「欧州学生証」、利便性の大幅向上へー2023年内めどに改修

 欧州委員会は2022年12月、エラスムス・プラス公式ウェブサイト上で、2023年内に「欧州学生証(European Student Card: ESC)」の利便性が飛躍的に向上すると発表した。これは、「ESCルーター(European Student Card Router)」と呼ばれる大規模デジタル・プラットフォームの大幅アップグレードによるものである。

◆「欧州学生証」とは

 2016年に開始されたエラスムス・プラスのプロジェクト「欧州学生証イニシアチブ※1として実施されている取組。留学先で新たな学生証を発行するのではなく、現在所属している高等教育機関の学生証をデジタル・プラットフォームに紐づけることで、エラスムス・プラスに参画する高等教育機関の学生は欧州域内であれば「いつでも」「どこでも」学生としての身分を証明することができる仕組みである。

 加えて、本取組では「欧州学生証」を通じ留学の申請から学習証明の取扱まで、エラスムス・プラスのプログラムにおける事務手続きのすべてを簡略化・デジタル化し、欧州高等教育圏※2を移動する学生とプログラムを運営する高等教育機関双方の様々な負担を軽減することで、欧州全域でのモビリティの促進と質の向上を目指している。

※1 European Student Card Initiative。 「欧州学生証」「エラスムス・プラス・アプリ」「紙を使用しないエラスムス(Erasmus Without Paper)」という3つの取組で構成されている。いずれの取組も、簡便かつセキュリティ面で安全なオンライン手続きを実現し、学生がスマートフォンの操作一つで必要な情報をすぐに入手できることを目標としている。

※2 欧州では、単位の互換性や学生・教職員の流動性を高めることにより、国境を越えて共同体としての結びつきを強め、欧州高等教育圏(European Higher Education Area: EHEA)の確立を目指している。国際的な共同教育プログラムやこれらの質保証における取組についても、国を越えた枠組みや制度が共同で策定されている。(本サイト「欧州」の「地域レベルの高等教育政策」ページ)

◆2025年までに「プログラム国」全33か国で発行へ

 2022年時点で、ESCルーターに登録し「欧州学生証」を発行している高等教育機関等は470機関、エラスムス・プラスの33のプログラム国※3のうち27か国に及ぶ。欧州委員会は、2025年の欧州教育圏の完成までに全33か国において、可能な限り多くの学生に「欧州学生証」を発行することを目標としている。
 なお欧州委員会の教育・青少年・スポーツ・文化総局は、ESCルーター改修プロジェクトの開発・実施・サポートに関する枠組み契約を日本企業の海外事業会社と締結した。※4

※3 エラスムス・プラス2021-2027における交流プログラム対象国で、EU加盟国と一部の非EU加盟の欧州諸国の計33か国からなる。詳細はエラスムス・プラス公式ウェブサイトを参照のこと。

※4 欧州連合の電子入札公告では、「欧州学生証の開発・実施・サポート業務(Lot 1、 Lot 2)」と告示されている。本業務(Lot 2)の契約を締結したNTTデータが発表しているプロジェクトの内容は、IT技術提供にとどまらない包括的な業務となっている。詳細は下記ウェブサイト参照。
The European Union: Tenders Electric Daily (欧州連合:電子入札公告)
The European Student Card (「欧州学生証」公式ウェブサイト)

◆ESCルーターの機能強化・拡充

 今回のプロジェクトでは、IT基盤としてのESCルーターの機能を強化するとともに、データセンターである欧州委員会情報技術総局への確実な移行手順を定めるとしている。欧州委員会はこうしたESCルーターの機能強化・拡充により、利便性が大幅に向上することで「欧州学生証」の普及・拡大の加速に繋がると見込んでいる。
 ESCルーターは「欧州学生証」を一元管理するデータベースとして、以下の発行・検索機能を有している。

▼欧州学生証番号(European Student Card Number:ESCN):

各学生証を識別し、有効性を確認するためのカード固有番号。

▼欧州学生ID(European Student Identifier):

「エラスムス・プラス・アプリ」等のオンライン・モビリティツールにアクセスする際、個別の学生を識別できるようにするための番号。

▼ESCホログラム:

