近年、イングランドで好成績で大学を卒業する学生が過剰に増加する「成績インフレ」 が懸念される中、2022年5月にイングランドの学生局(OfS)※1は、10年間の成績分布の分析結果をまとめた報告書「Analysis of degree classifications over time: Changes in graduate attainment from 2010-11 to 2020-21」を公開した。最優秀成績で卒業した学生の割合が10年間で2倍以上になったことを明らかにするとともに、大学等にパンデミックを理由に成績インフレを常態化してはならないと注意喚起を行った。
イギリスの大学の学位の成績分類
イギリスの大学では、卒業時の最終成績に基づき学位に格付けが付記される。例えば、優等学士の学位(Honours Bachelor Degree)の場合は、以下のように4段階に分類される。学位の格付けの根拠となる最終成績は、各学年の成績に各高等教育機関やコースが定めたウェイトを付けて算出される。(例えば、ある大学の3年制コースの場合、2年次の成績を40%、3年次の成績を60%として算定される。)
「1st」/ First class(70点以上)
「2:1」/ Upper second class(60~69点)
「2:2」/ Lower second class(50~59点)
「3rd」/ Third class(40点~49点)
※( )内は100点満点で換算した目安である。
◇イギリスの高等教育の成績評価については「英国の高等教育・質保証システムの概要」(大学改革支援・学位授与機構、2020年3月刊行)のp.22を参照。
■これまでの経緯
「1st」及び「2:1」の成績で学士の学位を取得する学生の割合は年々増加している。2010-11年度には67.0%だったが、2015-16年度(本サイト2017/10/11掲載記事)には76.4%(学生局が推定した「説明がつく(explained)」値は67.7%)、2017-18年度(本サイト2019/09/27掲載記事)には79.0%(「説明がつく」値は66.7%)であった。
この傾向に対し、学生局は2022年5月に大学等の高等教育の質と基準に関する登録要件を改正し、抑制に取り組んでいる(本サイト2022/03/31掲載記事)。
成績インフレにおける「説明がつく(explained)」値、「説明がつかない(unexplained)」値とは
「説明がつく(explained)」値とは、学生局が卒業生の統計モデルを用いて、成績への影響が想定される以下の要因を考慮しながら推定したもの。実際の値と「説明がつく」値との差が、「説明がつかない(unexplained)」値と表現されている。
- 卒業生が所属した各高等教育機関
- 卒業年
- 専攻分野
- 入学時の学力
- 年齢
- 障がいの有無
- 民族
- 性別
- TUNDRA MSOA※2
MSOA:Middle Super Output Area
TUNDRAとは、公立の学校(mainstream school)の16歳の生徒を対象として追跡を行い、18~19歳になったときの高等教育参加率を算出する指標のこと。生徒の参加率によってイングランドの地域をランク付けし、5つのグループに分類する。TUNDRA MSOAでは、ローカルエリアの定義としてMSOAを使用している。
■2010-11年度から2020-21年度の分析結果
学生局が発表した、2010-11年度から2020-21年度の学位の成績分布に対する分析結果の概要は以下のとおり。
- 2010-11年度に「1st」の成績を収めた卒業生は15.7%だったが、2020-21年度では37.9%となり、倍以上の増加が見られた。(表1、図1参照)
- 「2:1」の成績を取った卒業生の割合は徐々に減少しているのに対し、「1st」の割合は2018-19年度(29.5%)から2019-20年度(36.1%)にかけて6.6%と大幅な増加がみられる。(表1、図1参照)
- 「1st」の成績を取った卒業生の割合は、大学入学資格の成績とは関係なく増加している。
- イングランドで一般的な大学入学資格である「GCE Aレベル※3」試験で、AAA以上及びDDD以下の成績を収めた学生のうち1stの成績を授与された割合は、どちらも増加している。
- AAA以上の学生:33.5%(2010-11年度)から60.8%(2020-21年度)に増加。
- DDD以下の学生:5.3%(2010-11年度)から28.5%(2020-21年度)と5倍以上に増加。
- 2020-21年度の「1st」の成績を収めた37.9%の学生のうち、22.4%は学生の入学資格や背景等、達成度に影響を及ぼす可能性がある様々な要因を考慮しても、「説明がつかない」ままである。
- 2010-11年度と比較して、本報告書で分析された全ての大学とカレッジで、2020-21年度までに「説明のつかない1st」の成績を取った卒業生が著しく増加している。
表1:学位の成績分布の変遷(2010-11年度、2018-19年度、2019-20年度、2020-21年度)

図1:「1st」と「2:1」の成績分布の変遷(2010-11年度~2020-21年度)

■学生局の反応
学生局のSusan Lapworth氏(Interim Chief Executive)は、この分析結果について以下のコメントを残している。
- 相応でない成績インフレは、学生、卒業生、雇用者にとって良くないことであり、イングランドの高等教育の評判を傷つけている。
- 新型コロナウイルス流行の影響によって生じた例外的な一連の状況に対応するため、大学及びカレッジは「不利益を与えない」ポリシー(‘no detriment’ policies)を導入した。だが、成績インフレは、以前から教育セクターの真の信用性に関わる問題であり、パンデミックは10年にわたる「説明のつかない」成績インフレの言い訳にはならない。
- 分析結果からは、「1st」の成績を取った者の割合の増加には、指導や学習の向上を含め、様々な理由があることが明らかである。しかし、「説明のつかない1st」の成績を授与された学部卒業生が持続的に増加していることに対し、学生局は懸念を抱いている。
- 学生、卒業生、雇用者が、学位が学業成績の正確な評価を表していると自信を持てることが重要。
学生局の対応としては、現在新たな高等教育機関の登録要件(詳細は本サイト2022/03/31掲載記事を参照)を有効としているほか、これらの問題の調査計画についてもまもなく詳細を公開する予定。※4
■成績インフレの要因
成績インフレの要因については、2017年、当時大学・科学・研究・イノベーション担当大臣を務めていたJo Johnson氏による、英国大学協会(UUK)年次会合でのスピーチで言及されている。(スピーチの概要は本サイト2017/10/11掲載記事を参照)
- Higher Education Academy(現Advance HE※5)によると、半数近くの高等教育機関が「他の高等教育機関と比べて自校の学生が不利にならないようにする」ために学位のアルゴリズムを変更した。
- イギリス国内の大学ランキングで「優秀な学位」の割合が考慮されるため、「2:1」や「1st」の学位を多く授与することは、各高等教育機関にとっても有利に働く。
- 雇用者の多くが「2:1」と「2:2」の境目で足切りを行っているため、高等教育機関側でも「2:2」以下の学位を授与する数を最小限にしなくてはならないというプレッシャーが増している。
■英国大学協会(UUK)の反応
英国大学協会は見解を公表し、大学は成績インフレのリスクに慎重であるべきとしつつ、以下を指摘している。
- 過去10年間にわたって、教育・学習・評価の進展、学生支援、学生の努力、スタッフ・ディベロップメントは、学生が良い結果を出すことに役立っている。
- 近年、大学は成績分類のプロセスを強化することに積極的に取り組んできており、その結果、1stと2:1の学生の比率は2018-19年度には横ばい状態になっている。
- パンデミックという前例のない状況にあった2019-20年度には、大学において、新型コロナウイルスの流行による変化やdigital povertyが学生に不利益を与えないようにという方針がとられた。
また、英国大学協会の会長のSteve West氏は、BBCの取材に応じ、「学生局が、不利益な環境にあることなどから入学時の成績が低い学生は1stクラスの成績をとれないという仮説に立っていないことを信じたい。」と述べている。