欧州高等教育質保証協会(ENQA)は2024年11月、公式ウェブサイト上で、2022年6月から2年半にわたり実施されたQA-FITプロジェクトの最終報告書Quality Assurance Fit for the Future (QA-FIT): Key considerations for the revision of the ESGを発表した。本報告書は、質保証機関や高等教育機関、教育省庁、学生連合等の各ステークホルダーによるこれまでの議論を踏まえ、「欧州高等教育圏における質保証の基準とガイドライン(ESG 2015)」※1の改訂に際して考慮すべき観点を包括的に整理・検証している。
※1 欧州高等教育圏内における内部質保証、外部質保証並びに質保証機関に関する基準とその運用のためのガイドライン。国・地域間の違いを認めた上で共通の質保証基準を設けるもので、各質保証機関の多様性を尊重し、策定されている。(大学改革支援・学位授与機構 「高等教育に関する質保証関係用語集」オンライン版より一部抜粋)
リンク先は大学評価・学位授与機構(当時)による全文翻訳(2016年1月)。本サイト「欧州」>「地域レベルの高等教育政策」ページ及び大学改革支援・学位授与機構 「大学質保証ポータル」ウェブサイトも参照のこと。
原典(英語)は欧州高等教育質保証協会(The European Association for Quality Assurance in Higher Education: ENQA)の公式ウェブサイトからダウンロード可能。
◆「QA-FIT」プロジェクトとESG改訂への提言
プロジェクトの正式名称は「Quality Assurance Fit for the Future」(本サイト2024/7/31、2023/9/1、及び2022/6/9投稿記事)。エラスムス・プラス2021-2027(本サイト「欧州」>「地域レベルの高等教育政策」ページ)のプロジェクトとして実施され、2005年の初版から20年、2015年の改定からも既に10年が経過したESGが、「欧州高等教育圏(European Higher Education Area: EHEA)(本サイト「欧州」>「地域レベルの高等教育政策」ページ)の将来に向けてふさわしい(=fit)質保証基準となっているかどうか」を検証する取組である。本プロジェクトでは、現在の高等教育機関や質保証機関における内部及び外部質保証の全体像を把握するとともに、ESGの多様な活用方法やその認識に関する情報を収集し、ESGの改訂に役立てることを目的としている。
2024年5月には、ボローニャ・プロセス(本サイト「欧州」>「地域レベルの高等教育政策」ページ)の進展を確認・検証するEHEA大臣会合がアルバニアのティラナで開催され※2、ボローニャ・フォローアップグループ※3に対してESG改訂の要請が行われた。これを受け、ESG改訂の実行を担う運営委員会も既に発足している(本サイト2025/1/6投稿記事)。今回の最終報告書は、ボローニャ・ツール※4の中でも特に成功例として位置づけられているESGが、今後も高等教育界で広く活用されるために考慮すべき重要な点を整理するとともに、改訂に伴う新たな要素の追加や改訂が「意図しない結果」(unintended consequences)を招かないよう、慎重に対応する必要があることを強調している。
※2 当該大臣会合で取りまとめられた共同声明「ティラナ・コミュニケ」の詳細は、本サイト「欧州」>「地域レベルの高等教育政策」ページを参照のこと。共同声明の概要は本サイト2024/8/6及び2024/8/7投稿記事でも紹介している。原典は、“Tirana EHEA Ministerial Conference 29-30 MAY 2024”公式ウェブサイトに掲載。
※3 ボローニャ・プロセスやEHEA大臣会合の共同声明の実施状況を監督する組織。公式ウェブサイトはこちら。
※4 ESGを筆頭に、EHEAの取組として開発された、欧州単位互換制度(ECTS)、ディプロマ・サプリメント(DS)(共に本サイト「欧州」>「地域レベルの高等教育政策」ページ)、外部質保証結果データベース(DEQAR)(本サイト2020/3/13投稿記事)等のこと。
◆ESGの4つの目的と原則
報告書は、QA-FITプロジェクトを通じて、質保証機関や高等教育機関、教育省庁、学生連合といったステークホルダーが、ESGの目的と原則は現在も有効であり、大幅な変更ではなく軽微な修正のみが必要であるという結論に達したことを示している。 ESGに明記された4つの目的と原則※5は、以下のとおりである。
<目的>
- 欧州地域、各国及び高等教育機関レベルで、学習と教授の質保証システムに共通の枠組みを定める
- EHEA内の高等教育の質の保証と改善を可能にする
- 国内外での相互信頼を支援し、資格やプログラムの認定とモビリティを促進する
- EHEAの質保証に関する情報を提供する
<原則>
- 高等教育機関は、教育の質及びその保証に主たる責任を負う
- 質保証は、高等教育制度、教育機関、プログラム及び学生の多様性に対応する
- 質保証は、質文化の発展を支える
- 質保証は、学生、その他のあらゆる利害関係者及び社会のニーズと期待を考慮する
