イギリス・インドが高等教育に関する資格の相互承認のための覚書に調印

 イギリスとインドは2022年7月21日に互いの高等教育と関連する資格を相互に承認することを定めた覚書(MoU)に調印した。今回の覚書は、2021年5月4日、ジョンソン元英首相とモディ印首相が合意した「イギリス・インド貿易強化パートナーシップ(the UK-India Enhanced Trade Partnership (ETP) )」※1実現に向けて、今回新たに締結された3つの覚書のうちの1つであり※2、相互の資格承認を円滑化し、高等教育への進学や帰国後のキャリア形成の機会の拡大を狙ったものである。

※1 ETPは、自由貿易協定(FTA)締結に向けた協議を進めること、貿易障壁の除去などを内容とし、ジョンソン前首相はETP、FTAを通じて、両国の貿易パートナーシップを強化する方針を発表した。この貿易障壁の除去と関連して、高等教育資格の相互承認協定の早期締結の必要性に関する言及が盛り込まれていた。(原典③)。
※2 他の2つは、医療従事専門職の資格に関する覚書と、イギリス籍船におけるインド人船員の資格承認に関する覚書である(原典②の文末” Notes to editors”参照)。

 本覚書は、ETPの合意内容に基づき、両国の高等教育制度間の学生のモビリティ及び学術連携を促進することを目指し、イギリスとインドで授与された高等教育に関する資格を相互に承認するためのメカニズムを構築することを目的としている。このため、後期中等教育修了資格(学士課程の入学資格※3に該当)及び高等教育の修了資格(学士、修士、博士の学位)が両国において相互に承認されることとなった。

 具体的には、一方の国の所定の後期中等教育修了資格を持つ学生は、追加での資格取得や修了資格の同等性審査等を経ること無く、相手国の学士課程の入学資格を有していると見なされる。また留学先で学位を取得した学生が出身国に戻った際、原則行われていた自国における学位の同等性審査※4を受ける必要がなくなる。留学先の大学や大学院で取得した学位が、今後はそのまま、出身国の大学院進学の際の入学資格として認められ、また大学卒業資格が要件とされる政府関係機関の職への応募も可能となる。 

 今回の合意によって生み出される経済的な影響も大きいとされている。イギリスの高等教育における在籍者数の中でインド出身の学生数は中国に次いで2番目となっているが※5 、今回の覚書の締結を受けて、イギリス国際貿易省はインドからイギリスへの留学生数の増加を見込んでおり、インドの留学生一人当たり約10万9千ポンド(約1800万円。1ポンド=165円で計算。)の経済効果を推計している。 本覚書は、署名日である2022年7月21日に発効した。有効期間は5年間で、いずれか一方からの通告によって廃止されない限り自動更新される。将来的に覚書が廃止された場合も、覚書の有効期間中に行われた資格の承認に関する決定は変更されない。

※3 本覚書は高等教育への「入学資格」に関する両国間の相互承認に関する内容となっているが、一方で「入学者選抜基準」については本覚書の対象外であり、両国のそれぞれの高等教育機関が独自の基準に基づいて設定する。イギリス政府の機関であり国際交流事業を担うBritish Council Indiaの教育部門責任者は「今後インドにおける全ての第12学年修了資格は、イギリスの高等教育機関への入学資格となるが、一方で入学者選抜基準(entry criteria)と入学資格(eligibility)は異なるものであり、本覚書も各高等教育機関が独自に定める入学者選抜基準に干渉するものではない、また一般的に入学者選抜基準は、入学資格よりも高くなる」としている(The Telegraph online. (2022). India, UK sign MoU recognising academic qualifications,(2022年7月25日付))。
※4 覚書発効以前は、イギリスで学位を取得したインドの学生は、Association of Indian Universities(AIU)の審査を通じて同等性証明書(equivalence certificate)を取得する必要があった(前掲The Telegraph online. (2022)。AIUについては、AIUのHPを参照)。現在AIUは、インド国内の高等教育機関に関する情報をウェブサイトで発信し、インド国外の学校教育修了資格や高等教育の学位の同等性審査等の活動を行っている。
一方、インドで取得した資格や学位の同等性審査については、イギリスのUK-ENIC(2021年3月までの名称はUK-NARIC)によって行われてきた。UK-ENICはイギリス教育省から国内情報センター(NIC)の指定(業務委託)を受け、国際的な資格や技能に関する承認、評価などの活動を行っている。
※5 Higher Education Statistics Agency. (2022). Higher Education Student Statistics: UK, 2020/21 – Where students come from and go to study. (2022年1月25日付). 同資料によれば、2020-21年のイギリス国外からの留学生605,130人の出身国別割合は、インドが約14%(84,555人)、中国が約24%(143,820人)を占める。

 覚書の概要は以下の通り(全文については原典①を参照)。

■目的

●両国は、正式に承認・認可された高等教育機関における修了資格及び学修期間を相互に承認する(覚書第1.1項) 

