米国で注目を増すコンピテンシーにもとづく教育

最近、米国の高等教育界で注目を集めているものの1つにコンピテンシーにもとづく教育(CBE: competency-based education)がある。同国連邦教育省もCBEが高等教育の機会提供拡大を助け、社会で必要な技能の取得を後押しするとして、その活用を真剣に検討している(U.S. Department of Education, 2014)。本文では、コンピテンシーにもとづく教育の基本的な概念をまとめ、米国高等教育で既に取り入れられている事例と、昨今の動向を紹介する。

目次
パート1:コンピテンシー
パート2:教育におけるコンピテンシー
パート3:直接評価
パート4:連邦教育省による規制
パート5:Experimental Sites Initiative
パート6:実際のCBE課程事例① Western Governors University (WGU)
パート7:実際のCBE課程事例② Southern New Hampshire Universityの
College for America (CfA)
パート8:コンピテンシーにもとづく教育への期待

1) コンピテンシー

コンピテンシー(competency:コンピテンスと表記されることもあるが、本文ではコンピテンシーで表記を統一する)の考え方は、1970年代にMcClellandらによって提唱されたと言われる(松下, 2013)。‘特定の職務における業績の水準を左右する個人の属性’のことを指す単語として用いられ、企業の人材マネジメントのための概念として取り入れられていった。OECDは、1997年からDeSeCo (Definition and Selection of Competencies: Theoretical and Conceptual Foundations)プロジェクトを実施し、現代に必要とされるキー・コンピテンシー(key competency)の定義化を図った。DeSeCoプロジェクトで用いられたコンピテンシーの定義は、「特定の状況下における高度な要求を充たすために、自身の(技能や態度を含む)内的資源を表現する能力」とされた(DeSeCo, 2005)。

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2) 教育におけるコンピテンシー

こうしたコンピテンシーの概念は職業教育や高等教育に取り入れられた(松下, 2013)。教育におけるコンピテンシーは、学生が持つ知識や技能といった見える能力だけでなく、思考力、意欲、感性といった見えない力も含む概念である。そして、学生の能力をコンピテンシーの取得によって判断するのがCBEであり、学生に一定のコンピテンシーが備わっていると判断した時点で学位を授与する教育機関が出てきている。学生にとってのCBE課程のメリットは、自分のペースで学習を進めることができるところにある。修業年限がないので、集中して学習すれば短期の学位取得が可能である一方、仕事や家庭と両立しながら学位取得を目指すことも今までより容易になる。

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3) 直接評価

コンピテンシーにもとづく教育で用いられる学生の進捗度測定として、直接評価(direct assessment)がある。直接評価では、指定された講義や教材がなく、学生はこれまでの学習や職業経験、あるいは自ら行う学習を基に評価を受ける。つまり、授業への出席などは評価の対象ではなく、課題に対するパフォーマンスによってコンピテンシーの取得が判断される。評価の手段としては、研究プロジェクト、論文、試験、プレゼンテーション、実技、ポートフォリオなどがある(U.S. Government Printing Office, 2013)。

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4) 連邦教育省による規制

現在の高等教育法では、CBE課程も連邦奨学金の受給対象となり得る。この場合、CBE課程はコンピテンシーを単位または時間に置き換える必要があり、この換算はアクレディテーション機関の承認を得なければならない。連邦教育省は、この制度を浸透させるため、2013年3月に制度の概要をまとめた手引きを公表した(U.S. Department of Education, 2013)。しかし、Bookによると、実際にこのルールを用いて連邦奨学金の受給資格を得ている大学は2つ(Southern New Hampshire UniversityとCapella University)だけである(Book, 2014)。

注:従来のように学生は指定された講義を受講する一方で、学習進度の測定にコンピテンシーの概念を用いている教育課程は多く存在している。一説によると、その数は約200あるとも言われている(Yang, 2014)。

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5) Experimental Sites Initiative

