欧州:資格承認関係者による会議で高等教育資格の承認とAIについて議論

2025年5月、第32回ENIC-NARIC※1会合において、高等教育(高等教育資格の承認※2を含む)とAI(人工知能)について議論が行われた※3。本記事では特に、これらの議論の基礎となっているイタリアの国内情報センター(NIC)の学術移動・同等性情報センター(CIMEA)による報告書「人工知能と資格承認:ENIC-NARICの観点からの機会とリスク(2023年11月)」及び、高等教育資格の承認に関する地域規約の議長(President)4名による「人工知能(AI)と資格承認に関するポジショニング・ペーパー(2025年1月)」について紹介する。

※1:ENIC-NARICは、欧州における資格承認に関する欧州地域における高等教育の資格の承認に関する規約(Convention on the Recognition of Qualifications concerning Higher Education in the European Region:リスボン承認規約)の各締約国が設置する国内情報センター(NIC)のネットワークである。このネットワークはENIC事務局とNARIC諮問会議により構成される。CIMEAはENIC事務局の議長を務めており、本報告書「人工知能と資格承認:ENIC-NARICの観点からの機会とリスク」のような、資格承認分野における先導的な取組みを実施している。

※2:資格の承認とは締約国の権限のある承認当局が外国において付与された教育の資格の価値について定め、及びその価値に対して与える正式な確認をいう」(高等教育の資格の承認に関するアジア太平洋地域規約(Asia-Pacific Regional Convention on the Recognition of Qualifications in Higher Education:東京規約)(本サイト2018/3/15投稿記事))。日本におけるイメージとしては、外国で付与された資格保持者に対して日本の大学入学資格を認める、単位認定を行うといったことが挙げられる。

※3:本会合の詳細な報告書は公開されていない。公開されている会議概要(プログラム)によると、会合の後半はワークショップ形式で行われ、ENIC-NARICの立場から、資格承認や資格の自動承認などの議題で情報交換が行われたようである。AIについては、資格の承認においてAIを利用する際の倫理的な問題点とその打開策であったり、フランスとノルウェーのNICにおけるAI利用の実践例などが紹介された。

1.報告書「人工知能と資格承認:ENIC-NARICの観点からの機会とリスク(2023年11月)」について

CIMEAによる報告書「人工知能と資格承認:ENIC-NARICの観点からの機会とリスク」(以下、本報告書)は、欧州におけるAIと教育に関するこれまでの議論※4を踏まえ、AIと教育の関係に関する広範な課題、特に資格の承認についてのリスクを取り上げている。AIの利用が提示する主要な課題を明確にし、分析することを通じて、教育、特に資格承認におけるAIの利用の議論に資することをねらいとしており、必ずしも、資格承認において「AIをどう使うか」について、答えを提供するものではない。

本報告書の主な対象は、高等教育機関、ENIC-NARICセンター、資格承認に関して権限を持つ機関、資格承認に関わるその他の団体となっている。

※4:本報告書では、これまでの欧州におけるプロジェクトとして、以下を紹介している。

FraudSCANFraudS+:FraudSCANは、権限ある承認当局により不正と認められた証書およびディプロマミルと判定された資格証書の写しを格納するデータベースである。FraudS+はFraudSCANの後継プロジェクトである。
DigiNet:ENIC-NARICの協力のもと、資格承認業務の電子化の実施を促進するためのプロジェクト。プロジェクトの結果は報告書にまとめられている。
Artificial Intelligence Skills Alliance(ARISA):欧州レベルで必要とされるAIのスキルのマッピングに貢献し、人間中心で社会に貢献するAIを拡充するための欧州のプロジェクト。AIに対する新たなデジタルスキル戦略を開発し、実施し、普及させることを通じて、EUの労働者のアップスキリング、リスキリングを促進することを目的とする。
MARTe:AIが学修成果を扱うことで、マイクロクレデンシャルの自動承認の可能性を探るプロジェクト。

AIとは

本報告書では、一般的な用語としてのAIについて、欧州評議会の以下の定義を用いている。

「AIとは、人間の認知能力を機械で再生成することを目的とした一連の科学、理論、技術のことである。近年の発展は、例えば従来人間が行っていた複雑な課題を機械に任せるようにできることを目指している。」

高等教育におけるAIの利用:倫理的観点から

本報告書「高等教育におけるAIの利用:倫理的観点から」の章では、高等教育におけるAIの利用について以下の5つのカテゴリーに分け、考察と課題を提示している。

(1)公平性
(2)ワークフロー
(3)学修成果
(4)欧州における枠組み
(5)モビリティ

本記事では、報告書で取り上げられた問いや考察を抜粋して紹介する。

(1)公平性:教育、また資格の承認において、AIは公平でありえるか?


