欧州評議会が教育不正への対応を促す勧告を採択

 欧州評議会※1は2022年7月、評議会加盟国に対し、教育に関する不正※2への対応を促す勧告「Recommendation of the Committee of Ministers to member States on countering education fraud」を採択した。勧告は、不正の予防、通報、不正防止に関する国際協力、モニタリングの4領域にわたる。教育不正が欧州を含めて世界的に問題となるなか、欧州各国での対応及び国を越えた協力を促す狙い。
※1  欧州評議会(Council of Europe):
人権、民主主義、法の支配の分野で、その価値を普及することを目的とし、国際社会の基準策定を主導する汎欧州の国際機関。現在、EU全加盟国に加え、英国、トルコ、ウクライナなども含めて46か国が加盟。日本は米国、カナダなどとともにオブザーバー国として参加(外務省ウェブサイトをもとにNIAD-QE国際課にてまとめ)。
※2 原典ではeducation fraud。本記事中では、以降、「教育不正」と記載する。なお、本勧告における「教育」及び「教育不正」の範囲については、次の段落を参照。

■勧告における「教育不正」とは

 本勧告における「教育」とは、全教育段階(就学前教育から高等教育、職業教育、生涯教育等)、全設置者(公(国)立/私立、営利/非営利等)、また、オンライン教育を含めたすべての形態の教育を指す。
 また、ここでの「教育不正」とは、教育の場面における、人を騙して不正な利益を得ようとする行為をいい、ディプロマ・ミル(ディグリー・ミルとも呼ばれる)、アクレディテーション・ミル、ビザ・ミル、エッセイ・ミル(論文代行業者)、エッセイ・バンク(論文販売業者)※3、生徒または学生本人になりすました者が課題の作成や試験の受験の全部または一部を行う行為、真正な書類の不正使用、剽窃、書類の偽造及び偽造書類の使用、第三者を騙す意図をもって正規の承認を受けていない資格を付与する行為が含まれる。
※3 「ディプロマ・ミル」、「エッセイ・ミル」等については、本勧告の補足文書(Appendix to Recommendation)に欧州における定義が記載されている。

■勧告の背景:教育不正に対する汎欧州的なアプローチの必要性

 勧告の解説文書によれば、教育不正は世界的な問題となってきており、欧州評議会加盟国においても、全段階・レベルの教育が脅威にさらされている。論文代行業者等の不正な教育サービスの提供者はインターネットやソーシャルメディア等を利用して一国を越えて活動する可能性があり、さらに物理的な住所を一切持たずバーチャルでのみ存在しうるため、活動の発見と取り締まりに向けては国ごとの努力に加えて国際的な協力が必要になってきている。また、テクノロジーの発達により新たな手口の不正行為も増加している。

 こうした中、欧州評議会では2012年以降、教育不正に関する議論が行われ、2013年、ヘルシンキでの欧州評議会教育大臣会合(テーマ:「ガバナンスと質の高い教育」)において、教育における倫理とインテグリティ(誠実性)に関する対話と情報交換、また優良事例を共有するための汎欧州的なプラットフォームの構築が要請された。これを受けて、2015年に欧州評議会の専門家ネットワーク(ETINED Platform※4が立ち上げられ、教育研究に関する倫理綱領の策定、教育の公正性や透明性に関する優良事例の共有、教育関係者のキャパシティビルディングなどに取り組んできた。
 
