロナウイルスの影響でオーストラリアの大学は2020年6月~2023年の間に160億AUD(約1兆2,500億円※1)の収入を損失する可能性がある。その大きな要因として考えられているのが渡航制限に伴う留学生数の減少である。オーストラリアではこれまで受入留学生数が年々増加(本サイト2020年3月31日掲載記事)してきた。高等教育機関の収入に占める留学生の学費の割合も大きく(本サイト2018年9月11日掲載記事)、教育・訓練省が発表した2019年時点の大学の財政データによると留学生の学費は大学の収入の27%(約100億AUD)を占めていた※2。また、メルボルン大学高等教育研究センターの分析によると、留学生数の減少以外にも計画済みの支出、オンライン学習と学生支援への追加支出の必要性、国内学生(特に大学院課程)の学費等による収益の減少が財政不安の要因と考えられるとのことである。
【2】リスクアセスメント枠組の見直し
TEQSAは国に登録済の高等教育機関に対し毎年リスクアセスメントを実施している。オーストラリアの高等教育機関は7年以内に一度受審する定期評価(機関登録、コースアクレディテーション)でTEQSAに高等教育基準枠組(最低基準)の順守を認定されなければならない。TEQSAはリスクアセスメントの結果に応じて定期評価において適用する基準や提出書類の範囲を決めている。
(注)リスクアセスメントの詳細については「諸外国の高等教育分野における質保証システムの概要(オーストラリア:第2版)」pp.41-43を参照。
表1:改定前のリスク指標一覧
学生(Students)に関するリスク指標 |
1. 学生数(Student load) |
2. 退学率(Attrition rate) |
3. 学生の習熟度(Progress rate) |
卒業生(Graduates)に関するリスク指標 |
4. 卒業者数(必要に応じて課程ごとの数値)(Completions (by Undergraduate / Postgraduate Coursework and Higher Degree by Research, as applicable)) |
5. 学生満足度(必要に応じて課程ごとの数値)(Student Satisfaction(by Undergraduate / Postgraduate Coursework and Higher Degree by Research,、 as applicable)) |
6. 卒業後の進路(Graduate destinations) |
教職員(Staff)に関するリスク指標 |
7. 教員幹部(Senior academic leaders) |
8. 学生と教職員の割合(Students to staff ratio (SSR)) |
9. 非常勤教員(Academic staff on casual work contracts) |
財政状況・持続可能性のリスク指標(Financial Viability and Sustainability) |
10. 財政状況(Financial viability) |
11. 財政的持続可能性(Financial sustainability) |
その他、各高等教育機関で個別に認識されているリスク |
TEQSAは2019年からリスクアセスメント枠組みの見直し(本サイト2020年4月2日掲載記事)を行い、2020年上半期に作業を完了させたが、新型コロナウイルスの影響を考慮して2020年は限定的に変更を行うこととした。2020年のアセスメントの検証を行ったあとに、より幅広くリスクアセスメント枠組を改定することが予定されている。
【3】2020年のリスクアセスメントの変更点
TEQSAは2019年に実施したコンサルテーションの結果を反映させるとともに、財政面については新型コロナウイルスによる深刻な影響を考慮して、持続可能性よりも現在の状況の把握に重点を置いたアセスメントを行う。なお、改定前と同様にリスクの判定は「学生に対するリスク」と「財政的リスク」の2つのカテゴリーごとに行われる。
概要
- 2019年の高等教育機関のデータをTEQSAが入手した直後にアセスメントを開始できるよう、リスクアセスメントを暦年の第4四半期から開始する。
- 新型コロナウイルスが高等教育機関に与える影響を把握するため、2020年9月、各高等教育機関に2020年6月30日時点での未監査の財政文書を提出するよう求める。
- 高等教育機関の提出物の範囲を狭めるためサブリスク指標についてはコメントしない。
- リスクアセスメントの結果に対する意見として各高等教育機関が提出できる証拠書類の種類をガイダンスで伝える。
- リスクアセスメントの最終報告書では、適切な理由とともに高等教育機関による意見が最終的なリスク判定に重要な影響を与えたかどうかを示す。
学生に対するリスク
- 各高等教育機関が過去に受けた規制については引き続きリスク判定の際に考慮するが、2019年1月1日以降に決定したもの及び定期評価の際に付された条件で現在も有効なものに限定する。
- 2019年に実施したコンサルテーションの結果に基づいて、卒業者数(Completions)と卒業生の進路(Graduate destinations)の指標リスクを判定しない※3。報告書では引き続きこれらの情報に着目するが、あくまで補足データとしてしか言及されない。
- 高等教育機関のデータは報告書で機関種(大学・それ以外の高等教育機関)ごとにベンチマーキングを行う。これにより類似した高等教育機関間の比較が可能になる。
財政的リスク
通常財政的リスクは、財政状況(financial viability)と財政的持続可能性(financial sustainability)の指標に基づいて判定されるが、2020年は新型コロナウイルスによる影響を考慮し、財政状況を最優先リスクと考える。
- 財政状況に関する以下の5つの指標で財政的リスク全体の判定を決定する。
– operating margin, liquidity, total liabilities-to-tangible assets, debt service coverage, operating cash flow ratio - 財政状況に関する5つの指標は個別に判定される。
- TEQSAは各高等教育機関に2020年6月30日時点の未監査財政文書とともに全学生数のデータを送るよう求める。
- 上記データ収集については高等教育機関の負担を最小限にするよう設計される。
- 以前のリスクアセスメント結果との継続性や比較可能性を保証するため、TEQSAは財政の持続可能性の指標を補足情報として報告する。
※1 1 AUD=78円で計算。
※2 オーストラリアの高等教育機関では国内学生と留学生とで授業料が異なる。国内学生は連邦政府支援枠(Commonwealth supported place)で入学することができ、政府から助成金を拠出される。本制度は、留学生には適用されない。
※3 コンサルテーションにおいて、「卒業者数」の指標は本質的に有意義でなく、「学生数」や「学生の習熟度」など他の指標の二次的な結果である等の指摘があった。一方、「卒業生の進路」の指標については、産業界や労働市場の動向、地元の雇用率等、高等教育機関の管轄外の影響を受けるとの指摘があったほか、現在の指標がパートタイマーや契約社員、自営業の学生を考慮していないことの問題点が指摘された。
詳細は、TEQSA(2020)「Risk Assessment Framework Consultation: Summary Report」。
原典①:TEQSA(英語)
原典②:Parliament of Australia(英語)