本報告書ではまず、公平性の問題について以下を指摘している。

  • ChatGPTやITS※5はデジタル技術であり、デジタル化の進展に依存する。そのため、規制のないAIの導入は地域間の格差を拡大する可能性がある。
  • 多くのAI ツールは、営利機関が運用するものであり、文化的背景、生活水準、政治的立場の異なる、すべての学習者に平等であるかについては、課題が多い。また、多様かつ多元的な知識の創造を保証できるかという点についても疑問がある。
  • 少数のAIツールが「知識のインターフェース」を独占し、特定の文化的見解に有利に働く、といったリスクも考えられる。

※5:ITSとは、Intelligent Tutoring Systemのことで、本報告書によると、ITSは、個々の学生の特性やニーズに合わせたテイラーメイドの教育方法や活動を提供するものであり、大規模公開オンライン講座(MOOCs)等の新しい種類のコースに特に役立ちうることが実証されていると説明されている。

資格の承認に関しては、以下のような課題を指摘している。

  • AIの使用には、学習データの蓄積が必要であるが、資格承認のデータが多数存在する地域とそうでない地域がある。データ蓄積の差により、公平な資格承認ができないのではないか。
  • AIによるバイアスや差別をどう防ぐか。例えば、偽の資格証書が多数出てくる国からの申請書類は、他の国と比べAIによって偽造と判断される可能性が高く、逆に偽の資格証書がほとんど出てこない国からの申請書類はAIによって偽造と判断される可能性は低くなるのではないか。
  • AIを利用するためには多数のデータが必要であるが、欧州地域の間で資格承認についての協働的で競争的でないデータハブを有することを視野に入れる必要があるか。このようなビッグデータのハブを設ける際にかかるコストをどうするか。

(2)ワークフロー:AIは資格承認のワークフローにおいて、どのような役割を果たし得るのか?

資格の承認とAIを巡る議論の一つは言うまでもなく、AIは資格承認の実務の簡素化に役に立つのか、また、資格承認の実務の質の向上に役に立つのか、である。報告書では、以下の課題を提示している。

  • AIは、資格の評価の手続きを(部分的にであっても)自動化するか。
  • AIは、異なる言語間の壁をなくすことに役に立つか。
  • AIは、偽造の発見に役に立つか。
  • 逆にAIは、偽造する側にとっても有効なツールとなるのではないか。
  • AIがより複雑なタスクに対応するようになったとき、資格評価者はさらに付加価値の高いタスクを行うのか。
  • データの分析が資格評価者にとって必要な能力となるのか。
  • AIが必要とする大量のデータのプライバシーをどう保護するのか。

(3)学修成果:AIの時代における、学修成果とは?

外国の資格を承認する際、学修成果※6が重要となる。そのため、本報告書では学修成果とAIの関係についての課題と問いを述べている。

また、本報告書では、高等教育における従来の学修方法で獲得される基礎的な知識の重要性を見失わないようにする必要があると指摘している。

  • AIの時代において、学修成果を信用することができるだろうか。AIが進化するにつれ、学生の新たな学術不正が生まれる。他人の著作物から、適切な引用のプロセスなしに、コピーする、という従来の剽窃の概念はChatGPTのようなAIツールには適用できない。ChatGPTが生成する文書は、生成された文章が全くの誤りであるケースがあり、また、使用者がChatGPTに出典を求めると、出典は存在しないとの回答が示されることもある。こうしたことを踏まえ、高等教育機関は、学生が生成AIを使用することを念頭に置いて成績評価の手法を見直す必要がある。
  • 資格承認に関して持ち上がってくる問題は、学位プログラムにおけるAIの不正利用である。学生による不適切なAIの利用で資格を授与されることが想定される。評定する資格が「適切な」ものであるかはどのように決定されるべきだろうか。
  • 高等教育に関する資格の承認のための世界規約(Global Convention on Recognition of Qualifications concerning Higher Education)(本サイト2020/1/23投稿記事)の第3条(資格承認の原則)では、高等教育における不正な慣行を「最新の技術の使用及び締約国間のネットワークの形成を奨励することにより」根絶させる旨が規定されている。つまり、AIを含む最新の技術は教育不正に立ち向かうためにも使われうる。
  • 学生の学修成果の記述に関して、AIは、より透明で、信頼でき、明確な方法で記述することができるだろうか。
  • AIの文章の相互参照機能を用いて、適切なスキルを有する卒業者と労働市場のニーズを効果的に結びつけることを手助けできるだろうか。

また、資格の自動承認※7の基礎として、比較する資格の学修成果の同一性もAIで判断することになるのか、と指摘されている。

※6:学習成果はlearning outcomesのことであり、学修プロセスの修了時点で、学修者が知り、理解し、運用できることのstatement(表明)である。なお、欧州高等教育圏(EHEA)では、インプット(コース内容、履修科目数、学修時間等)重視のアプローチから、学修成果重視のアプローチへのシフトが進んでいる。

※7:資格の自動承認については、本サイト2024/6/14投稿記事の中段「■資格の自動承認とは」の箇所を参照のこと。

(4)欧州における枠組み:国を越える取り組みとAIの関係は?

