中国:学習型社会実現のための定年退職教員の活用計画―国家銀齢教師行動計画―

2023年8月、中国教育部ほか政府の10部門※1は連名で「国家銀齢教師行動計画」(定年※2退職教員の活用に関する国の行動計画)を発表した。教員が不足している地域のあらゆる教育段階・種別の教育機関を対象に、定年退職した教員を派遣して当該地域の教育の質の向上を目指す。中国では、2025年までに高齢者人口が3億人を超えることが見込まれ、教育分野の定年退職者数も急増し、人材の活用が急務となっている。また、中国政府は、2035年までの国の目標として、すべての国民が学び続ける「学習型社会」を構築して「教育強国」になることを掲げており※3、その実現に向けた取組が急がれている。本計画は、こうした課題に対応するものとして、打ち出されたものである。


  • ※1 教育部、科学技術部、工業信息化部、民政部、財政部、人力資源社会保障部、国家衛生健康委員会、国家医療保障局、中国科学院、中国科学技術協会。
  • ※2 中国の法律(国务院关于工人退休、退职的暂行办法 第一条)で定められた定年年齢は、男性60歳、女性50歳(ただし、管理職の場合は55歳[国务院关于安置老弱病残干部暂行办法])である。
  • ※3 中央人民政府は、2019年に発表した「中国教育現代化2035」の中で、「2035年までに、教育の現代化を実現し教育強国の仲間入りをして人材資源の豊富な国になり、21世紀半ばまでに現代的な社会主義強国になるため、基盤を固める」という目標を掲げている。特に、2035年までの発展目標の一つとしてすべての国民が生涯学び続ける「学習型社会」の構築を掲げている。

中国政府は、教育部と財政部による「銀齢講学計画」(小中学校の定年退職教員を活用する計画。2018年開始)や教育部による「高等教育銀齢教師支援西部計画」(教育部が指定する高等教育機関の定年退職教員を活用する計画。2020年開始)に基づき、教育の不均衡を解消し、質の向上に努めるとして、国内の貧困地域及び新疆ウイグル自治区をはじめとする西部地域へ向けてこれまで定年退職教員を派遣してきた。累計で小学校及び中学校に約2万人、高等教育機関に約1,000人の定年退職教員が派遣されている。今回策定された「国家銀齢教師行動計画」では、その対象を職業教育や生涯教育も含めたあらゆる教育に拡大し、全国的な支援を実施するとしている。

<計画の主旨>

  1. 国の産業発展が急務である分野及び重点発展分野に携わっていた定年退職教員を全国に派遣し、各教育機関の能力強化を支援する。
  2. 教育に高い意欲を持つ、教職経験のない定年退職者や特定分野の高い技術を持つ定年退職者の参画も促し、当該地域の教育・研究支援を牽引する。
  3. 高等教育、職業教育、基礎教育、生涯教育、公立学校や私立学校の特徴に対応した計画を実施する。オンラインによる指導等も実施し、学校と地域の発展を目指す。
  4. 支援を受ける地域と学校の需要に基づき、「銀齢教師」(=本計画に参加する教員を指す)の選抜・評価メカニズムを整備する。銀齢教師による対面指導期間の終了後もオンラインで引き続き指導するなど、多様な指導形式を採用する。
  5. 銀齢教師は生徒・学生との読書会等の交流活動を通じて、学生の国への愛着心やアイデンティティー(原語:家国情怀)を涵養するとともに、学生の中華民族としての共同体意識を確実に形成させる。
  6. 定年退職教員の自主的な参加を基本とし、公平な募集・採用を行う。
  7. 採用された場合は、既存の銀齢教師訓練センターにて研修を実施する。
  8. 民間による資金面の参画を促すことで、銀齢教師への待遇を強化する。

<直近3年間の目標>

  • ・各教育段階における銀齢教師の基本的な業務体系を整備し、全国の銀齢教師を約12万人にする。
  • ・政府主導と民間参画による銀齢教師発展体制を形成する。
  • ・銀齢教師のデジタル能力を強化し、対面指導とオンライン指導を組み合わせた柔軟な教育活動を行う。

<計画運営の焦点>

  1. 各政府部門の連携:各政府部門がそれぞれの優位性を生かし、条件に合った優秀な定年退職者の参加を呼びかける。
  2. 経費負担:地方政府、教育機関、民間組織が本計画の財源を調達する。高等教育、職業教育、基礎教育の銀齢教師の経費は地方政府が主に負担し、中央政府は財源調達のサポートにあたる。生涯教育は地方政府が各方面から統一的に調達する。私立教育は関係する私立学校が自身で調達する。
  3. デジタル化の重視:銀齢教師のデータベースと教育支援サービスプラットフォームを構築し、これらが全国教員管理情報システムや国家老年大学※4の教員データベースと共有・共用できるようにする。このほか、国家スマート教育プラットフォーム(本サイト2022/11/18投稿記事)等が、銀齢教師の教育支援活動の一助として活用される。
  4. その他:
    • ・銀齢教師が教育活動を行うに際し必要となるデータ等を閲覧できるようにする。
    • ・銀齢教師の保険、住居、交通費等の待遇を整備する。
    • ・貢献度の高い銀齢教師や組織を表彰するなど、広報活動に努める。
    • ・銀齢教師に申請可能な年齢は、基礎教育は65歳以下、その他の教育は70歳以下とする。オンラインで指導する銀齢教師についてはこの限りではない。

