学習成果の活用を通じ資格承認の改善を目指すQUATREC*1プロジェクトは、2020年2月29日に調査報告書Comparing Qualifications for Reliable Recognitionを発表した。調査では参加した欧州5か国の国家資格枠組(NQF)を比較したほか、各国における心理学の修士など3種類の学位の相違点を分析した。プロジェクトの成果として、学習成果、欧州における国家資格枠組、資格の承認手続きそれぞれをテーマにした提言もまとめた。
プロジェクトに参加したのはアルメニア、ブルガリア、エストニア、ラトビア、イギリスのENIC/NARIC*2。これらの国はボローニャ・プロセス(NIAD-QE国際課まとめ)参加国であるため、3段階の学位制度や国家資格枠組の導入など、高等教育では共通の制度も多い。プロジェクトでは①物理学の学士、②心理学の修士、③経営学の修士の3つを対象に、各国で授与されているこれらの学位の学習成果を比較した。
それぞれの学位に対する学習成果の比較では量的・質的双方のアプローチが行われた。量的アプローチでは、定められた成果の個数と頻出単語の計測が行われた。質的アプローチでは、キーワードによるグルーピング、コンセプトによるグルーピング、ユネスコが開発中のWorld Reference Level (WRL)*3を用いたレベル判定という3つの面から分析が行われた。
こうした分析により、対象となった3つの学位に関し、下記の結果が得られた。
- 物理学の学士:すべての参加国で欧州資格枠組(EQF)*4レベル6相当であり、高等教育機関が学位授与者となっていた。WRLによる分析の結果、3つの学位の比較では修士よりも求められる学習成果の達成程度が明らかに低かった。
- 心理学の修士:すべての参加国でEQFレベル7、次段階の学位課程への進学する権利、高等教育機関による授与という点が共通していた。
- 経営学の修士:すべての参加国で5つの項目(資格レベル、入学要件、学習形態、進学可能性、学位授与機関)が共通していた。一方、学習成果の記述には多様性が見られ、容易に比較できるものではなかった。
QUATRECでは、調査対象の学位について参加国間での自動承認可能性も検討した。自動承認が可能な項目では、審査のたびに確認作業をする必要がなくなる。この点に関しては、下記のような結論となった。
- 物理学の学士:資格のレベル(EQFレベル6相当)という点では、参加国間でこの学位は自動承認が可能である。
- 心理学の修士:博士課程への進学という点では、参加国間でこの学位は自動承認が可能である。
- 経営学の修士:(特に制限を設けず、)参加国間でこの学位は自動承認が可能である。
また、参加国間の学位に見られた学習成果上の差異は、資格の自動承認を行うにあたり実質的な障壁とはならない程度であることも確認された。一方、自動承認を運用するためにはディプロマ・サプリメントの発行による情報の補完が必要なことも分かった。さらに、資格を評価する担当者が、学習成果を読み、その内容、構造、役割を理解するだけの知識が必要なことも明らかになった。
以上の調査を通じ、プロジェクトでは11の提言をまとめた。この中には高等教育機関向けの学習成果作成のためのガイドライン策定や、高等教育機関とENIC/NARICとの連携強化などが盛り込まれている。
QUATRECによる提言
学習成果に対する提言
- 資格承認の実情に即した学習成果作成のため、高等教育機関向けの共通ガイドライン策定
- 上記ガイドラインの下、学習成果の内容(トピックやテーマ)は各高等教育機関が決定
- 高等教育機関やENIC/NARIC間の議論を踏まえた、学習成果の公表(と英語などの共通言語への翻訳)の推進
- 各国資格の比較と承認プロセスでの学習成果の重要性に関し、ENIC/NARICネットワークと高等教育機関への周知
欧州高等教育圏(ボローニャプロセス参加国)の国家資格枠組に対する提言
- 欧州高等教育圏資格枠組*5と欧州資格枠組のレベル説明に関する情報の更新とオンラインでの発信
- 各国の資格枠組に沿った学習成果策定のため、NQFのレベル説明の改善もしくは高等教育機関へのさらなるガイドラインの提供
資格の承認手続きに対する提言
- 資格の承認プロセスでの学習成果の活用状況を知るため、すべてのENIC/NARIC機関を対象にした調査の実施