 その後、本ネットワークにおいて、教育不正の問題に対処するための包括的で国際的なアプローチ構築の必要性が議論され、今回の勧告の策定に至った※5。なお、勧告のドラフトは2019年にとりまとめられたが、2020年春以降の新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い教育提供形態を含めて学生の学びを取り巻く状況が大きく変化したことから、各種の不正な活動が増加する恐れがあることを念頭にドラフトの見直しがなされた。
※4 ETINED Platform:ETINEDは、Ethics, Transparency and Integrity in Educationの略。欧州評議会は、倫理・透明性・インテグリティという基本的な価値の推進を通じて教育のガバナンスと民主主義、教育参加を発展させ、特に教育不正の問題を議論し解決に貢献することを目的とし、専門家ネットワーク(ETINED platform)を立ち上げた。質の高い教育の実現と教育不正への実効的な対応は、トップダウンによる規制によってのみ解決できるものではなく、教育に関わる者すべてが職業生活及び一般生活において、法の規範と体系に依りながら、倫理やインテグリティといった基本的な価値・原則を尊重しながら行動することによって達成できる、というアプローチを取る。現在、1)教育に携わる者の倫理的行動と教員の倫理綱領、2)高等教育セクターにおけるアカデミック・インテグリティ(学術的誠実性)と剽窃の問題、3)資格の承認の観点から見たディプロマ・ミルの問題を主要テーマとし取り組んでおり、今回の勧告は、上記の2つ目と3つ目のテーマに対応するものであると位置づけられている。

※5 なお、今回の勧告は、欧州の教育・文化に関連する様々な関係規約や宣言等も踏まえて策定・採択された。具体は勧告の前文に詳しいが、「欧州の人権と基本的自由の保護のための条約(Convention for the Protection of Human Rights and Fundamental Freedoms)」「リスボン承認規約」(NIAD-QE国際課まとめ)、「学問の自由と大学の自治に関する勧告(Recommendation of the Committee of Ministers to member States on the responsibility of public authorities for academic freedom and institutional autonomy)」ユネスコ/OECDの「国境を越えて提供される高等教育の質保証に関するガイドライン」等が含まれる。

■勧告の要旨

 勧告は、加盟国の政府等公的機関に対し以下の6項目を促す内容となっている。

1.自国内で、また可能な限り他国においても、教育不正につながる行為・活動を根絶し、質の高い教育を推進すること

2.インターネット、ソーシャルメディアなどを利用し不正な教育サービスを売ったり宣伝したりする組織または個人から、すべての教育段階の生徒・学生・研究者・教職員を保護すること

3.教育及び職業訓練のすべてのレベル・部門及び部門間の接続における教育不正の予防、不正から学生等を保護する取組を支援し、教育へのアクセスを保証すること

4.新しい形態の不正を生み出す恐れのあるテクノロジーの動向を注視すること

5.欧州評議会が主導するETINEDプラットフォームを通じ、教育不正への対処における国際協力を推進すること

6.本勧告を加盟国の公用語に翻訳し、国内での啓発に取り組むこと

 また、勧告本文には補足文書(Appendix)がついており、「勧告の目的と範囲」、「教育不正に関する各種用語の説明」、「啓発と情報」、「研修」、「剽窃」、「不正なサービスの広告と宣伝」、「法的枠組み」、「倫理綱領」、「教育に関する用語の保護」、「人々の健康と安全、将来世代の教育を守るための不正予防」、「通報(whistle-blowers)」、「不正予防におけるデジタル活用」、「教育不正に関する研究」、「国際協力」、「データ収集」、「モニタリング」、「評価とレビュー」に関し各国の取組及び国を越えた協力が期待される事項が記載されている。主な内容は以下のとおり。

◇勧告の目的
勧告の目的は、加盟国における教育不正の問題への対応と、教育における倫理・透明性・インテグリティの醸成を支援し、それによりすべての学習者の教育機会を確保することである

◇啓発
加盟国は、教育不正の予防と教育における倫理・透明性・インテグリティの促進に関するガイドラインを策定し、教育に関わるすべての利害関係者と共有すること

◇研修
加盟国は、教育セクター及び雇用セクターの専門職人材に対し、教育不正の防止と倫理・透明性・インテグリティに関する研修が継続的に行われるよう適切な方策をとること

