欧州共通の質保証基準の将来へ向けて:QA-FITプロジェクトの結果を検証

 欧州高等教育質保証協会(European Association for Quality Assurance in Higher Education: ENQA)は2024年5月、コーディネーターとして主導する「QA-FIT」プロジェクトの調査報告書を公式ウェブサイト上で公開した。当報告書においてENQAは、「欧州高等教育圏における質保証のための基準とガイドライン(ESG 2015)※1の今後の改訂に向け、欧州高等教育圏European Higher Education Area: EHEA)の質保証枠組みに関係するステークホルダー(各国学生連合、高等教育機関、質保証機関、及び教育省庁)の見解をまとめている。中でも、高等教育の社会的側面、基本的価値、そしてそれらを推進する質保証の役割に注目している。

※1 大学評価・学位授与機構(当時)による全文翻訳(2016年1月)はこちら。欧州高等教育圏内における内部質保証、外部質保証並びに質保証機関に関する基準とその運用のためのガイドライン。国・地域間の違いを認めた上で共通の質保証基準を設けるもので、各質保証機関の多様性を尊重し、策定されている。
(大学改革支援・学位授与機構 「高等教育に関する質保証関係用語集」オンライン版より抜粋。同「大学質保証ポータル」ウェブサイトも参照のこと。)
原典(英語)はENQAの公式ウェブサイトに掲載。

◆「QA-FIT」プロジェクトとボローニャ・プロセス

 プロジェクトの正式名称は「Quality Assurance Fit for the Future」(本サイト2023/9/1及び2022/6/9投稿記事)。エラスムス・プラス2021-2027(本サイト「欧州」>「地域レベルの高等教育政策」ページ)のプロジェクトとして、2022年6月から2024年11月までの2年半にわたり実施されている。2005年の初版から20年弱、2015年の改定からも既に9年が経過したESGが、「EHEAの将来に向けてふさわしい(=fit)質保証基準となっているかどうか」を検証する取組である。
 2024年5月にはボローニャ・プロセス(本サイト「欧州」>「地域レベルの高等教育政策」ページ)の進展を確認・検証するEHEA大臣会合がアルバニアのティラナで開催され※2、ESGの改訂についての協議も行われた。今回の調査報告書は、「QA-FIT」プロジェクトの中間成果報告※3であるとともに、当該会合において教育担当大臣を含め、EHEAにおける質保証に関わる全てのステークホルダーに向けた協議の材料※4として活用されている。

※2 2024年5月29~30日に開催。採択されたティラナ・コミュニケ(2024)及びその他会合資料等は、“Tirana EHEA Ministerial Conference: 29-30 May 2024”公式ウェブサイトに掲載。
※3 ENQAは同時に、高等教育の国際化を支援する多様な質保証ツールの活用状況に関する報告書も公開している。

Quality assurance and internationalisation: state of play and perspectives for the future (ENQA, May 2024)
※4 当該会合に先立ち、ENQAは質保証機関の立場から教育担当大臣に向けた「3つの提言」も行っている。詳細はENQA公式ウェブサイトを参照。

◆ESGの重要性・適切性を高く評価

 ENQAは調査結果※5から、質保証機関、高等教育機関、教育省庁、及び各国学生連合といったステークホルダーがいずれも、質保証のための欧州の枠組みを重視していることが明確になった、と記している。同時に、現行のESGが学習・教育の質の向上、資格への信頼性、学生のモビリティ、そして質保証の発展を促進している点でもステークホルダー間で意見が一致していた。これにより、欧州の高等教育にとってESGは依然として必要であり、その重要性と適切性について圧倒的な同意(overwhelming agreement)が確認できた、と述べている。  

 一方で、ESGがカバーする範囲を拡大すべきかどうかについては、具体的な拡大範囲の検討とともに、プロジェクト内のイベントやウェビナーで繰り返し議論されている。特に、調査に回答した学生連合の大多数は、高等教育の社会的側面や基本的価値に関して、現行のESGが取り扱う範囲が限定的であり、より拡大すべきである、と回答している。範囲拡大に関するこれらの議論は、ESGが2015年の改訂で学生中心の学びへの転換※6に大きく寄与し、各国内での質保証活動の発展を促してきた実績を背景に、範囲拡大がさらに高等教育改革を促進するだろうというステークホルダーの期待を示している。

