2020年12月、欧州委員会の高等教育におけるマイクロクレデンシャルに関する専門家会合(Micro-credential higher education consultation group)は、「FINAL REPORT A EUROPEAN APPROACH TO MICRO-CREDENTIALS」と題した最終報告書を発表した。この専門家会合は、政府関係者や高等教育機関、質保証機関、国内情報センター(NIC)関係者で構成され、マイクロクレデンシャルの共通定義の提案および欧州の教育制度への統合や資格の検証に関する提言を行った。その提言は、高等教育のみならず、職業訓練や雇用現場などでも考慮されることが見込まれている。
報告書によれば、マイクロクレデンシャルが誕生した背景には、科学技術の急速な進展や社会における最新の知識・技能に対する需要の高まりにより、労働者がこれらに対応するための短期的な学習が求められているという事情がある。その結果として、多様な事業者がナノディグリーやマイクロマスター、マイクロディグリーといった様々な呼称を用いてこれまでよりも柔軟な形態の教育を提供しているという事象が世界規模で生じているとしている。その傍ら、それらにおける学習が何であるか、どのような価値を持つのかという疑問が呈されているともしている。
報告書では、マイクロクレデンシャルに関する取組課題として、①全セクターに共通したマイクロクレデンシャルの定義設定、②マイクロクレデンシャルに対する欧州的アプローチ(European approach)における一貫性の確保、③EUレベルでの措置計画が提案されている。下記では、報告書で示されているこれらの課題に対する提案を紹介し、併せて世界各国における関連動向にも触れる。
欧州的アプローチとマイクロクレデンシャル:共通の定義と制度への統合
マイクロクレデンシャルは、気候中立の実現やデジタル時代に適応した労働技能開発に向けた、欧州委員会による2020年からの5ヵ年計画であるEuropean Skills Agendaの12の旗艦プロジェクトの一つであり、マイクロクレデンシャルの質や透明性の確保並びに欧州における各種制度への統合が目標として掲げられている。また、2025年までの実現を目指す欧州教育圏の計画においてもマイクロクレデンシャルへの対応が示されている(本サイト2021/1/25投稿記事)。
マイクロクレデンシャルの定義と関連する取組
今回の報告書では、マイクロクレデンシャルを「短期間の学習経験によって学習者が得た学習成果の証明であり、その学習成果は透明性のある基準によって審査されたもの」とし、「資格の保持者や達成した学習成果、試験の方法、資格授与主体、さらに可能であれば資格枠組でのレベルや修得単位数が認証された証書に記載されること」としている。加えて、「マイクロクレデンシャルは学習者が保持し、共有、移行、又は別の資格に組み合わせることができ、且つ質保証によって支えられること」としている。
このため、学習の透明性を確保することを目的としている既存の欧州における基準や枠組、ツールを適用することによって、マイクロクレデンシャルの透明性を高め、社会に受け入れられやすくなることが可能であると、専門家会合は結論付けている。
また、2020年3月から2022年3月にかけては、マイクロクレデンシャルに対して、ボローニャプロセスの中で生み出されてきたツールの応用可能性及び適用の方法や課題を明らかにするプロジェクトMICROBOL(Micro-credentials linked to the Bologna key commitments)が行われている。
さらに、2020年7月に立ち上げられた新たなユーロパス※1は、マイクロクレデンシャルを含め、学習成果の記録を電子的に発行、保管、共有することが可能で、European Student Card Initiative※2と紐づけることによって、マイクロクレデンシャルにおける資格の承認やポータビリティ等に伴う課題の解決を支援するとされる。
マイクロクレデンシャルをとりまく制度とその構築
マイクロクレデンシャルに対する欧州的アプローチは、資格枠組や質保証、単位制度等、複数の重要な要素によって構成されるべきとしている。その主なものは下記のとおりである。
マイクロクレデンシャルを構成する要素
専門家会合は、マイクロクレデンシャルの情報は学習成果の透明性が重要とし、マイクロクレデンシャルを構成する要素に関する欧州基準を提案している。
<専門家会合が提案するマイクロクレデンシャルの構成要素に関する欧州基準>
■必須の要素
- 学習者の本人確認情報
- マイクロクレデンシャルの名称
- 発行元の国・地域
- マイクロクレデンシャルを授与する主体
- 発行日
- 学習成果を達成するために必要とされる学習量(ECTS単位等で示す)
- マイクロクレデンシャルの資格のレベル(可能であれば学位の段階も)
- 学習成果
- 学習形態(オンライン型、対面型、両者のブレンド型等)
- 試験形態
- マイクロクレデンシャルや学習内容の質保証
■任意の要素
- 学習活動参加(入学)の要件
- 試験時の監督・本人確認方法
