2019年4月、ゲント大学(ベルギー)は欧州の高等教育の機関別評価に関する比較研究報告書「1st DEQAR PILOT STUDY 1」を発表した。これは、欧州を中心とした大学評価結果データベースであるDEQAR(Database of External Quality Assurance Results)※1を使った初めての研究で、DEQARのプロジェクトパートナーであるゲント大学がまとめたもの。第2回の研究報告は2019年6月に公開される。
この研究では、欧州各国の機関別評価制度を比較するために「欧州高等教育圏における質保証の基準とガイドライン(ESG)」(NIAD-QE国際課まとめ)の基準1.2「プログラムの設計と承認」及び、基準1.9「プログラムの継続的監督及び定期的評価」の2つの基準に着目し、各国の質保証機関がこれらをどう解釈し、国の制度に適用しているかを分析した。ESGは、欧州の地域共通の質保証基準と位置づけられるが、一律に課されるわけではなく、各国の状況に合わせて国の質保証制度や基準に組み込まれる。
クロアチア、エストニア、フィンランド、ポルトガルの4か国の機関別評価書を比較した今回の研究結果によれば、各国の高等教育の評価におけるESGの影響力の強さは共通している一方、ESGの評価制度への具体的な反映状況は各国で異なっていた。具体的には4か国ともESGに基づく評価制度を整備しているが、評価書の長さ、焦点、形式の点で違いが見られた。
質保証に関する比較研究の他の事例として、欧州では高等教育の質オーディットに関する域内調査が行われている(本サイト2014/11/10投稿記事)。また、日本では単位制度の実質化の指標等に関して 大学の評価書を分析した研究※2がある。
以下では、DEQARを使用した比較研究の研究対象と主な研究結果をまとめた。
研究対象
DEQARに登録されている国のうち、高等教育制度の違いが顕著な4か国(クロアチア、エストニア、フィンランド、ポルトガル)を対象とした。各国の高等教育の各機関種(大学/応用科学大学/ポリテク等)の評価書を選び出し、さらにそれぞれの機関種について、設立主体(公立/私立等)が異なる機関からそれぞれ選定した。各国の評価書について、ESGが改訂される前の評価書と改訂後の評価書の両方を対象とした。
主な研究結果
ESGへの各国の関与の度合いは共通―ESGは各質保証機関の準拠に
- 機関別評価書におけるESGの影響は疑いようのない程、強いことが明らかであった。全ての機関は欧州高等教育質保証協会(ENQA)の会員機関であること、同時に欧州質保証機関登録簿(EQAR)の会員機関でもあることが要因と考えられる。ENQAもEQARも加盟にあたってはESGの遵守が求められるためである。
ESGを各国それぞれの‘形’に落とし込む―評価書の長さ、焦点、形式に違い
- 質保証機関は機関別評価書の長さ、焦点、形式(models)において、ESGを異なって解釈していた。フィンランドの評価書は長く、記述も詳細であったのに対し、ポルトガルの評価書は短く、記述が要点化されていた。
- 評価書の焦点について、フィンランドとポルトガルの評価書は高等教育機関の内部質保証システムに焦点が当てられていた一方、エストニアとクロアチアの評価書は高等教育機関を全体的に評価したもので、質保証を明確に重視しているとは言えなかった。
- 評価書で扱われている分野も国によって異なる。機関別評価(institutional audit)における分野は対象国間で共通するものもあり、ESGの影響が窺えるものの、著しい差異も見つかった。クロアチアは評価対象となる分野として「学習プログラム」と「学生」があるが、その2分野については特に評価書において詳細に記述されていた。エストニアの評価書には、プログラムの設計とモニタリングに関する情報が「組織の運営と業績」と「教育と学習」の項目において示されていた。フィンランドでは、ESGが学位教育(degree education)に関する基準やガイドラインが設定されていないにもかかわらず、一部のプログラムを抽出して詳細な分析をしている点が特徴的であった。
- ESGの改訂にあたって、研究活動を取り入れるか否かについて議論となり、改訂後のESGでは、序文に研究活動の質保証への言及がみられるものの、基準には含まれていない。その結果、クロアチア、エストニア、ポルトガルの評価書では研究活動について含まれていたが、フィンランドでは含まれていなかった。この点は2015年のESG改訂によってもたらされたと考えられる。
ESGの解釈―自国制度へのESGの取込み具合が明らかに
- 各国の評価書の中から、「学習成果(learning outcomes)」や「モニタリングとレビュー(monitoring & review)」、「学生の学習量(students’ workload)」など、8つの用語の出現回数を集計(語彙調査)した。それにより、各国におけるESGの解釈の違いを分析した。
- プログラムの設計やモニタリングにおける「ステークホルダーの参画(stakeholders’ participation)」は、よく使用される用語の一つであった。クロアチアでは様々な分野において、様々なレベルと規模で機関の内外のステークホルダーの関与が実施されていた。ポルトガルでは質保証のプロセスにおける、機関の内外のステークホルダーの関与が評価対象になっていた。
- 「学習成果(learning outcomes)」はエストニア、フィンランド、クロアチアで最も多く出現する。エストニアでは学習成果は機関別評価の二つ目の基準「教育と学習」に含まれており、その下位項目に「学生の学術上の進歩と学生の審査」が規定されていた。実際、学習成果が学生の審査と一致しているか否か、が評価では焦点が置かれていた。フィンランドでは学位教育の質の管理と学位教育のサンプルを評価する時に学習成果も見られていた。
- 例えば「学生の学習量」に関して、多くの評価書では単にプログラムごとの欧州単位互換制度(ECTS)(NIAD-QE国際課まとめ)のみ記述されているにすぎなかったが、それらが学生の実際の学習量を反映しているか議論している評価書もあった。
※1 DEQAR(Database of External Quality Assurance Results)
DEQARはESGに基づき質保証機関が高等教育機関に対して実施した外部評価結果のデータベースである。ESGに基づく外部評価を行っている質保証機関は、EQAR(欧州高等教育質保証機関登録簿)に登録することができる(本サイト2018/6/7投稿記事)。
※2 「評価書分析による「単位制度の実質化」に係る指標・エビデンスの可視化」, 2018年3月, 渋井進, 野田文香