欧州域内でカードの真正性を証明するカード表面のロゴマーク。

▼ESC QRコード:

カードの表と裏にあるQRコード。欧州域内でのカードの有効性を証明するとともに、ESCN・欧州学生IDの情報を搭載している。

 ESCルーターにアクセスすることで、モビリティ管理を行う各高等教育機関・学生連合・学生団体間の情報交換が安全かつ容易になる。なお、ESCルーターには登録済の欧州の高等教育機関や学生連合・学生団体のみがアクセスできる。
 エラスムス・プラス公式ウェブサイトでは、「欧州学生証」の発行を希望する高等教育機関等向けに手順を分かりやすく解説している。実際の「欧州学生証」は各高等教育機関によってデザインが異なり、携帯するカード型、デジタル搭載型のどちらでも利用可能である。カードのサンプル画像は「欧州学生証」公式ウェブサイトで見ることができる。

◆さらなる普及を目指し「使いやすさ」を重視

 「欧州学生証」公式ウェブサイト上では導入の拡大と学生証としての利便性向上のため、ESCルーターの大幅アップグレード業務の中で、該当する全てのステークホルダーに向けてヘルプデスクを設け、「欧州学生証」のプラットフォーム導入の準備段階から導入後まで各機関のニーズに合わせた相談受付・助言を行うことや、各種イベント・SNSを通じて、学生・高等教育機関・サービス提供業者に対し「欧州学生証」導入のメリットを広報していくと公表している。
 「欧州学生証」を活用する高等教育機関等が欧州高等教育圏全域で増加すれば、各ステークホルダーは以下に挙げるような様々なメリットを享受できるようになる。

◆「欧州学生証」利用の具体的なメリット

▽学生側のメリット:

  • ◎留学前・留学中・留学後の事務手続きが一元化され、より簡潔になる。
  • ◎留学手続きのガイダンスや留学後のフォローアップがデジタル管理され、それらのサービスを継続的に受けることができる。
  • ECTS単位※5が自動的に認定される。
  • ◎留学先の高等教育機関が提供している学習・生活支援(図書館や交通機関、宿泊施設等)を留学開始と同時に受けることができる。
  • ◎EU圏内の文化活動への割引もしくは文化活動に対する割引が適用される。

※5 ECTS単位については、こちらを参照(本サイト「欧州」の「地域レベルの高等教育政策」ページ)。

▽高等教育機関側のメリット:

  • ◎学生の選抜からECTS単位の認定まで、モビリティの全プロセスをデジタルで容易に管理できる。
  • ◎デジタルで学生を識別し、高等教育機関間で学業成績などの学生データを安全に交換・検証することができる。

▽学内・学外サービス提供側のメリット:

  • ◎学生であることをより迅速に、正確に確認することができる。
  • ◎提供するサービスに留学生を加えることで、利用者のネットワークを広げることができる。

◆「欧州の学生」としてのアイデンティティの醸成

 欧州委員会は、「欧州学生証」の普及により学生のモビリティがこれまで以上に円滑になることで欧州高等教育圏の完成へ向けて大きく前進するとともに、「欧州の学生」としてのアイデンティティを育むことにもつながると期待を寄せている。

原典①:エラスムス・プラス(欧州委員会)(英語)
  ②:「欧州学生証」(英語)

◎関連記事まとめ -QA UPDATES過去の投稿記事より­-

(1)「EUの大学戦略:国際的な大学間連携・共同学位を推進し経済・環境問題等の解決へ」
(本サイト2022/3/18投稿記事)

(2)「『エラスムス+2021-2027』の新プログラムの概要と予算規模が発表」
(本サイト 2021/6/18投稿記事)

(3)「欧州教育圏、2025年実現へ:欧州委員会が示した今後の具体的な取組み」
(本サイト 2021/1/25投稿記事)

(4)「欧州教育圏 (European Education Area) 構築に向けて」
(本サイト 2018/2/19投稿記事)

(5)「EU・ASEANによるSHAREプログラムの期間延長が決定」
(本サイト 2021/5/17投稿記事)

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