◇剽窃の予防と発見
剽窃行為と剽窃した内容を含む文書の使用を予防するため、教育機関はすべての生徒・学生・研究者・教職員に対し、剽窃の意味の理解を徹底させるとともに、クリティカルシンキング、アカデミックライティング、研究スキルの向上を支援する取組を行うこと

オンラインによる学習や成績評価が増加している状況を踏まえ、加盟国は国ごともしくは他国と協力して、不正行為の発見に資する技術的な方策の開発・導入に取り組むこと

◇法的枠組み
加盟国は、当該国の法令に従い、教育不正と不正な教育サービスの活動(当該サービスの宣伝を含む)を取り締まる法的措置を取ること。必要な場合は、新たな法令の導入を検討すること

◇教育に関する用語の保護
”university”, “college”, “accreditation”, “bachelor’s degree”, “Dr.”などの主要な教育関係用語(当該国の公用語による表記に加え、他国の言語による表記も含む)を規定する法律を制定することが望ましい

加盟国は、一般にアクセスできる形で、当該国の教育制度において認可された教育機関の関係データ及び情報を定期的に更新し提供すること。また、学位や資格、教育機関の承認に関する正確で信頼できる情報を公表すること 

◇資格等の真正性の重要性
学位や資格(職業資格を含む)が正規の教育機関による正規の課程での学修を通じて取得された真正なものであることは、人々の健康や安全、生活と直接・間接に関係するものであることから、加盟国は社会から教育不正をなくすためにあらゆる方策を取ること※6
※6 勧告の解説文書は、国の当局や関係専門機関によって規制を受ける職業(regulated profession)の資格(医師、看護師、弁護士、公認会計士、教員、保育士、建築家、技師、パイロット、消防士等々)を挙げ、こうした分野の資格が偽の教育課程の修了などによって不正に取得された場合に人々の健康や安全、健全な社会生活に及ぼす悪影響に言及している。

◇不正予防における技術の活用
デジタル技術を活用し、学生に関する電子データの安全なやり取りや資格の真正性証明のためのオンライン上のツールを提供するなど、学生データの不正な利用の予防に向けた必要な手段を講じること。技術的に可能である場合、多言語かつアクセスしやすい形で、資格の真正性を証明するサービスを提供すること

◇不正の通報、モニタリング
加盟国は、教育不正や不正な教育サービス提供者の活動をモニタリングするためのシステムを構築すること。これには、教育機関やその他の教育の利害関係者から質保証機関やオンブズマン組織、または国の法令に基づき設置された機関(特に、各国のENIC-NARICセンターやリスボン承認規約委員会)への報告が含まれる

◇各国の対応方針のレビュー
加盟国が本勧告に基づき策定した戦略や方針については定期的にレビューを行い、その結果を踏まえて適宜アップデートすること

 なお、欧州評議会によると、今回の勧告の採択から5年後に取組状況に関するレビューが行われる(レビューの詳細は不明)。

原典①:欧州評議会(News portal)(英語)
原典②:欧州評議会(勧告本文)(英語)。※勧告の補足文書(Appendix)は、勧告本文の後に掲載されている
原典③:欧州評議会(勧告の解説文書(Explanatory Memorandum))(英語)
原典④:ETINED(英語)

参考:教育不正、アカデミック・インテグリティを扱った過去の投稿記事等

1.「イギリスで論文代行業を法律上禁止へ:大学等が不正を防ぐための7つの原則」
本サイト2021/12/1投稿記事
2.「豪州:論文代行不正に対して、法改正により厳格に規制へ」
本サイト2020/1/11投稿記事
3.「CHEAが学術不正への対処に関する勧告声明をフォローアップ」
本サイト2017/1/23投稿記事
4.平成27年度大学質保証フォーラム「知の質とは アカデミック・インテグリティの視点から」(2015年7月、当機構にて開催)の報告書

カテゴリー: 国際機関等, 欧州 タグ: パーマリンク

コメントを残す