※5 回答機関数は、質保証機関76、高等教育機関260、教育省庁36、学生連合31であった(原典①p.2の注釈2)。なお、当報告書のほかに、高等教育機関の視点教育省庁の視点学生連合の視点に基づく各調査結果をまとめた報告書が、ENQAのQA-FITプロジェクト・ウェブサイト内「Outcomes」で公表されている。
※6 2015年のESG改訂では、学生中心の学習・指導へのパラダイムシフトといった情勢の変化を踏まえ、第1部「内部質保証に関する基準とガイドライン」内に新たに「学生中心の学習、教授及び評価」の項目が設けられた。(本サイト「欧州」>「地域レベルの高等教育政策」ページ

◆高等教育の社会的側面と基本的価値

 報告書によると、これらの2つの領域は、ESGの改訂を議論する上で検証すべき「ホット・トピック」として、プロジェクト内で一貫して協議されてきた。

■高等教育の社会的側面

これまでの背景

 2007年に採択されたロンドン・コミュニケ※7では、高等教育のあらゆるレベルにおいて、その学生集団が欧州社会の多様性を反映すべきである、と明言された。さらに、学生が社会経済的な背景に関係なく、学業を修了することの重要性も再確認された。これらの目標を達成するために、EHEAは機会均等の原則に基づいて適切な学生支援を提供するとともに、高等教育への柔軟な学習経路を創出し、高等教育のあらゆるレベルでの参加を拡大する努力を続ける、と述べている。

 この考え方は、2012年採択のブカレスト・コミュニケ※8でも踏襲され、その後2020年に採択されたローマ・コミュニケ※9に付随する形で採択された「EHEAにおける高等教育の社会的側面を強化するための原則とガイドライン」(PAGs)※10によって再認識されるようになった。PAGsは、包摂的なEHEAの達成には、学習者が高等教育への平等なアクセスを有し、学習を修了するために十分な支援を受けることが必要であると改めて訴えている。そして、ロンドン・コミュニケから一歩踏み込んで、学生の高等教育へのアクセスや学習の継続、高等教育の修了の妨げとなっている社会的な要因に対する支援を強化すべきである、と主張している。欧州の多様な集団の中でも、特に脆弱な立場にある者(vulnerable)、不利な背景を持つ者(disadvantaged)、高等教育へのアクセスや学習の継続にあたり社会的な障壁に直面しているものの、その声が届きにくい集団(underrepresented groups)※11が抱える問題(=社会的な要因)を把握し、継続的に支援していくことを表明している。

 PAGsは続けて、社会的要因を特定し、学生の多様なニーズを反映した適切な支援をするために、法的規制や政策文書が、学位プログラムの設計や構成、提供において十分な柔軟性を認めることが重要であると訴えている。同時に、これらの法的規制や政策文書は、高等教育機関が多様な学生集団のニーズに対応できるよう、全日制に加えパートタイム等の柔軟な学習形態、ブレンド型や遠隔学習、また従前学習の承認の実施を可能にすべきである、と説明している(Principle 2)。さらに、データを収集し(Principle 4)、地域社会の広範なニーズを把握するための、地域社会の関与についての方針を策定すること(Principle 9)の重要性を強調している。

※7 London Communiqué: Towards the European Higher Education Area: responding to challenges in a globalized world (2007)
※8 Bucharest Communiqué: Making the Most of Our Potential: Consolidating the European Higher Education Area (2012)
※9 Rome Ministerial Communiqué (2020)
※10 Rome Ministerial Communiqué ANNEX II: Principles and Guidelines to Strengthen the Social Dimension of Higher Education in the EHEA (2020)
※11 各用語の詳細については、PAGs(p.9)及び“Social Dimension in Higher Education” (EHEA公式ウェブサイト)を参照のこと。