報告書は、これらESGの目的と原則を改めて踏まえた上で、QA-FITプロジェクトの結論が、質保証のための共通の枠組みを持つことの重要性を裏付けるものであり、ESGが高等教育機関と質保証機関の間で共通言語として機能するとともに、質文化の発展を大きく支援している、と述べている。さらに、ESGは高等教育の質の保証と向上を可能にし、信頼の醸成や質保証に関する情報提供を促進することで、学生の流動性や資格・学習期間の承認の円滑化にも寄与している、と評価している。
加えて報告書では、ESGの各基準が、EHEA全域で質の高い教育を確保するという全体的な目標に貢献している、とも述べている。その上で、改訂プロセスにおいては、各基準の具体的な目的と、それらが個別あるいは集合的にESGの全体的な目的をどのように支えているのかを慎重に検討することが重要である、と指摘している。ESGが今後も妥当性・有効性を有するためには、第1章(内部質保証に関する基準)において、オンライン形式や対面とオンライン形式のブレンド型の教育の提供を含むデジタル化、学習者や教職員の多様性、柔軟な学習経路といった課題をより明確に取り上げる必要があると考えられる、と述べている。また、第2章(外部質保証に関する基準)では、質保証機関が内部質保証システムの成熟度を反映した手法を柔軟に活用できるようにする一方で、説明責任を果たすことの重要性にも言及している。
※5 「欧州高等教育圏における質保証の基準とガイドライン(ESG 2015)」大学評価・学位授与機構(当時)による全文翻訳(2016年1 月) (p.6)より。太字は原文の表記を反映。
◆学習と教授の質の確保を最優先に
報告書では、ESGの主要な目的は高等教育機関における学習と教授の質を確保することであり、各ステークホルダーもこれを最優先事項とすべきだと認識している、と強調している。ESGに追加の要素を盛り込みすぎると、その効果が薄れ(dilute their effectiveness)、ステークホルダーに受け入れられないものとなってしまう、と注意を促している。
一方、QA-FITプロジェクトの結果から、多くの欧州の質保証システムが、程度の差はあるものの、既にESGのベースラインとしての要求を上回る取組を行っており、場合によっては高等教育における社会的側面や基本的価値(本サイト2024/8/6及び2024/8/7投稿記事)といった、EHEAの政策課題として重要な横断的テーマをも扱っていることが明らかになった。この点を踏まえ、報告書では、ESGの改訂は進化する高等教育政策の広い文脈の中で検討されるべきである、と記している。
◆ESGの付加価値を最大化するために
報告書は改めて、ESGがEHEA全域の高等教育質保証システムを支える基本的な共通基盤として機能している、と言及している。この共通の枠組みの実施は、ボローニャ・プロセスの重要なコミットメントの一つであり、学士・修士・博士の3段階の学位システムや、リスボン承認規約(本サイト「欧州」>「地域レベルの高等教育政策」ページ)に基づく資格の承認といった主要なコミットメントを支え、互いに連携している。さらに、ESGは、EHEA全域の高等教育システム内及びシステム間で、信頼・説明責任・透明性を確立するための強固な基盤を提供している。
報告書は、ESGの価値をすべてのステークホルダーが最大限に活かすためには、ESGの基準が明確で広く適用可能であり、EHEAにとって有効かつ関連性のあるトピックを扱うことが不可欠であると説明している。そのためESG改訂の際には、学習と教授の質の向上という主要な目的に加え、高等教育機関間の質保証の連携を強化するとともに、学生の移動を支援し、資格の自動承認※6を促進する要素に重点を置くことが有益であろう、と指摘している。
※6 通常、外国の資格を承認する際は、資格のレベル(level:各国の資格枠組でどの位置にあるかを指すもの)、資格の質(quality:資格授与機関の認可・認定状況)、資格取得に必要な学習量(workload:修業年限や修得単位数)、内容(profile:応用型または研究型といった教育課程の属性)、学習成果(learning outcomes)の5つの要素を審査するとされる。自動承認とは上記のうちはじめの3要素である資格のレベル、質、学習量について、実質的な相違を伴わないものとして取り扱うことを言う(本サイト2024/6/14及び2022/3/1投稿記事参照)。 外国資格の評定・承認については、大学改革支援・学位授与機構 「高等教育に関する質保証関係用語集」オンライン版も参照のこと。
◆ESGの柔軟性を維持
QA-FITプロジェクトの協議の中で、各ステークホルダーは、ESGにすべての質保証基準を含める必要はないという点で合意している。ESGの基準は意図的に高い視点から設定されており、柔軟性を持たせることで、各国当局、質保証機関、高等教育機関がそれぞれの文脈や優先事項に応じて、具体的なアプローチや基準を決定できるようになっている。すなわち、国家レベルや機関レベルでの追加や変更は可能であるものの、これらが常に国際的な協働や学生の流動性にとって有益であることが重要である。報告書では、ESGが高い視点を保ちつつ柔軟性を維持することで、異なる質保証システム間の情報交換が円滑になり、国境を越えた協力や学生の移動が促進され、複雑さや障壁が最小限に抑えられる、と語っている。