<教育機関種ごとの支援計画>

支援対象銀齢教師の申請資格主な派遣先と指導内容
普通高等
教育機関※5
副高級以上の職務資格※6がある定年退職教員・国家の戦略と需要に基づき、発展が見込まれる専門分野を持つ普通高等教育機関及び少数民族地区に新設された普通高等教育機関に派遣する。
・学生への教育・指導、課題研究、教員組織の構築、専門分野構成の調整等を行う。
職業教育機関特定業界を対象とした教育を行う高等教育機関の定年退職教員(副高級以上)及び民間機関の定年退職技術者・産業と教育の融合を重視し、産業と教育機関との既存の協力関係も利用して、地方産業の需要を意識した教育運営の能力の向上に努める。
・学生への専門教育と実地訓練、専門分野構成の見直しや教員組織の調整を行い、教学水準の向上に取り組む。
基礎教育※7機関小学校・中学校・高校を退職した、校長、教学研究員、特級教師、高級教師・中西部の貧困地区及び発展途上にある、民族県・革命老区県・辺境県※8・新彊生産建設団団場※9の義務教育段階の学校に派遣する。地方の実情に応じて普通高校(原語:普通高中)にも派遣する。
・基礎教育の質の向上と優良化に焦点を当て、教学・管理レベルの向上に取り組む。
生涯教育機関各教育段階の定年退職教員、専門家、職人等特別な技能を持つ者・貧困地区及び発展途上にある、民族県・革命老区県・辺境県・新彊生産建設団団場の施設に派遣する。
・各教育段階の高齢者教育施設とコミュニティー教育施設※10を教員組織の強化を重視する。
私立教育機関各機関が独自に申請資格を定める(業界団体等の非営利組織も活用して需要に応じた教員を採用)・各教育段階に派遣する。学士課程を実施する私立高等教育機関(原語:民办本科大学)と高等職業教育機関に重点を置く。
・メンター制(原語:导师制)の推進を模索し、銀齢教師がメンターを務めて若手教員を指導し、私立教育の特色ある教員組織を構築する。

  • ※5 中国では、一般に、高等職業教育機関も普通高等教育機関の一つとして分類されるが、ここでは、職業教育支援は別途設けられているため、高等職業機関は普通高等教育機関に含まれないと考えられる。
  • ※6 教員関連の副高級の職務資格(原語:职称)とは、副教授(高等教育の教員)、高級工程師 (エンジニア)、高級講師(中等職業学校)、高級実習指導教師(中等職業学校)、高級教師(小学校、中学校、高校)等を指す。(人力資源社会保障部の職務資格名称リスト
  • ※7 ここで言う基礎教育は、義務教育(小学校、中学校)と普通高校の教育を指す。
  • ※8 民族県とは少数民族の自治県、革命老区県とはかつて共産党が土地革命戦争(地主階級を倒して封建的土地所有制を廃絶し、農民に土地を分配した革命運動)や抗日戦争の際に拠点とした地域、辺境県とは国境付近の県を指す。
  • ※9 新彊生産建設兵団の前身は、1949年中華人民共和国建国以後、新疆ウイグル自治区の各地に駐屯した人民解放軍である。人民解放軍は駐屯地で農地と牧畜地の開墾を行うと同時に、工業、交通、建築、商業、企業、科学技術、教育、文化、保健衛生等の事業を起こした。1954年に国防部の管轄を外れ、1956年から国家農墾部と新疆ウイグル自治区政府両方の管轄下に置かれることになり現在に至る。団場とは、新疆生産建設兵団の管轄単位の名称である。(新疆生产建设兵团的历史与发展
  • ※10 高齢者教育施設(原語:老人教育机构)とは高齢者向けの教育施設、コミュニティー教育施設(原語:社区教育机构)とはコミュニティーの住民を対象とした教育施設を言う。趣味や生活に関する知識を学ぶことができる。このように広く一般に開放された教育を行う施設を総称してオープン教育施設という。

原典①教育部等十部门关于印发《国家银龄教师行动计划》的通知
原典②教育部教师工作司负责人就《国家银龄教师行动计划》答记者问

カテゴリー: 中国 タグ: パーマリンク

コメントを残す