高等教育の社会的側面は現行の質保証システムでカバーされているのか

 社会的側面を強化すること、すなわち社会的要因を把握・特定し、多様な学習者を支援するためには、質保証の役割も重要である。これは、先述した2015年のESG改訂で、学生中心の学びの概念が取り入れられ高等教育における改革が進んだように、質保証の枠組みで取り扱うことによって、支援の強化が期待できるためである。
 QA-FITプロジェクトの調査では、各機関の内部質保証・外部質保証の双方において社会的側面に関連する具体的な事項がどの程度カバーされていると考えるかを、ステークホルダーに質問している。その結果、質保証機関、高等教育機関、教育省庁、学生連合の4つのステークホルダーグループの各回答を平均すると、「卒業・修了率の向上」「障害のある学生のアクセス」「心理カウンセリングとウェルビーイング」「差別撤廃方針」といった分野は、ある程度内部及び外部質保証システムに包含されている、との結果であった。

 一方で、社会的側面に関する「自機関の戦略」「具体的な目標のモニタリング」「データ収集」といった分野は、あまり取り扱われていないことが浮き彫りとなった。中でも、最も取り入れられていない分野は「学生・教職員の双方に対する公平性と包摂性に関するトレーニング」であることも明らかとなった。

ESGにおいて「社会的側面」を扱う範囲を拡大すべきか

 現行のESGでは、基準の説明文(ガイドライン)の中で、表1のとおり既に社会的側面について言及がなされている。

 高等教育の社会的側面をESGがどの程度カバーすべきかという問題は、ESGの果たすべき役割にも関係している。その上で報告書は、ESGが質保証のための「最低基準のセット」と見なされるか、あるいは「一般的な基準」と見なされるかに関わらず、社会的側面についての記述はESG内に既に存在している、と説明している。

 表2は、4つのステークホルダーグループに対し、ESG第1章において社会的側面を扱う範囲を拡大すべきかどうかについて尋ねた質問への回答を示している。

 表2における学生連合の回答では、「大幅に拡大すべき」と「ある程度拡大すべき」を合わせると87%となり、それぞれ70%弱であった他の3グループよりも高い割合となった。報告書は、学生は一般的に社会的側面をより重要視するため、現行の枠組みが社会的側面をそれほどカバーしていないと認識する傾向がある、と分析している。この結果は、高等教育の社会的側面といった広範な政策領域のどの部分をESGの基準やガイドラインの中で明示することができるのか、そして明示するべきなのかについて、さらなる検討が必要であることを物語っている。報告書はこの点について、質保証を通じてモニタリングが可能であり、質保証プロセスに最も付加価値をもたらす社会的側面の要素を優先させることが重要である、と記している。

■高等教育の基本的価値

 ボローニャ・プロセスの文脈において、高等教育の基本的価値は以下のように示されている※12

  • 学問の自由
  • 学術的誠実性
  • 高等教育機関の自律性
  • 高等教育のガバナンスにおける学生及び教職員の参画
  • 高等教育における国等の公的部門の責任 (Public responsibility for higher education)
  • 社会に対する高等教育の責任 (Public responsibility of higher education)

※12 原典①p.8、注釈3Annex 1 to the Tirana Communiqué: EHEA Statements on Fundamental Value及び欧州委員会公式ウェブサイトも参照のこと。

ESGにおいて「基本的価値」をより直接的に取り扱うべきか

 報告書では、現行のESGでは基準の説明文(ガイドライン)の中で高等教育の基本的価値について言及がなされている、と述べている。また、QA-FITプロジェクトの調査では、ESGにおいて高等教育の基本的価値に関係する分野をより直接的に取り扱うべきかどうかをステークホルダーに質問し、「取り扱うべき」「取り扱わなくてもよい」「わからない」の回答割合を紹介している(表3)。

