大学進学だけが「良いキャリア」ではない:全米科学審議会、技術労働者の育成へ4つの提言

2022年までにアメリカで340万人の技術労働者不足発生のおそれ

技術労働者の育成推進のための全米科学審議会の提言

提言は全国データの収集と利用、教育機関間の連携など4項目

全米科学審議会(NSB*1)は2019年9月に発表した報告書THE SKILLED TECHNICAL WORKFORCE: Crafting America’s Science & Engineering Enterpriseの中で、2022年までに340万人が不足すると言われる技術労働者(STW*2)の育成を推進するための提言を公表した。提言は教育機関種を超えた連携の強化や、国を挙げたデータ収集体制の構築など4項目(詳細は文末参照)。審議会は、技術労働者は知識と技術が重視される現代社会で必要な人材であり、彼らがより活躍するための教育環境の整備が重要だと主張している。

技術労働者とは、科学と工学のスキルを要する職に就く学士の学位を持たない者と報告書では定義する。彼らは批判的思考、デザイン、デジタル、数学、コーディングのスキルを持ち、自動車整備士からスマートインフラのオペレーターなど幅広い分野で活躍している。技術労働者は全米の25歳以上の労働者のうち13%を占め、所属する産業は国内GDPの17%にあたる270兆ドルを産み出している。この中には製薬、宇宙、エネルギー生産のほか、通信やソフトウェア開発などのクリティカルサービスが含まれる。

技術労働者の育成が急務

技術労働者は人種や民族の多様性が特徴である一方、男女比では女性が全体の28%に満たないなど、ヘルスケア分野を除き男性に偏っている。雇用機会はアメリカ全土にわたって広く存在しており、学士の学位が必要な職に比べ、どこでも職にありつける傾向にある。審議会は、アメリカの競争力、安全保障、研究力を拡大するためには技術労働者の存在が不可欠だと述べる。だが、報告書は2022年までには技術労働者は340万人不足するという推計を引用し、人材育成を喫緊の課題として挙げている。

アメリカではおよそ3人に2人が高卒以上学士未満の学歴を有する。こうした短期の高等教育に進んだ学生にSTEM*3教育を施せば、技術労働者人口は増えると報告書は主張する。一方で、”college for all”といったコトバに代表される、(4年制)大学進学だけが「良いキャリア」につながるというメディアや政治家が創ったイメージを払拭しなければならない、との警鐘も鳴らしている。

世界で広がる短期の高等教育

短期の高等教育はアメリカをはじめ世界で注目されている。アメリカのコンサルティング会社DPV-PRAXISによる別の報告によると、2年以内の短期高等教育が就職と収入に好影響を与えていることが明らかになっている(2019年9月26日本サイト掲載記事)。教育省が大学と連携したブートキャンプ(短期のコーディング講座)に通う学生に対し、奨学金を試験的に支給(2016年12月7日本サイト掲載記事)した例もある。また、米国高等教育アクレディテーション協議会(CHEA)は短期高等教育の質保証制度であるクオリティ・プラットフォームを開発している(2016年2月25日掲載記事)

一方、ニュージーランドでは学位に満たない5~40単位分の学習をマイクロクレデンシャルとして正規教育に位置付けている(2018年9月12日本サイト掲載記事)。短期の高等教育に関しては、オランダのSURFnetがオンラインの短期教育について分析し結果を白書にまとめている(2017年2月22日本サイト掲載記事)ほか、ユネスコも短期教育の結果として授与されるデジタル資格についての報告(2018年12月4日本サイト掲載記事)を行っている。

日本では短期大学、専門職短期大学、高等専門学校、専門学校が学士課程よりも短期の高等教育を提供する。特に、2019年度に新設された専門職短期大学は、産業界や地域社会が大学と連携してカリキュラムを編成するなど、今回の全米科学審議会による提言にも重なる制度となっている。また、企業との連携体制を確保し実習・実技などを行う専門学校の課程は、職業実践専門課程として文部科学大臣の認定を受けている。

審議会による提言は知識と技術が重視される社会で成長するためには、科学と工学の素養のある人材が必要であることをはっきりと示している。そして、学位に頼らずとも短期の高等教育を受けた人材に活躍の場があることも示唆している。

技術労働者と科学・工学系企業への提言

  1. 全米科学審議会、(その上位組織の)国立科学財団(NSF*4)および他の科学・工学分野の指導者は、技術・工学関連分野の企業、個人の経済効果、国家安全保障、アメリカの世界的競争力にとっての技術労働者の重要性について意見を交わすべきである。
     
  2. データの不足状況を理解し対処するため、国立科学財団の科学・工学統計全国センター(NCSES*5)は連邦政府からの助成と他の統計各局の協力のもと、技術労働者の教育、スキル、就労の特徴を示す全国的データを収集すべきである。同財団は、 公共利用および雇用計画のためのデータ共有とツール開発のために技術労働者関連の政府と非政府(業界と学術界)のステークホルダー間の連携を後押しすべきである。
     
  3. 国立科学財団は、技術労働者に関連する投資ポートフォリオ全体の分析をすべきである。分析により、同財団の技術労働者への貢献の広さが示され、財政支援の機会が明らかになり、投資効果が最大限引き出される可能性がある。
     
  4. 技術労働者教育を強化するため、政策立案者と教育機関は、初等中等教育、2年制と4年制の大学、その他高等教育機関、および研修プログラムが互いに関わり合うシナジー関係にあることを理解するべきである。これらの教育機関は、地域の需要に応じた技術労働者育成を通じ、STEM分野に対応できるアメリカの労働力を培うために産業界と連携するべきである。複数セクターのステークホルダーからの参加を義務付ける連邦助成事業を立ち上げることで、政策立案者がこうした連携を促進することも可能である。

*1NSB: National Science Board
*2STW: Skilled Technical Workforce
*3STEM: 科学(science)、技術(technology)、工学(engineering)、数学(mathematics)の総称。
*4NSF: National Science Foundation
*5NCSES: National Center for Science and Engineering Statistics

原典:National Science Board (英語)
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