- 学習成績 ほか
資格枠組とマイクロクレデンシャルの位置づけ
欧州資格枠組(EQF)は学習成果の指標に基づいた資格の参照枠組として機能しているため、マイクロクレデンシャルにも応用できる可能性があることを指摘している。正規の教育・訓練機関が提供する学位資格以外の新たな提供形態の学習を国の資格枠組に組み込む国はあるが、マイクロクレデンシャルを国の資格枠組に組み込むことについては、世界的にもまだ初期段階にある。しかし、国の教育・訓練制度において、マイクロクレデンシャルが示す学習段階を参照可能にする必要性があるというのが世界的な傾向であると述べている。
マイクロクレデンシャルの授与につながる教育の質保証
透明性と信頼の欠如が、マイクロクレデンシャルの承認の妨げになっていると指摘している。高等教育では、質保証によって透明性と信頼の確保がなされていることを踏まえ、マイクロクレデンシャルの信頼確保には質保証が有効であるとしている。高等教育機関が提供するマイクロクレデンシャルは、欧州高等教育圏における質保証の基準とガイドライン(ESG)で網羅されているため、質が保証されていると考えられる一方で、高等教育機関以外によって授与されているマイクロクレデンシャルについては、信頼に足る授与主体のリストを欧州レベルで作成することにより、その信頼性を担保することを提言している。併せて、ESGは高等教育機関以外の主体に対しても適用可能であると述べている。
マイクロクレデンシャルに適切な単位制度
マイクロクレデンシャルは学習成果に基づいて授与される資格であるため、欧州単位互換制度(ECTS)になじむものであり、単位はECTSで示すべきという。併せて、ECTSは高等教育以外のセクターにも適用可能であるとする。また、ECTSを使用することにより、単位の積み上げにマイクロクレデンシャルを透明性ある状態で活用することが可能になるとしている。
資格のポータビリティ・資格承認と資格の電子化
マイクロクレデンシャルの承認は、正規外の学習で得た成果の承認などの場面で起こることが多いと指摘している。資格の承認において審査する側が確認すべき項目は、eラーニングによる学習の承認に関するプロジェクト(E-valuateプロジェクト)(本サイト2020/1/20投稿記事)の中で示されており、コースの質、資格の真正性、コースのレベル、学習成果、学習量、試験の方法、本人確認である。これら7つの要素は、上記の「専門家会合が提案するマイクロクレデンシャルを構成する要素」にも沿うものである。さらにこれらの情報は長年にわたってアクセスできることが重要であるとしている。
マイクロクレデンシャルは紙や電子媒体など様々な形態で発行されているが、資格の電子化によって、資格のポータビリティや資格承認が容易になることから、電子的に発行されることが望ましいことを指摘している。なお、資格の電子化の利点として、資格承認における一貫性や情報の質を確保しやすいことを挙げ、また、電子化されたデータの扱い方に関しては、電子化に伴う環境整備の一環として対処されるべきと述べられている。
今後の実施計画
報告書では、「マイクロクレデンシャルの定義」、「資格枠組」、「質保証」、「単位互換制度」、「資格承認」等に分けて今後の具体的な計画が示されている。計画は2020年から2024年にかけてのもので、マイクロクレデンシャルの定義や基準、既存の制度への統合等は2022年~2024年の間に行う目標として掲げられている。
世界各国におけるマイクロクレデンシャルの状況
ニュージーランドでは、マイクロクレデンシャルを正式な教育・訓練制度として認めているが、「資格よりも学習量の少ない単位で、技能の発展に焦点を当てたもので、かつ従来の高等教育では提供されていない学習」と規定している(本サイト2018/9/12投稿記事)。なお、マイクロクレデンシャルは正規の学習にとって代わるものではなく、これまで高等教育で提供されてこなかった技能や知識のギャップを埋めることを目指すものとしている。
加えて、カナダ・オンタリオ州政府もマイクロ証書(micro-certification)が授与される短期教育の制度化を進めている(本サイト2020/7/2投稿記事)。マイクロ証書は学位のような従来の教育資格と違い、取得期間が短く、職業に関連する先端のスキルを学ぶ点が特徴となっている。
※1:ユーロパスは資格の透明性を図る目的で2004年に立ち上げられ、学習者の学習歴を示すディプロマサプリメントや履歴書等に関して、欧州地域で共通のフォーマットを提供してきた。新たなユーロパス(Europass Digital Credentials Infrastructure)では、ブロックチェーン技術を取り込み、電子資格を直接、ユーロパスのサイト上で管理し、教育機関や雇用主に提供することができるようになった。
※2:学生個人の情報を電子的に管理し、学生移動に必要な情報について、紙媒体を介することなくやり取りをすることを目指すイニシアティブ。
原典①:欧州委員会(英語)
参考①:欧州委員会(英語)
参考②:欧州委員会(英語)
参考③:欧州委員会(英語)
参考④:MICROBOL(英語)