 表3から明らかなとおり、他のステークホルダーグループと比較して、学生連合ではESGに高等教育の基本的価値を取り扱うべきと回答した割合が大きい。 調査ではさらに詳細な質問を行い、現状どのような分野が十分に取り扱われているか否かを検証した。その結果、質保証機関では、ガバナンスにおける学生・教職員の参画、機関の自律性といった分野は外部質保証活動の中で十分に取り扱われている、との回答割合が大きい。他方、学生連合は高等教育機関のガバナンスにおける学生の参画について、質保証活動の中であまり取り扱われていない、と回答している。この差異について報告書は、学生の外部質保証の基準・観点についての知識が不十分であることや、回答の選択肢(「広範囲に取り扱われている」「ある程度取り扱われている」「全く取り扱われていない」)の解釈の仕方にもよるだろう、と補足している。

「基本的価値」を評価する難しさ

 報告書は、高等教育機関の基本的価値については国家の法的な枠組みの中である程度言及されており、質保証機関が改めて評価する必要はないのではないかという意見が質保証機関から寄せられた、と記している。質保証機関からはそのほかにも、特に外部質保証を通じて基本的価値を評価することには困難が伴う、との意見が出された。これは、「基本的価値」を評価基準として運用化することの難しさや、高等教育機関そのものが決定権を持つべきものであるという点において、複雑さが生じるためである。

 さらに、高等教育機関は、基本的価値は各機関の質文化の大部分を占めるものであり、ミッション・ステートメントや国家レベルの規制枠組みを通じて取り扱われている、との見解を示している。こうしたステークホルダー間での認識の相違は、質保証の枠組みにおける各々の立場の違いに起因しているかもしれない、と報告書は述べている。高等教育の基本的価値を、ESGや内部及び外部質保証基準、そのプロセスに組み込む可能性を検討する際には、こうした立場の違いも考慮に入れる必要がある、と報告書は指摘している。


◆さらなる議論へ向けて

 ENQAは報告書において、QA-FITプロジェクトの調査を通じて異なる立場のステークホルダーから、欧州の質保証枠組みの妥当性と、ESGの今後の改訂の必要性について、各々の立場に基づいた回答を得ることができた、と一定の評価をしている。しかし、回答者全員が同じレベルの質保証の経験を有しているわけではなく、またESGの内容を熟知しているわけでもないため、他の手段で情報を補完する必要がある、とも述べている。

 これまで見てきたように、QA-FITの調査結果データでは、多くのトピックが重視されているため、ESGの改訂においてどの要素を確実にカバーすべきかについての結論には、まだ至っていない。ENQAは、EHEAの質保証の枠組みが目的に適ったものであり、将来に向けてふさわしい(=fit)ものであるためには、各ステークホルダーの内外でさらに多くの議論が必要である、と指摘している。QA-FITプロジェクトの最終報告書の発表に向けて実施されるフォーカス・グループ・ミーティングや今後の協議を通じて、これらの議論が一層深まることが期待されている。

原典①:ENQA(英語)
原典②:ENQA(英語)
原典③:ENQA(英語)

■関連記事まとめ■ (本サイト過去投稿記事より)

1.欧州:QA-FITプロジェクト第1次報告書―高等教育機関は欧州共通基準をどう見ているか―
 (本サイト2023/9/1投稿記事)

2.欧州:高等教育質保証基準の検証プロジェクト「QA-FIT」始動へ―新時代にふさわしい基準とは
 (本サイト2022/6/9投稿記事)

3.欧州質保証ガイドライン(ESG)の検証プロジェクト:政策立案者に向けた提言
 (本サイト2018/9/13投稿記事)

4. 欧州高等教育圏大臣会合2020(ローマ):ボローニャ・プロセスの発展状況は
 (本サイト2021/1/8投稿記事)

5.ボローニャ・プロセスの進展と今後の課題を協議-欧州高等教育大臣会合2018
 (本サイト2018/6/19投稿記事)

6.トランスナショナル共同教育の設計における課題と提言-欧州大学協会がテーマ別ピアグループの報告書を公表-
 (本サイト2024/6/12投稿記事)

7.【欧州】トランスナショナル教育の質保証―学生の利益確保のため透明性向上を―
 (本サイト2024/3/8投稿記事)







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