2022年10月、中国教育部を含めた国の関係部門※1は、第4次産業革命とも呼ばれる新産業の発展を背景に、企業の現場でデジタル化とAI化を担うエンジニア(原語:现场工程师 以下、「現場エンジニア」)を育成する「特定育成計画」(原語:专项培养计划。後段の概要参照)を発表した。デジタル・AI人材の需要がある企業と、職業教育を実施する中等職業教育機関や高等職業教育機関(以下、「職業教育機関」)が共同で人材を育成する。
職業教育機関と企業は、「現場エンジニア学院」を設立し、人材育成計画の策定、学生の選抜を行い、「学徒制」※2による人材育成のプロジェクトを行う。2025年までに20万人の現場エンジニアを育成することを目標とし、職業教育機関500校と企業1,000社が参加することが期待されている。また、教育部は、中等職業教育(3年)と高等職業教育(専科、2年)の5年一貫制専科課程や専科課程から本科課程への編入学制度※3を利用して、連続性のある人材育成を行うことが望ましいとしている※4。
2023年3月、教育部は第1回プロジェクトの募集を開始した。第1回は先進製造業※5の分野を対象とし、職業教育機関と企業が共同でプロジェクト計画書を策定した後、所管の省・自治区・直轄市政府※6が審査し、教育部に推薦する(後述「3.実施の流れ」参照)。省・自治区・直轄市政府はそれぞれ20プロジェクトまで推薦することができる。今回、教育部は150プロジェクトを採択する予定である。
- ※1 教育部、工業情報化部(情報化及び工業通信業の管理を担当する中央政府行政部門)、国務院国有資産監督管理委員会(国有資産の管理を担当する国務院(=内閣府に相当)直属の特設機関)、中国工程院(工学と科学技術の最高峰の学術機関)、中華全国工商連合会(中国共産党指導下にある民営企業の業界団体)の5部門。
- ※2 「学徒制」とは、職業教育機関の学生及び企業の被雇用者という二つの身分を持つ「学徒」が、職業機関と企業の両方から職業教育・訓練を受ける制度(教育部办公厅关于全面推进现代学徒制工作的通知)。「学徒制」は、昔の中国社会では工場労働等において若年労働者が搾取される制度と見られてきた背景から、過去の学徒制と区別して「現代学徒制」とも呼ばれる。
- ※3 中国の高等教育には、専科課程(2~3年制の課程)と本科課程(学士課程レベル)がある。専科課程を卒業後は、「専昇本」試験と呼ばれる編入者選抜試験により本科課程に進学することができる。
- ※4 2022年に改正された職業教育法でも、中等職業教育と高等職業教育の一貫性を重視し、国、地方政府、民間の連携による職業教育を実施することが示されている(本サイト2022/08/09掲載記事)。
- ※5 2022年11月の工業情報化部の発表によれば、先進製造業とは、新世代情報技術、ハイエンド機器、新素材、生物医学薬学、ハイエンド医療機器、消費財、新エネルギー、インテリジェントネットワーク自動車の製造業を指す。(工业和信息化部公布45个国家先进制造业集群名单)
- ※6 中国では、教育部の指導の下、省・自治区・直轄市政府が教育機関の管理・監督を行う。本政策においても、省・自治区・直轄市政府がプロジェクト計画書の審査を行った上で、教育部にプロジェクトを推薦する体制がとられている。
<特定育成計画の概要>
1.計画の特徴
- 職業教育における現場エンジニアの育成体系を整備する。育成基準を設けて、基礎知識、生産技術、技術者素養を兼ね備えた「現場エンジニア」を育成する。
- 職業教育機関と企業の共同体を形成する。産業部門が企業を選出し、学生のためのポストを設け、業務内容を明確に設定する。企業は中堅技術者を教育機関に派遣して専門科目の指導に当たる。
- 「学徒制」を普及させる。職業教育機関と企業は、「学徒制」による人材育成を実施するための「現場エンジニア学院」を共同で設置する。職業教育機関、学生、企業の三者が覚書を締結して「学徒」の待遇(見習い生とするか、社員とするかなど)を明確にした上で人材育成を行う。
2.計画に参加する企業、職業教育機関、学生への政策的メリット
- 産教融合型企業※7として認定されている企業がプロジェクトに参加する場合は、金融・財政・土地の使用などにおけるインセンティブが国から与えられる。また、未認定企業がプロジェクトに参加すると産教融合型企業の認定に有利となる。
- プロジェクトに参加する職業教育機関は、高等教育の「双高計画※8」、中等教育の「双優計画※9」の選出において有利となる。
- 各省・自治区・直轄市政府は、職業教育機関に対して財政支援を行う。
- プロジェクトに参加する学生には、教育部と中国銀行※10の共同設置による奨学金が用意されている。
- ※7 「産教融合型企業」とは、産業と教育の連携が図られている企業を指す。教育部、国家発展改革委員会などの関係部門が推薦した企業について専門家チームが評議の上、産業融合型企業として認定する。2022年7月時点では63企業が認定されている(国家发展改革委、教育部联合公布产教融合型企业和产教融合试点城市名单)。
※8 「双高計画」とは、教育部と財政部が、ハイレベルな高等職業教育機関と専攻(2つのハイレベル(=双高))を認定し、高等職業教育のレベル向上を目指すプロジェクト。認定機関(5年間有効)は国からの財政支援等を受けることができる(教育部 财政部关于实施中国特色高水平高职学校和专业建设计划的意见)。2019年に開始した第1サイクルでは、56校、141専攻が選出された(教育部 财政部关于公布中国特色高水平高职学校和专业建设计划建设单位名单的通知)。 - ※9 「双優計画」とは、「双高計画」の中等職業教育版。各省政府が選出・認定する。
- ※10 国有の商業銀行。
3.計画実施の流れ
- 実施要項の策定:本計画の実施主体である国の5部門が計画の実施分野、スケジュールを確定する。また、参加企業を募集・選定し、参加企業、学生ポスト、職業教育機関の条件等を教育部に提示する。それに基づき、教育部が参加条件等を決定・公表し、プロジェクトの応募を受け付ける。
- 申請:職業教育機関と企業はプロジェクト計画書を共同で作成し、省政府に申請する。(なお、プロジェクト期間は人材育成の1サイクル(一般的に2年)以上としなければならない)。
- 実施計画の審査:省政府がプロジェクト計画書を審査した後、省政府は教育部にプロジェクトを推薦する。教育部は、専門家による審査を経て、採択するプロジェクトを決定しプロジェクトリストを公表する。
- プロジェクト実施後の評価:省政府がプロジェクトの監督・管理に当たる。職業教育機関と企業は、毎年プロジェクト報告書を作成する。学生募集後は、教育部が2年ごとに専門家による中間評価を実施する。評価結果によっては、プロジェクトが取り消されることがある。プロジェクト終了時は、教育部によってパフォーマンス評価が行われる。
原典①教育部(中国語)
原典②教育部(中国語)
原典③教育部(中国語)
関連記事まとめ -QA UPDATES過去の投稿記事より-
中国:職業教育法が改正(本サイト2022/8/9)
中国教育部が脱炭素社会の実現に向けた高等教育人材育成計画を発表(本サイト2022/6/22)
中国政府が蓄エネルギー技術分野の博士人材育成プログラムを開始(本サイト2022/9/29)