さらに連邦教育省は、Alverno College et al., 2014など17の大学によるコンソーシアムからのCBEの普及要請(Alverno College et al., 2014)を受け、CBE課程の連邦奨学金受給要件を試験的に緩和することを決定した(本サイト2014年9月11日投稿記事)。前述した従来の制度では、学生が実際に奨学金を受け取る条件が2つあった。1つは一定の学業成績を修めること。具体的には、定められた量のコンピテンシーを修得することが必要だった。もう1つの条件として、一定の期間当該課程に在籍していることも同時に求められていた。しかし、これらの条件は、集中的に学習して早期に学位を取得したい意欲的な学生への奨学金支給の遅れや、仕事などと両立させるために自分のペースで学習したい学生が経済的苦境に陥る可能性があった。そこで、Experimental Sites Initiativeという試験的規制緩和制度を活用し、一定のコンピテンスを修得した時点で学費などの直接費用を支給し、それとは別に一定期間在学した時点で生活費などの間接費用を支給する規則を運用することとなった(U.S. Government Printing Office, 2014)。この試験運用は、2014年9月現在対象プログラムを募集しているところである。

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6) 実際のCBE課程事例①:Western Governors University (WGU)

Western Governors Universityは、1997年に米国19州の知事が作ったコンソーシアムによって設立された、私立の非営利オンライン大学である。すべての提供課程は直接評価により行われ、学費は在学期間で計算される(6ヶ月単位)。学位取得には、定められた審査にすべて合格する必要があるが、学生は在籍期間に関わらずいくらでも審査を受けることができる(別途審査料が必要)。また、教員にはメンター(mentor)と呼ばれる役割が与えられ、学生の学習の進捗を管理するcourse mentorと、各学生に助言や指導を行うstudent mentorに分けられる(Kamenetz, 2013)。WGUの概要については表1を参照。

表1:Western Governors University概要

(Book, 2014; Kamenetz, 2013; Klein-Collins, 2012; New America Foundation, 2014をもとに作成)

コンピテンシー例:会計学学士課程(WGU)
WGUの会計学学士課程(B.S. Accounting)には、図1に示す32の科目別評価が課せられる。各評価に合格すると、あらかじめ決められたコンピテンシー単位(CU: competency unit)が与えられる。学位授与には全32項目の計121CUの取得が必要だが、既修得の他大学単位の認定で一部を補うこともできる。各審査の成績評価は合格/不合格の2種類で、合格とは一般的な成績評価で「B」以上の成績と対応している(Western Governors University, 2014)。

図1:B.S. Accountingの評価科目一覧(Western Governors University, 2014)

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7) 実際のCBE課程事例②:Southern New Hampshire UniversityのCollege for America (CfA)

Southern New Hampshire Universityでは、College for Americaと呼ばれるオンライン大学を2013年に設立し、その準学士課程は試験やレポートのみで学位取得ができるプログラムとして全米で初めて連邦奨学金の支給対象となった(Kamenetz, 2013)。CfAは企業を相手にその雇用者に対してオンライン教育を提供しており、準学士課程は120、学士課程は240のコンピテンシー取得で学位が授与される。コンピテンシー取得の測定には、20~50のプロジェクトの完了が求められる(Southern New Hampshire University, 2014)。

表2:College for America概要

(Book, 2014; Kamenetz, 2013; Southern New Hampshire University, 2014をもとに作成)

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8) コンピテンシーにもとづく教育への期待

現在の米国高等教育の課題と言われる授業料の高騰と社会人学生の増加、さらに学生の中退率改善のためにCBEが一役を買えると期待されている(McGuire, 2014)。そのため、多くの大学がCBE課程の開発に興味を示していると言われている。2013年には、質の高いCBEの開発を目的とするC-BEN (Competency-Based Education Network)と呼ばれる研究ネットワークが発足した。C-BENはルミナ財団から助成を受け、現在は18の大学と2つの大学機構で構成されるコンソーシアムによって、CBEプログラムの開発と運営のための提言をまとめる作業をしている。また、ルミナ財団は自らが掲げる”Goal 2025”という目標達成のため、全国の有識者を集めるStrategy Labsと呼ばれるプラットフォームを組織しているが、この中でCBEの成人教育としての普及をテーマとした事例収集や調査を行っている(Lumina Foundation, 2014)。こうした全国的な調査や連邦教育省のCBE推進姿勢は、今後CBE課程を設置する大学が増加することが示唆している。しかし一方で、学位は対面授業によって取得されるという文化的イメージや教員からの反発がCBE普及を妨げることも充分考えられる(Book, 2014; New America Foundation, 2014)。コンピテンシーにもとづく教育が米国の高等教育界にどのような変革をもたらすのか、これからの動向が注目される。

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