- 資格評価者に対して、学習成果と資格承認での活用に関する定期的な研修と指導の実施
- ENIC/NARICと高等教育機関に対して、標準化した学習成果分析の方法とツールの提供
- 資格評価での学習成果の活用ステップに関するガイドライン開発に向けたエビデンスの収集
- ENIC/NARIC同士の協力と、学習成果策定に責任を持つ高等教育機関とENIC/NARICの連携強化
アウトプットにもとづく資格の承認
「欧州地域の高等教育に関する資格承認規約」では、締約国間での資格の評定は「得られた知識及び技能に主たる焦点を合わせて」行うとされている。これに基づき、欧州地域での統一的な資格の承認手続きのために開発されたEARマニュアルとEAR HEIマニュアル*6(本サイト2014年12月26日掲載記事)では、評定する資格のレベル、学習成果、質、学習量、プロファイルの5要素を考慮することを求めている。5要素を考慮することで、修業年限や学習時間といったインプットに頼らず、各国教育制度の多様性をふまえて資格の評定と承認が行えることが望まれている。
日本の学校教育法では、例えば大学に入学できる条件として、高等学校等の卒業者であることのほか「これと同等以上の学力があると認められた者」(第90条)としており、アウトプット(学力)にもとづく条件となっている。さらに、日本も締結している「高等教育の資格の承認に関するアジア・太平洋地域規約」も前述の欧州地域における規約と同様の内容であり、資格の評定ではアウトプットの考慮が求められている。
こうした国際的な規約は、アフリカ地域と中南米地域でもすでに締結され、中東地域でも締結に向けた協議が進んでいる。また、2019年11月のユネスコ総会では「高等教育に関する資格の承認のための世界規約」が採択された(本サイト2020年1月23日掲載記事)。世界規約の内容は上述した地域ごとの規約を踏襲しており、世界的にアウトプットにもとづく資格の承認が主流になる見込みである。
*1UATREC:Comparing qualifications for reliable recognition
*2ENIC/NARIC:ユネスコと欧州評議会による「欧州地域の高等教育に関する資格承認規約」において、各締約国に設置が義務付けられているナショナル・インフォメーション・センターのこと。その設立経緯からENIC/NARICと呼ばれている。
*3WRL (World Reference Level):ユネスコが開発中の世界共通の枠組で、すべてのアウトカム評価に基づく資格、入学/就職要件や資格枠組における説明を翻訳し比較可能にするもの。11の要素を8段階に分けて示すことができる。例えば、「他者との協力(working with others)」という要素について、A1(最低)レベルの資格は「特定の単純あるいは高度に構造化された行動を、指導下で、他者と行える」ことを示すが、D2(最高)レベルの資格は「新しく非常に重要な合意と戦略的または高度に専門的な行動につながる行為を始めるため、分野または組織の中と間で専門家に指示したり彼らと連携できる」ことを示す。
*4欧州資格枠組:欧州で用いられている資格・学位を欧州共通の視点で理解するための仕組み。これにより、労働者や学習者の国際的な流動性が高まり、生涯学習が促進されると見込まれている。EQFは、各資格・学位を8段階(レベル1~レベル8)に分類し、当該資格取得に必要とされる知識(knowledge)、技能(skills)、能力(competence)に関する学習成果を示す。
*5欧州高等教育圏資格枠組:欧州高等教育圏に属する国が、それぞれの国家資格枠組を制定するための指標となる資格枠組。欧州各国の高等教育が、多様性と共通性のバランスを保つために定められている。QF-EHEAは学士相当、修士相当、博士相当の3サイクル制によって構成される。
*6EARマニュアルとEAR HEIマニュアル:European Area of Recognition ManualとThe European Recognition Manual for Higher Education Institutions
原典①:Academic Information Centre (英語)
原典②:Academic Information Centre (英語)
原典③:Academic Information Centre (英語)