本カテゴリーでは、国を越える欧州という地域に焦点をあて、EUのAI規則(Artificial Intelligence Act)」※8、欧州高等教育圏(EHEA)における取組みという異なる2つの側面について、AIに関する課題を取り上げている。

1つ目は、EUのAI規則において、教育、職業訓練におけるAI活用が「ハイリスク」に分類されているという点である。同法は、AI利用のリスクを、「容認できないリスク」「ハイリスク」「限定的なリスク」「最小限のリスク」に分類しており、教育や職業教育におけるAI利用はハイリスクに該当するとされている。AI利用におけるハイリスクとは、「基本的な権利と安全に対してAIがもたらすリスクを緩和するために、質の高いデータ、文書、追跡可能性、透明性、人間による監督、正確さが厳密に求められ、かつ、これらが他の法的枠組みによってカバーされない(欧州委員会、2021)」場合を指すとされている。報告書では、各国、高等教育機関はこうした問題に対して、欧州レベルで、どう取り組むか、という課題を提起している。

※8:本報告書公表後の2024年5月、EUにおいてAI規則が成立した。本報告書は、AI規則の審議途中の2023年11月に公開されたものであるため、一部、2024年に制定されたAI規則と異なる記述となっている可能性もある。

また、2つ目として、EHEAにおける主要な取組みとAIの関係について、次のような疑問を提示している。

  • AIは、EHEAの主要な取組みである資格枠組みや欧州単位互換制度(ECTS)、リスボン承認規約、質保証(に関する欧州枠組み)に貢献できるものだろうか。
  • 資格承認の観点から、AIに関する示唆や規制が必要とされるのだろうか。AIを巡って、リスボン承認規約と関連する文書についての更なる議論が必要だろうか。
  • もしそうであるなら、何が議論のポイントで、またそのことは、リスボン承認規約の締約国のAIについての政策に対してどのような影響を与えるだろうか。

(5)モビリティ:学術的な国際モビリティへの影響は?

AIを教育に活用することで、学生個人の特徴やニーズに合わせたテイラーメイドの教育法を作り出すことができ、学生が自分のペースで学習を進めることが可能となり、学習を学生のニーズに合わせたものとすることができるかもしれない。また、個々の学生に合わせたテストやチャットボット等のAIの活用で、留学生の学習経験が増大し、留学の機会が増える可能性もある。またこれに伴い資格承認の申請が増えることも予想されている。これについての問いは以下のとおりである。

  • AIは、学生の国際化とモビリティを促進させるだろうか。もしそうなら、どのように行うのか。
  • AIは、例えば言語面などの、留学生のモビリティに対する障害や障壁を克服するための助けとなるか。もしそうなら、どのように行うのか。

2.AIと資格承認に関するポジショニング・ペーパーについて

2025年1月、UNESCOの地域規約(アディス・アベバ規約、東京規約、リスボン承認規約、ブエノスアイレス規約)の委員会議長4名により、ポジショニング・ペーパー(Joint positioning paper on Artificial Intelligence and recognition of qualifications)が公表された。

同ポジショニング・ペーパーでは、地域規約の主要な目的は、資格承認における国と国の間の障壁を撤廃することにあるが、AIによる資格承認は、アルゴリズムを使用して予測する、あるいは、過去の決定を模倣するだけであり、障壁の撤廃という目的を考慮するものではなく、逆の結果をもたらすかもしれない、としている。

また、資格承認は、人間だけが行える価値判断を含むものであり、「人間中心の資格評価」が、資格の公正な評定を保証することとなるとともに、資格保持者の基本的人権を守り、さらには法の支配、民主主義の尊重につながると述べている。

原典①:欧州評議会(英語)
原典②:欧州評議会(英語)
原典③:Linked in(英語)
原典④:CIMEA(英語)

◎関連記事まとめ

(1)「欧州:ベネルクス3国とバルト3国の高等教育資格の自動承認に関する国際条約が発効」
(QA UPDATES 2024/6/14投稿記事)

(2)「外国とドイツの高等教育資格の比較評価が完全デジタル化へ」
(QA UPDATES 2023/3/22投稿記事)

(3)「欧州:「実質的相違」を考える―外国資格承認に関する報告書が公開」
(QA UPDATES 2021/9/7投稿記事)

(4)「偽造書類の発見に自信のある大学職員は25%―イギリスNICによる調査と事実確認の重要さ」
(QA UPDATES 2020/4/21投稿記事)

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