このことは、EHEAにおける質保証のための共通言語を作り出すというESGの役割と一致しており、それにより国境を越えた協働だけでなく、ピアラーニングや専門知識の交換も促進され、最終的には内部及び外部質保証システムの強化が図られる、と報告書は結論づけている。
◆多様なコンテクスト(文脈)・文化の尊重
ESGは、異なる高等教育システムや文化の多様性、多様な高等教育機関の種類や質保証機関の特性、そして異なる質保証の方法論を認め、柔軟で広く適用可能な形に設計されている。したがって、現行のESGのガイドラインは、基準が様々な文脈に適用できる形で情報を提供している。例えば、QA-FITプロジェクトの一環として質保証機関を対象に行った調査では、「ESGが多様な外部質保証のアプローチを認めている」という項目に対し、91%の質保証機関が同意又はやや同意と回答している※7。また、高等教育機関を対象に行った調査でも、同様の質問に対して87%が同意又はやや同意と回答している※8。
報告書では、この包摂性は引き続き不可欠であり、改訂の際により詳細な基準やガイドラインを追記する場合には、その利点とリスクを慎重に検討する必要がある、と提言している。その検討にあたり、QA-FITプロジェクトで収集された、ESGが異なる環境でどのように適用されているかに関する膨大な情報を活用すべきである、とも指摘している。
※7 External quality assurance in the EHEA: A report on the activities and perspectives of quality assurance agencies, ENQA, August 2024. (Figure 15, p.23)
※8 Quality Assurance Fit for the Future, EUA and EURASHE, July 2023. (Figure 11, p.17)
◆長期的な運用を見越した改訂を
報告書では、近年、高等教育機関のミッションが、機関間や異なる分野とますます相互に関連し合っていると述べている。ESGが学習と教授の質保証に焦点を当てるという基本方針は変わらないものの、改訂にあたっては、機関の様々なミッションの繋がりや相乗効果を強化する方法を検討すべきである、と述べている。特に研究活動や社会貢献活動が機関の教育上のミッションにどのように影響し、関連しているか、さらにその逆に、教育上のミッションが研究活動や社会貢献活動に与える影響についても明記することが考えられる、と続けている。
ESGに、現在の高等教育界における様々なトピックを含めるよう求める声は多い。しかし、報告書は前述のとおり、ESGに過度に要素を追加すると、その効果が薄れる可能性があると懸念している。加えて、ESGを改訂する際には、現在の「ホット・トピック」となっている政治的問題や動向が一時的なものである可能性を考慮することが重要だと指摘している。なぜなら、ESGは長期にわたって適用可能でなくてはならないからである。一方で、例えばマイクロクレデンシャル、AI、新たな形態の国際協力等、現在のホット・トピックについて議論すること自体は、高等教育システムやその構造における柔軟性の欠如等、既存の課題を検討するよい機会を提供する、とも言及している。
◆漸進的(evolutionary)な改訂に向けて
報告書は、QA-FITプロジェクトの結果を基に、今回のESG改訂は急進的(revolutionary)なものではなく、漸進的(evolutionary)なものであるべきだと結論づけている。急速に変化する高等教育を取り巻く環境において、過度に厳格なアプローチは、質保証の効果的な実施を阻害する要因となり得る。したがって、改訂そのものを目的とするのではなく、あくまでも学生や高等教育機関のニーズに応じた質保証システムへの進化に焦点を当てるべきだと述べている。例えば、2015年のESG改訂における学生中心の学習と教授の理念の強化が、その好例である(本サイト2024 /7 /31 投稿記事)。このように、漸進的なESG改訂が、既存の基盤の上に今後の高等教育の質保証の発展を築く手助けとなることが期待されている、と報告書は締めくくっている。
■関連記事まとめ■ (本サイト過去投稿記事より)
1.「欧州高等教育圏における質保証の基準とガイドライン(ESG)」改訂のための運営委員会が発足
(本サイト2025/1/6投稿記事)
2.欧州共通の質保証基準の将来へ向けて:QA-FITプロジェクトの結果を検証
(本サイト2024/7/31投稿記事)
3.欧州:QA-FITプロジェクト第1次報告書―高等教育機関は欧州共通基準をどう見ているか―
(本サイト2023/9/1投稿記事)
4.欧州:高等教育質保証基準の検証プロジェクト「QA-FIT」始動へ―新時代にふさわしい基準とは
(本サイト2022/6/9投稿記事)
5.欧州高等教育圏大臣会合2024が開催:共同声明(ティラナ・コミュニケ)の概要
(本サイト2024/8/6投稿記事)
6.高等教育の「基本的価値」の実践に向けて:欧州高等教育圏大臣会合2024
(本サイト2024/8/7投稿記事)