■両国の資格の承認について

●一方の国の高等教育機関での一般的な入学資格となる資格(下記の対象範囲に記載のある資格)は、他方の国において、当該機関または課程の基準を条件として高等教育機関での入学に適していると見なされる(第3.1項)
●一方の国で授与される学士・修士・博士の学位は、他方の国でもそれぞれの学位と同等または比較可能と見なされる(第3.2項)

■対象範囲

●イギリス(第2.1項)

A)一般的に高等教育への入学資格に該当する正規の後期中等教育修了資格。以下の①~③に該当する資格が含まれる
① イングランド・北アイルランド規制資格枠組(Regulated Qualifications Framework for England and Northern Ireland: RQF)のレベル3(資格・試験規制機関(The Office of Qualifications and Examinations Regulation: Ofqual)によって承認・認可された機関が発行)
② ウェールズ単位・資格枠組(Credit and Qualifications Framework for Wales: CQFW)のレベル3(Qualifications Walesによって承認・認可された機関が発行)
③ スコットランド単位・資格枠組(Scottish Credit and Qualifications Framework; SCQF)のレベル 6 および 7※6(Scottish Qualifications Authority (SQA) によって承認・認可された機関が発行)
B)学士・修士・博士の学位(学位授与権をもつ機関または旧Council for National Academic Awardsが学位授与機関であった1964年から1993年の間にかけて教育機関が授与)

●インド(第2.2項)

A)大学または教育委員会によって授与もしくは承認された上級中等学校の修了証または大学以前の教育段階における学修に関する証明書※7
B)大学、国家重要機関※8、インド政府が認可した大学以外の機関※9により授与された学士・修士・博士の学位

●国境を越えた部分的な学修の承認及び単位互換については、両国の高等教育機関による個別の判断に委ねられる(第2.3、2.4項)
●海外キャンパスにより授与された資格は、授与機関がキャンパス設置国で運営権限を有し、かつ質の高い教育が行われた場合に認められる(第2.6項)
●やむを得ず部分的なオンライン学修を通じて授与された資格は、授与機関が設置国で運営権限を有し、かつ質の高い教育が行われた場合に認められる。完全オンラインの学修の場合は、両国の関連機関による個別の判断に委ねられる(第2.7項)
●工学、医学、看護、薬学、法律、建築分野の専門職の学位は、本覚書の範囲外とする(第2.5項)

※6 イギリスの後期中等教育資格及び学士課程への入学資格等の詳細については、大学改革支援・学位授与機構(2020)「英国の高等教育・質保証システムの概要(第3版)」pp. 14-16を参照。
※7 インドにおいて学士課程進学のために必要とされる資格は、連邦レベルまたは各州の中等教育委員会が発行する上級中等学校修了証(第12学年修了資格)となっており、例えば連邦レベルのThe Central Board of Secondary Education (CBSE)が授与するAll India Secondary School Certificate、Council for the Indian School Certificate Examination (CISCE)が授与するThe Indian Certificate of Secondary Education、National Institute of Open Schooling(NIOS)が授与するSenior Secondary School Certificate、また州レベルでは一例としてMaharashtra State Board of Secondary and Higher Secondary Education (MSBSHSE)が授与するSecondary School Certificateなどがある。
 覚書締結以前、インドの第12学年修了資格はイギリスにおいては「GCE Advanced Subsidiary (AS) Level /Scottish Higherと比較可能」と位置づけられていたため(イギリス民間企業Ecctis社主催のウェビナー2022年4月27日における発表より。)、スコットランドを除いてイギリスにおける学士課程への直接の入学資格としては認められていなかった(前掲、大学改革支援・学位授与機構(2020)」pp. 14-16を参照)。
 スコットランドを除くイギリスの一般的な学士課程入学資格は、General Certificate of Education Advanced Level(通称:Aレベル)である。Aレベルコース1年目に受験するASレベルの後に更にコース2年目でAレベル取得のための試験を受験する。インドの第12学年修了者がイギリスの学士課程に進学するには、ファウンデーション・コースと呼ばれるイギリスの外国人留学生のための大学準備課程で1年程度の学修を行うことなどが必要であった。本覚書により、インドの12学年修了資格はイギリスの高等教育の入学資格として承認されることになった。なお、高等教育機関が、(入学資格としてではなく、)選考において追加コースの履修を求めることは可能(前掲The Telegraph online. (2022))。
※8 国家重要機関は、インドの高等教育制度において大学の一形態として位置づけられており、高度な技術を持つ人材を育成するうえで中心的な役割を果たす機関として、連邦により認定、設立された機関である(参考:MoE. (NA). University and Higher Education – Overview)。有名な国家重要機関としてはインド工科大学(IITs)、インド経営大学院(IIMs)などがある。
※9 覚書に明記されてはいないが、インド政府により認可を受け学位授与課程を設置できる大学以外の機関としては、カレッジがある。 なお参考情報として、インド高等教育制度におけるカレッジの位置づけ、また近年のカレッジの教育の質と新たなアクレディテーション制度に関する情報については本サイト2022/7/26投稿記事参照。

原典①: イギリス国際貿易省 (英語)
原典②: イギリス政府プレスリリース (英語)
原典③: イギリス政府プレスリリース (英語)

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